【花言葉~果実編~】

色酉ウトサ

文字の大きさ
上 下
12 / 13

『忠実』<♀♀>

しおりを挟む

~李の花言葉~



‘わたしの願いはね…’

 小さい頃、彼女から聞いた《彼女の願い》をあたしはまだ、覚えている。


「ねぇ、明日の会議なんだけど…。」

「明日の会議は、三階会議室で午後二時からですよ。書類は此方です。」

「…ありがとう。相変わらず、用意が良いわね。」

「秘書ですから。」

 何でもそつ無くこなす彼女とは、あたしが小学生に上がる前からの幼馴染みだ。
小学校、中学校、高校、大学と全て同じ学校に通い、今は会社を立ち上げたあたしの秘書をしている。

 優秀な彼女なら、どんな会社に入っても、直ぐに良い役職に就けるだろう。
ずっと近くで見ていて、そう思っていた。
実際、秘書としての彼女の働きはあたしの想像を超えていたから尚の事。

 けれど、そんな彼女はあたしが会社を立てて直ぐ、秘書を志願して来たのだ。
始めは秘書なんて勿体無いと断ったが、彼女に強く粘られて承諾したのだ。

 昔からいつもあたしの側に居て、あたしが困ったり悩んだりしていると直ぐに手助けしてくれたり、あたしが忘れている事を然り気無く教えてくれたりとよく気が利く彼女。
真面目で優しくて、それが今も変わらない。

 そんな彼女があたしの側に居てくれる理由が何故なのかは、何となくだが分かる。
約束を守る為…。
小さな頃にした他愛の無い約束を、真面目な彼女はきっと守っているのだろうと思う。
聞いた事は無いけど…。

 ‘あたしより、社長に向いているのでは?’と思う程に、彼女は優秀だ。
そんな彼女の優秀さは、あちらこちらの会社に知れ渡っていて、よく引き抜きの話も上がっている。
その度に彼女に伝えるのだが、受ける気は一切無い様子だった。

 前に受けない理由について聞いた時、とても嫌そうな顔で‘私がお嫌いですか?’と尋ねられた事があった。
その時は、‘そう言う訳では無い’と答えたのだけど…。

「社長、どうかなさいました?」

「え、あ…、どうかした?」

「いえ。…お疲れですか?」

「大丈夫よ。そう言えば、昨日来ていた会社の社長さんがね、貴女を引き抜きたいって仰ってね…。」

「…行きませんよ。」

「分かってるわ。だから、ちゃんと断ったわよ。」

「有難う御座います。」

 ホッとした様子の彼女に、あたしは疑問を投げ掛けた。
やはり、本人の口からどうしても理由を聞きたかったから。

「…貴女は…。貴女は何故、あたしの側に居てくれるの?」

「駄目ですか?」

「駄目じゃないけど…。あたしは知りたいのよ。貴女が、あたしの側に居てくれる理由を。」

「理由、ですか…。…私の、望みだからです、あなたの側に居るのが…。」

「望み…。」

 彼女の言葉に、小さな頃に聞いた≪彼女の願い≫が頭を過った。

「私の、願い…。覚えてらっしゃいますか?」

「えぇ。でも、何故あんな願いを?」

「小さな頃、あなたが一人で泣いているのを見掛けたからなんです…。」

「あたしが、泣いている所?」

「一人で、とても辛そうに…。その時、私があなたを守りたいと思ったんです。だから…。」

「………。」

 驚いた。
理由は忘れてしまったけれど、確かにあたしは一人で泣いていた。
誰にも知られない様に…。
それを彼女に見られていたなんて、少し恥ずかしい…。

「…でも、それだけじゃないんです。」

「…え?」

「願い事をしたあの日、あなたにその事を告げて直ぐ、嬉しそうに笑ってくれたあなたの笑顔が頭から離れなくて…。その時、私はあなたを守るだけじゃ無く、ずっと側に居続けたいと思う様になったんです!!」

 真っ直ぐにあたしの目を見て話す彼女に、心臓が高鳴った。
同時にあたしの体は勝手に動いていて、彼女を抱き締めていた。

「し、社長!?」

「…………有難う…。」

「…此方こそ…。」

あたしを抱き締め返した彼女の声は、少し震えていた。

 不意に、小さな頃に≪彼女の願い≫を教えてくれた時の、彼女の顔を思い出した。

(そう言えば、あの時もあんな顔、してたっけ…。忘れてたわ…。)


‘わたしの願いはね、ずっとあなたの側にいる事よ!!’



終わり
しおりを挟む

処理中です...