25 / 62
24-2 アベラール誘拐事件
しおりを挟む
私の胸の奥で何かがブチ、と音を立てて切れた。私は猛然とバルバラに近づき、自分の掌がヒリヒリするくらいに、その頬を思いっきり叩いた。後悔なんてまったくない。
王妃殿下の妹だからってなに?
高貴な生まれでも、人としての品格がなければ何の意味もないわ。
悪いことをしたら、きっちり叱るべきなのよ。
「あなた、それでも『母親』なのですか? 人間嫌いになるほど傷つけておいて、『可愛げがない』ですって? アベラールが、どれだけあなたの言葉に小さな心を痛めてきたか、少しは考えたことがあるんですか? 二度と近づいたら許さないわ」
自分でも驚くほどに、声が出ていた。怒りよりも、アベラールを心配する気持ちのほうが大きかった。あの子がどれほどつらい思いをしていたかを思うと、涙が出そうだった。
そのとき、公爵がそっと私の肩に手を置いた。
「アベラールを連れて帰る。二度と俺たちの前に姿を見せるな。次は――公の裁判の場で話すことになるぞ」
「なによ! 私の顔を叩いたなんて信じられない! その女、地下牢に閉じ込めてやるわ。お姉様に言って罰してもらうんだから!」
「……王妃に言って妻を罰するだと? やれるものならやってみろ。こちらも黙ってはいない。キーリー公爵家の力を、舐めてもらっては困る」
「……っ」
ぞっとするほどの公爵の冷たい口調に、さすがのバルバラも顔を引きつらせていた。
私と公爵は地下の貯蔵室に瞬間移動。そこは暗くてひんやりしていた。ワイン樽が並ぶ隅に、アベラールがうずくまるようにして床に座っている。チーズや穀物なども奥の棚には見えた。
「アベラール!」
呼びかけると、私に向かってまっすぐ走ってくる幼子を抱きしめた。小さな手は震えていたけれど、私の胸に顔をうずめたときのアベラールは、泣いてはいなかった。魔力の暴走もなかったみたい。
「ぼくね、ジャネとおとーしゃまがきてくれるってしんじてたから、おとなしくまっていたんだ。だって、ジャネがきてくれないはずないもん」
その言葉を聞いてますます私の目から涙があふれ出た。
アベラールは私のために花を摘んでいたところを、無理やりここに連れてこられたと言った。『いきたくない』と何度も言ったし『いっしょにいたくない』とも、ちゃんと伝えたらしい。それでも、むりやり馬車に連れ込まれたと。
「許せないわ……公爵様。私、今回のことは、到底バルバラ様を許すことはできません」
「世論を操るか……俺に任せろ。こんなことは二度とさせない」
公爵は毅然としてそうおっしゃった。その後、この噂は瞬く間に広まった。
「ずっとキーリー公爵家を見張ってたんですって。わざわざ魔導高速馬車で毎日レニエ伯爵家からキーリー公爵領まで出向いて、待ち構えていたらしいわよ……ほんと異常ですわ……」
「キーリー公爵家に、いきなり押しかけたこともあるんですってね。前妻が婚家に無理やり、よ? しかもその抗議文が届いた後に、誘拐事件まで起こすとは」
「しかも、公子様は継母のために花を摘みに行ったと聞いていますわ。……あの坊ちゃまは、なんて健気なのかしら。それを……ひとりでいるところを、むりやり連れ去って、なんと地下貯蔵庫に隠していたのですって。薄暗くて寒い場所によくも幼い子を――ひどい女性ですわね」
社交界では貴族達が集まってはこの話題に終始し、バルバラの悪評は止まらず燃え広がる火のように、彼女の名誉を焼き尽くしていった。
「ほんっとにさぁ、王妃様の妹だかなんだか知らないけど、やることが下衆すぎるのよぉ」
「ねー、しかもその子を、地下に閉じ込めたんだって? うちの子なら絶対泣き叫ぶわよ。怖かったろうねぇ……鬼母だよ」
路地裏の洗濯場では洗い物を両手で揉みながら、女たちがペチャクチャと噂をしているらしい。――どこへ行っても、バルバラの名が話題に上っていて、口々に批判されているようだった。
そんな噂が広がる一方で、アベラールと心を通わせている私の評判は、思いがけず良いものになっていた。
“継子を実の子のように慈しむ、理想の良妻賢母”――そんなふうに言われているらしい。
……私は、ただ当たり前のことをしているだけなのだけれど。
⟡┅┅┅━─━┅┄ ┄┅━─━┅┅┅⟡
※次回、バルバラはお姉様から……お叱りと処分が……さすがのお姉様も怒ったようで……
王妃殿下の妹だからってなに?
高貴な生まれでも、人としての品格がなければ何の意味もないわ。
悪いことをしたら、きっちり叱るべきなのよ。
「あなた、それでも『母親』なのですか? 人間嫌いになるほど傷つけておいて、『可愛げがない』ですって? アベラールが、どれだけあなたの言葉に小さな心を痛めてきたか、少しは考えたことがあるんですか? 二度と近づいたら許さないわ」
自分でも驚くほどに、声が出ていた。怒りよりも、アベラールを心配する気持ちのほうが大きかった。あの子がどれほどつらい思いをしていたかを思うと、涙が出そうだった。
そのとき、公爵がそっと私の肩に手を置いた。
「アベラールを連れて帰る。二度と俺たちの前に姿を見せるな。次は――公の裁判の場で話すことになるぞ」
「なによ! 私の顔を叩いたなんて信じられない! その女、地下牢に閉じ込めてやるわ。お姉様に言って罰してもらうんだから!」
「……王妃に言って妻を罰するだと? やれるものならやってみろ。こちらも黙ってはいない。キーリー公爵家の力を、舐めてもらっては困る」
「……っ」
ぞっとするほどの公爵の冷たい口調に、さすがのバルバラも顔を引きつらせていた。
私と公爵は地下の貯蔵室に瞬間移動。そこは暗くてひんやりしていた。ワイン樽が並ぶ隅に、アベラールがうずくまるようにして床に座っている。チーズや穀物なども奥の棚には見えた。
「アベラール!」
呼びかけると、私に向かってまっすぐ走ってくる幼子を抱きしめた。小さな手は震えていたけれど、私の胸に顔をうずめたときのアベラールは、泣いてはいなかった。魔力の暴走もなかったみたい。
「ぼくね、ジャネとおとーしゃまがきてくれるってしんじてたから、おとなしくまっていたんだ。だって、ジャネがきてくれないはずないもん」
その言葉を聞いてますます私の目から涙があふれ出た。
アベラールは私のために花を摘んでいたところを、無理やりここに連れてこられたと言った。『いきたくない』と何度も言ったし『いっしょにいたくない』とも、ちゃんと伝えたらしい。それでも、むりやり馬車に連れ込まれたと。
「許せないわ……公爵様。私、今回のことは、到底バルバラ様を許すことはできません」
「世論を操るか……俺に任せろ。こんなことは二度とさせない」
公爵は毅然としてそうおっしゃった。その後、この噂は瞬く間に広まった。
「ずっとキーリー公爵家を見張ってたんですって。わざわざ魔導高速馬車で毎日レニエ伯爵家からキーリー公爵領まで出向いて、待ち構えていたらしいわよ……ほんと異常ですわ……」
「キーリー公爵家に、いきなり押しかけたこともあるんですってね。前妻が婚家に無理やり、よ? しかもその抗議文が届いた後に、誘拐事件まで起こすとは」
「しかも、公子様は継母のために花を摘みに行ったと聞いていますわ。……あの坊ちゃまは、なんて健気なのかしら。それを……ひとりでいるところを、むりやり連れ去って、なんと地下貯蔵庫に隠していたのですって。薄暗くて寒い場所によくも幼い子を――ひどい女性ですわね」
社交界では貴族達が集まってはこの話題に終始し、バルバラの悪評は止まらず燃え広がる火のように、彼女の名誉を焼き尽くしていった。
「ほんっとにさぁ、王妃様の妹だかなんだか知らないけど、やることが下衆すぎるのよぉ」
「ねー、しかもその子を、地下に閉じ込めたんだって? うちの子なら絶対泣き叫ぶわよ。怖かったろうねぇ……鬼母だよ」
路地裏の洗濯場では洗い物を両手で揉みながら、女たちがペチャクチャと噂をしているらしい。――どこへ行っても、バルバラの名が話題に上っていて、口々に批判されているようだった。
そんな噂が広がる一方で、アベラールと心を通わせている私の評判は、思いがけず良いものになっていた。
“継子を実の子のように慈しむ、理想の良妻賢母”――そんなふうに言われているらしい。
……私は、ただ当たり前のことをしているだけなのだけれど。
⟡┅┅┅━─━┅┄ ┄┅━─━┅┅┅⟡
※次回、バルバラはお姉様から……お叱りと処分が……さすがのお姉様も怒ったようで……
1,494
あなたにおすすめの小説
処刑前夜に逃亡した悪役令嬢、五年後に氷の公爵様に捕まる〜冷徹旦那様が溺愛パパに豹変しましたが私の抱いている赤ちゃん実は人生2周目です〜
放浪人
恋愛
「処刑されるなんて真っ平ごめんです!」 無実の罪で投獄された悪役令嬢レティシア(中身は元社畜のアラサー日本人)は、処刑前夜、お腹の子供と共に脱獄し、辺境の田舎村へ逃亡した。 それから五年。薬師として穏やかに暮らしていた彼女のもとに、かつて自分を冷遇し、処刑を命じた夫――「氷の公爵」アレクセイが現れる。 殺される!と震えるレティシアだったが、再会した彼は地面に頭を擦り付け、まさかの溺愛キャラに豹変していて!?
「愛しているレティシア! 二度と離さない!」 「(顔が怖いです公爵様……!)」
不器用すぎて顔が怖い旦那様の暴走する溺愛。 そして、二人の息子であるシオン(1歳)は、実は前世で魔王を倒した「英雄」の生まれ変わりだった! 「パパとママは僕が守る(物理)」 最強の赤ちゃんが裏で暗躍し、聖女(自称)の陰謀も、帝国の侵略も、古代兵器も、ガラガラ一振りで粉砕していく。
婚約破棄された竜好き令嬢は黒竜様に溺愛される。残念ですが、守護竜を捨てたこの国は滅亡するようですよ
水無瀬
ファンタジー
竜が好きで、三度のご飯より竜研究に没頭していた侯爵令嬢の私は、婚約者の王太子から婚約破棄を突きつけられる。
それだけでなく、この国をずっと守護してきた黒竜様を捨てると言うの。
黒竜様のことをずっと研究してきた私も、見せしめとして処刑されてしまうらしいです。
叶うなら、死ぬ前に一度でいいから黒竜様に会ってみたかったな。
ですが、私は知らなかった。
黒竜様はずっと私のそばで、私を見守ってくれていたのだ。
残念ですが、守護竜を捨てたこの国は滅亡するようですよ?
【完結】異世界からおかえりなさいって言われました。私は長い夢を見ていただけですけれど…でもそう言われるから得た知識で楽しく生きますわ。
まりぃべる
恋愛
私は、アイネル=ツェルテッティンと申します。お父様は、伯爵領の領主でございます。
十歳の、王宮でのガーデンパーティーで、私はどうやら〝お神の戯れ〟に遭ったそうで…。十日ほど意識が戻らなかったみたいです。
私が目覚めると…あれ?私って本当に十歳?何だか長い夢の中でこの世界とは違うものをいろいろと見た気がして…。
伯爵家は、昨年の長雨で経営がギリギリみたいですので、夢の中で見た事を生かそうと思います。
☆全25話です。最後まで出来上がってますので随時更新していきます。読んでもらえると嬉しいです。
「魔力がない」と婚約破棄されましたが、私を拾ったのは剣聖と呼ばれる傭兵王でした〜金で地位を買った元婚約者様、私の夫に勝てると思いましたか?〜
放浪人
恋愛
「魔力がない」――ただそれだけの理由で、私をゴミのように捨てたこと、後悔させて差し上げますわ。
魔力至上主義の王国で、伯爵令嬢エリスは「魔力ゼロ」を理由に、婚約者である騎士団長フェルディナンドから婚約破棄を突きつけられ、実家からも追放されてしまう。 しかし、エリスには魔力の代わりに、幼少期から磨き上げた「兵站管理(兵法・経済)」の天賦の才があった。
雪の中で行き倒れかけた彼女を拾ったのは、「剣聖」の異名を持つ最強の傭兵団長・ヴォルフガング。 「俺の軍師になれ。ついでに嫁になれ」 粗野だが実力ある彼と手を組んだエリスは、その知略で荒くれ者たちの傭兵団を劇的に改革していく。
一方、金で地位を買った元婚約者は、見かけ倒しの騎士団を率いて自滅の道を突き進むことに。 泥沼の戦場で再会した時、勝負はすでに決していた。 「騎士道? 名乗り? そんなもので、私の夫(ヴォルフガング)に勝てると思わないでください」
これは、捨てられた令嬢が最強のパートナーと共に、腐敗した騎士たちを「論理」と「物理」で叩き潰し、荒野に黄金の都を築く、痛快な大逆転劇!
捨てられた地味な王宮修復師(実は有能)、強面辺境伯の栄養管理で溺愛され、辺境を改革する ~王都の貴重な物が失われても知りませんよ?~
水上
恋愛
「カビ臭い地味女」と王太子に婚約破棄された王宮修復師のリディア。
彼女の芸術に関する知識と修復師としての技術は、誰からも必要性を理解されていなかった。
失意の中、嫁がされたのは皆から恐れられる強面辺境伯ジェラルドだった!
しかし恐ろしい噂とは裏腹に、彼はリディアの不健康を見逃せない超・過保護で!?
絶品手料理と徹底的な体調管理で、リディアは心身ともに美しく再生していく。
一方、彼女を追放した王都では、貴重な物が失われたり、贋作騒動が起きたりとパニックになり始めて……。
天才すぎて追放された薬師令嬢は、番のお薬を作っちゃったようです――運命、上書きしちゃいましょ!
灯息めてら
恋愛
令嬢ミーニェの趣味は魔法薬調合。しかし、その才能に嫉妬した妹に魔法薬が危険だと摘発され、国外追放されてしまう。行き場を失ったミーニェは隣国騎士団長シュレツと出会う。妹の運命の番になることを拒否したいと言う彼に、ミーニェは告げる。――『番』上書きのお薬ですか? 作れますよ?
天才薬師ミーニェは、騎士団長シュレツと番になる薬を用意し、妹との運命を上書きする。シュレツは彼女の才能に惚れ込み、薬師かつ番として、彼女を連れ帰るのだが――待っていたのは波乱万丈、破天荒な日々!?
『悪役令嬢は、二度目の人生で無言を貫く。~処刑回避のために黙っていただけなのに、なぜか冷徹宰相様から「君こそ運命の人だ」と溺愛さています~』
放浪人
恋愛
「もう、余計なことは喋りません(処刑されたくないので!)」
王太子の婚約者エリスは、無実の罪を着せられた際、必死に弁解しようと叫び散らした結果「見苦しい」と断罪され、処刑されてしまった。 死に戻った彼女は悟る。「口は災いの元。二度目の人生は、何があっても口を閉ざして生き延びよう」と。
しかし、断罪の場で恐怖のあまり沈黙を貫いた結果、その姿は「弁解せず耐え忍ぶ高潔な令嬢」として称賛されてしまう。 さらに、人間嫌いの冷徹宰相クラウスに「私の静寂を理解する唯一の女性」と盛大な勘違いをされ、求婚されてしまい……!?
「君の沈黙は、愛の肯定だね?」(違います、怖くて固まっているだけです!) 「この国の危機を、一目で見抜くとは」(ただ臭かったから鼻を押さえただけです!)
怯えて黙っているだけの元悪役令嬢と、彼女の沈黙を「深遠な知性」と解釈して溺愛する最強宰相。 転生ヒロインの妨害も、隣国の陰謀も、全て「無言」で解決(?)していく、すれ違いロマンティック・コメディ! 最後はちゃんと言葉で愛を伝えて、最高のハッピーエンドを迎えます。
虐げられた私が姉の策略で結婚させられたら、スパダリ夫に溺愛され人生大逆転しました。
専業プウタ
恋愛
ミリア・カルマンは帝国唯一の公爵家の次女。高貴な皇族の血を引く紫色の瞳を持って生まれたワガママな姉の陰謀で、帝国一裕福でイケメンのレナード・アーデン侯爵と婚約することになる。父親であるカルマン公爵の指示のもと後継者としてアカデミーで必死に勉強してきて首席で卒業した。アカデミー時代からの恋人、サイラスもいる。公爵になる夢も恋人も諦められない。私の人生は私が決めるんだから、イケメンの婚約者になど屈しない。地位も名誉も美しさも備えた婚約者の弱みを握り、婚約を破棄する。そして、大好きな恋人と結婚してみせる。そう決意して婚約者と接しても、この婚約者一筋縄ではいかない。初対面のはずなのに、まるで自分を知っていたかのような振る舞い。ミリアは恋人を裏切りたくない、姉の思い通りになりたくないと思いつつも彼に惹かれてく気持ちが抑えられなくなっていく。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる