ガーランド大陸魔物記  人類が手放した大陸の調査記録

#Daki-Makura

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泣き虫な〝抱きつき魔〟 ポポ②

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 そこで私は、この子に〝ポポ〟と名前をつけることにした。

 生活に慣れてきたポポは忠実で、賢く、よく手伝いをしてくれた。
 だが森の近くへは絶対に近づかず、遠くから見つめては耳を震わせ、目の奥に消えない恐怖を灯していた。
 特に、私が森へ探索に向かおうとすると必死に止めてきた。
 それを振り払い探索に出るのだが、ポポの鳴き声は遠くでも聞き取れるほどだった。


 季節が巡った。
 ポポは最初の頃とは比べものにならないほど大きくなっていた。
 かつては私の腕の中に収まっていた身体は、今では抱き上げることもできない。

 通常の〝抱きつき魔〟の大きさを遥かに凌駕しており、骨格も、筋肉の付き方も、明らかに別物だった。
 安全な寝床と、欠かすことのない食料――それらが彼をここまで育てたのだろう。

 身体が大きくなるにつれ、ポポの性格も変わっていった。
 以前は物音がするだけで私の背後に回り、足元に身を寄せていたのに、今では私より一歩前に出る。
 森に近づくたび、私は何度も叱ったが、ポポは私の言葉よりも、自分の中に芽生え始めた野生に耳を傾けているようだった。

 少しずつ森へ入るようになり、そして自信を持ち始めた。
 魔物の遠吠えが夜の向こうから聞こえてくると、ポポは身を低くし、歯を鳴らしてその方向を睨みつける。

 かつてあった震えは、もうそこにはない。

 あの目を見たとき、私は初めて理解した。
 ポポは、私の背後に立つことをやめ、いつの間にか前に出るようになっていた。
 そして同時に、いずれ私の制止など届かなくなる日が来ることも。

 
 その日は雪がちらつき、大陸自体が冷える日だった。
 私はポポと一緒に森に入っていた。
 その日の森には冬の訪れとは違う静けさが広がっていた。どこか張り詰めたそんな静けさ。

 ポポもどこか緊張しているようだった。

 その理由がわからないまま森を進んでいると、突如ポポが私の前に躍り出し低く唸り出した。

 そして、それは姿を現した。
 
 燃えるように赤い肌、盛り上がる筋肉、身体にある無数の傷、そして……血でどす黒くなったのであろう巨大な鋏……シザーオーガ……〝切り裂き魔〟である。

 荒ぶるポポと巨大な鋏を目にして私は理解した。こいつがポポの仇だと。
 だから、攻撃をしようとしたマンドラゴラ達を私は止めた。
 ポポの仇なら、ポポが倒すしかない。たとえ返り討ちにあったとしても、私は見届けなくてはならないと思えたのだ。

 〝抱きつき魔〟と〝切り裂き魔〟。

 しばらくの睨み合いの後、戦闘が始まる。低い体勢からタックルを仕掛けるポポ。
 〝切り裂き魔〟はそれを潰そうと鋏を叩きつける。

 優位性を取るための攻防。
 そこには、護られてきていたポポの姿は無く、野生に育てられた魔物の動きだった。

 そして静寂が訪れる。

 激しい闘いの末、〝切り裂き魔〟が雪に崩れ落ちた。
 勝者となったポポは、噛み付くのをやめ、吠えることもせず、ただ静かに〝切り裂き魔〟から顔を背けた。

 そこにあったのは歓喜ではなく、終わりだった。

 恐怖への終わり、復讐の終わり……そして、私との生活の終わり。ポポは私に近づくと、鼻を擦り付け、森の中へと去っていった。傷ついた身体を休めることもなく。

 その後ろ姿は誇らしげだった。


 その後私は遠くからだが、森の中で幾度となくポポを見かけた。
 自分と似た体格の〝抱きつき魔〟ハギングウルフを何匹も従えていた。彼は群れのボスになったようだ。
 
 あの泣き虫だった〝抱きつき魔〟はもう何処にもいないのだ。
 私がポポに気づくと、ポポは群れと共に遠吠えをする。
 その鳴き声は「もう大丈夫」と言っているようで、私を安心させるのだった。

 彼は勝利者だ。
 だがそれは、何かを取り戻した勝利ではなく、長い時間を終わらせるための勝利だったのだと、私は思う。

 自然は善も悪も持たない。ただ、生きる者が生き残るだけなのだ。


 《補遺一》〝抱きつき魔〟の幼体について

 〝抱きつき魔〟《ハギングウルフ》は群れを形成する魔物であり、集団で幼体を守るように生活するので、幼体が単独で生存した記録はない。
 生後間もない個体は親や群れからの育児を必要とし、それを失った場合、多くは衰弱死、もしくは他の魔物の捕食対象となる。

 記録上、人の生活圏近くで幼体が長期間確認された例はなく、もちろん人に対して自発的に接触を試みたという報告は存在しない。

このため、当該個体が一定期間生存し、さらに成長を遂げたことは、〝抱きつき魔〟の生態から見て極めて異例であると考えられる。


 《補遺二》森で確認された遠吠えについて

 冬の終わり頃より、住居エリア周辺の森において、複数の〝抱きつき魔〟による遠吠えが定期的に確認されている。
 鳴き声は一定の間隔を保ち、数も安定しており、群れとしての行動が確立されている可能性が高い。

 また、観測された遠吠えには、他の個体とは明らかに異なる低く長い音調が含まれており、力強く感じる。
 群れを統率する特別な個体の存在が示唆されている。

 その遠吠えは、これまで記録された〝抱きつき魔〟のものと比べ、異様なほど落ち着いていて威厳があると私は感じている。


 魔物データNo. FA-025(改訂)
 種族名:ハギングウルフ
 種族:狼系人型魔物
 寿命:不明(従来は10~15年とされていた)
 身長:70~90cm
    ※一部例外個体は120cm以上に達する
 体重:40,000~60,000g
    ※例外個体は測定不能
 通称:〝抱きつき魔〟
 特記:従来は力が弱く、初心者冒険者向けの討伐対象とされてきた魔物。4人以上のパーティーであれば安定して討伐可能であり、食材・素材としても有用性が高いことから、各地で常設クエストとして扱われている。
 しかし近年、ガーランド大陸において従来の記録と一致しない個体群の存在が確認されている。これらは体格・筋力ともに既存の生体を大きく上回っているのが確認された。特に、群れを統率する個体の存在が示唆されており、その行動は従来の「弱体魔物」という分類では説明がつかない。
 なお、渾名の〝抱きつき魔〟については、冒険者が名付けたものである点は変わらない。ただし、これら例外個体に対して、この渾名で侮ると痛い目を見ることになる。
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