怪しい二人 美術商とアウトロー

暇神

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No.9 死に至る病

File:14 希望

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 鼓動が早まるのを感じる。落ち着け。彼を少なくとも戦闘不能に追い込める人間が居るのは確かだが、その人間が居るような気配はしない。取り敢えず安全を確認した上で、彼の体を回収しよう。治療系の魔術は使えないが、応急処置用の道具はある。やれる事はあるかも知れない。私は一度深呼吸してから、拳銃を構え、部屋の中へ突入する。
 部屋の中にはジョセフ君の体ともう一つ、かなり乱暴に扱われたらしい私の死体が放置されていた。自分自身ではないと分かっていても、こういうのは見ていてとても不快だ。
 しかしまぁ、これのお陰でこの世界の事が少し分かった。恐らくこの世界は、現実世界の情報に加え、ジョセフ君の記憶や感情を情報として取り込み、彼が最も嫌がる状況を作り出したのだろう。結果として彼は敵の精神攻撃に対する抵抗を著しく弱め、この状況に至った。敵の姿は見当たらないが、かなり厄介な敵になりそうだ。
 私はジョセフ君の体を担ぎ、窓から見えない位置まで彼を運んでから、彼の服を脱がし、状態を確認する。心臓が刃物で貫かれている。傷が塞がっていない辺り、銀の短剣で刺されたんだろうが……まだ微かに息がある。彼の不死身具合も、かなり上振れて来たような気がしてしまうな。事実、出血は既に止まっている。
 幸い、それ以外に傷は見当たらない。この様子であれば、吸血鬼の再生能力で傷が塞がる可能性はあるだろう。私は応急処置用の道具を取り出し、傷口の付近を消毒してから、彼の胸を包帯できつく縛る。縫う道具でもあれば良かったんだろうが、今は針も糸も無い。我慢してもらおう。
 周囲に敵影は無い。魔力も感じない。まさか敵は、以前絵画『驚愕』を奪った時と同じように、絵画に残された意識のような物なんだろうか。状況は確かに似通っているが、そうならかなり厄介な事になりそうだ。
「ソ……フィア……」
 そうこう考えている内に、ジョセフ君は幾分かの意識を取り戻したらしく、低く、そして小さく呻き声を漏らしながら、私へ視線を向けた。
「目を覚ましたか。無理はしない方が良い。心臓に穴が空いている」
「……ごめんなぁ……」
 無理に話すべきではないだろう。意識すら朦朧としているだろうに。そこまでして謝る必要なんてどこにもないというのに。
「何を謝る事があるんだい?それよりも休んでいた方が良い」
「あぁ、そうか……そうだよなぁ……」
「落ち着いてくれ。大丈夫だ。私は生きている」
「チクショウなんだってこんな……クソ……」
 錯乱状態に陥っているのか?確かにあんな物を見せつけられた上に精神攻撃を受ければ、相当不安定な状態に陥っても不思議は無いだろうが……しかしこの様子では、自傷に走ってもおかしくない。折角応急処置をしたのに、また傷を作られては面倒だ。
 だが幸い、私にはこういう時に使える丁度良い手段がある。私はジョセフ君の頭を胸に抱き寄せ、できる限り心臓の音が聞こえるような位置に調整する。
「安心すると良い。大丈夫だ。生きている。君も、私も」
「嘘だ……だって俺はあの時……」
「思い出すんだ。ここは現実じゃない。そうだろう?」
 私は泣く子供をあやすように、ジョセフ君の頭を撫で、「大丈夫、大丈夫」と囁き続ける。伝聞ではあるが、ハグという行為には不安やストレスを和らげる効果があるとか。それに加え、心臓の音は生命活動そのものの音。私が死んだと思っている彼にとっては、ある程度の効果があるだろう。
「思い出すんだ。ここも、ここで君が見た一切合切も、何一つ創作物の域を出られない悪趣味な欠陥品だ」
「だが俺は、お前を……」
「守れなかったと?それは君の見た悪い夢だよ。ほら、耳を澄ませてみると良い。君の物ではない心臓が、確かに動いているだろう?」
 ジョセフ君は私の背中へ手を伸ばし、私の体を抱き締める。心音が聞こえている事に気付いたのか、彼は声を押し殺すようにしながら泣き始めた。恐らく長い事気を張っていただろう。ここら辺で一度、重い荷物を地面に置いても良い筈だ。
 そこから三十秒程経って、ようやくジョセフ君は幾分かの落ち着きを取り戻したらしい。彼は「もう、大丈夫だ」と言って、涙を手で拭いながら、私の胸から顔を上げた。彼は気まずそうに、そして照れくさそうに、「あ~その、なんだ」と口にする。
「迷惑、掛けたよな」
「あぁ勿論」
「……済まなかった」
 彼はらしくもなく頭を下げ、そう言った。どうやら私の死体を見せつけられたのが相当苦しかったらしい。何か、決意を新たにしたような声色だ。
 だが、私が欲しいのはそれじゃない。私はわざとらしく「違うんだよな~」と言いながら、ジョセフ君の顔を下から覗き込み、ついでに頬を突く。彼は驚いたように顔を上げ、信じられない様子で私を見つめる。
「謝るのは違う。もっと言うべき事があるだろう?」
「え?」
「あぁ私がいつも言ってなかったからかな……じゃあここで言っておこう。いつもありがとう」
 そこから三拍程置いて、彼は私の言っている事を理解してくれたらしく、照れ臭そうに顔を逸らした。耳が赤くなっている。確かに意識すると気恥ずかしいが、ここまで恥ずかしい事だろうか。
「ちょっ……と待ってくれ。心の準備をする」
「早めに頼むよ」
 ジョセフ君は三度深呼吸してから、さらにもう一度深呼吸し、私の方に向き合った。彼は気恥ずかしそうな顔のまま、顔を逸らさずに、私の言ってほしい事を言ってくれた。

「……ありがとう!」

 よし。ジョセフ君をからかって満足できた。さて次は、ここから出る方法を探さなければ。
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