怪しい二人 美術商とアウトロー

暇神

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No.8 ふじのやま

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 あ~クソ。クソクソクソクソ。マジでクソな気分だ。コミックの新刊が売り切れてやがるとは。あの本屋はいつも客が居ねぇから大丈夫だと思ってたんだが、完全に想定外だ。
 ここ最近のキツイ仕事の連続も、あの一冊が今日発売だって事だけで耐えられてたのに。次の入荷はいつになる事やら……考えるだけで憂鬱だ。
「若。建物内に魔力の反応はありません」
「思ってたより早く済んだな……粗大生ごみの処理だけ頼むわ。俺はここの保管庫行って来る」
「承知しました」
 ボスの話じゃ、ここに保管してある神秘学関連の物品は全部持ち帰って良いって話だったよな。コミックの代わりにはならねぇが、まぁ無ぇよりはマシだ。そこそこ巨大な組織だったし、素晴らしい宝物庫がある事を着たいしよう。
 見取り図じゃ確かこっちの方に……おぉあったあった。マスターキーは既に拝借してるし、早速御開帳と……と考えながら扉へ手を置いた瞬間、少しの違和感があった。俺が扉を軽く押すと、扉はそれが自然であるように開いた。
「空いてたのか?不用心だな……」
 多分、俺達がこの施設に突入した時、ここに誰かが居たんだろう。そして慌ててここから出たせいで、施錠を忘れたとか……いや結構無理あるな。可能性はあるが、それでも結構弱いだろ。しかしまぁ、もうこの建物の中に魔術師は居ねぇんだし、気にする事じゃねぇよな。
 しかし本当に不用心だな。人避けの結界すら無ぇとか、防犯対策どうなってんだ。まぁこの状況じゃ防犯もクソも無ぇだろうけど。さ~てここにはどんな神秘の遺産が……
 と考えながら保管庫に入った俺が、間抜けに「……あ?」と声を漏らしてしまったのは、多分無理も無ぇ事だ。理由は単純。誰も居ねぇ筈の保管室に、何でか人が居たからだ。その女は、絵画を保管庫の壁から外そうとしながら、こちらを見ている体勢で、俺は両手を上着のポケットに入れた状態で固まった。
 なんでここに人が居るんだ?魔力は感じねぇ。魔術師じゃねぇのか?いやだったらなんでこんな場所に居る?一般人ならこの施設に張られた人避けの結界を通り抜けられねぇよな。なら魔術師なのか?いやだとしても……
「……」
「待て待て無言でその絵持って行こうとすんじゃねぇ」
「……」
「仕舞えって言ってる訳でもねぇよ」
 なんだコイツ。殺してやろうか?しかしこの組織の名簿にこんな女は居なかった。一般人か魔術師かも分からねぇ以上面倒な事になりかねねぇ。
「……お前は誰なんだ?」
「……」
「答えろよ」
 俺がそう言うと、女は絵画を恐らく魔道具であろうバッグに仕舞い、メモ帳を取り出した。女はそこに何かを書き込むと、俺にそれを差し出して来た。
「あぁ?え~と……『手話で話そう。無理なら筆談』……用心深いんだな」
 女は反応を示さねぇ。多分、特定の言葉や会話をトリガーにして発動する魔術を警戒してるんだろうな。確かに手話で発動できる魔術ってのは聞かねぇし、合理的か。
『分かった。手話にしよう』
『助かるよ』
『お前は誰だ?』
『……美術商とでも名乗っておこうかな。この絵画が欲しかっただけだ。見逃してくれると助かるんだが?』
『難しいな』
『何故?』
『俺はここの組織を壊滅させに来た』
『私はこの組織の人間ではないよ?』
『怪しい人物って事だ』
 女は考え込むように黙ってしまった。さてどうしようか。ここで殺しても良いんだが、どうも簡単にコイツを殺せると思えねぇ。あと単純にやる気が無ぇ。さてどうした物か……
「あ、若~処理終わったんで撤収……って、え?」
 おっと不味いな。部下が来た。この状況じゃ、俺とこの組織が繋がっていると思われる可能性もある。この女が組織に関係している人間でないと言える証拠は無く、俺とコイツは明らかにコミュニケーションを取っている。
 『どうしようか』……と考えるよりも先に、女は俺と部下の間に割って入った。何考えてやがる?殺されてもおかしくねぇんだぞ?止めなければ。
「おい……!」
「初めまして。彼の部下だよね?」
 は?それを確認してどうするつもりなんだ?どうやって誤魔化すつもりだ?少なくとも俺には、この状況を打破する方法を思い付かねぇ。
 いやしかし、コイツは考え無しに動くタイプじゃねぇ。何か考えがあるんだろう。俺が今できるのは、コイツに話を合わせ、見守る事だ。
「え?あ、あぁそうだが……いや、お前は何者だ?」
「私は彼のオトモダチさ。彼の頼みで、別動隊として動く事になっていたんだ」
「若。事実なんですか?」
「事実だ。ファミリーの中に裏切り物が居ねぇとも限らねぇんだ。ファミリーから独立している、信用できる人間を使う事は決めていた」
「そんな勝手な……第一、一般人の事は信用できませんよ」
「私は魔術師だよ。魔力を隠していただけさ」
 そう言うと、女は隠していたらしい魔力を表に出した。やっぱ魔術師だよな。そうでなきゃ、こんな所来ねぇし。
 だが、俺の部下はまだ納得してねぇ様子だ。面倒臭ぇが……コイツなら、何か考えがあるんだろう。女は仕方が無いと言いたげな様子で、口を開いた。
「信用できないと言うなら、来ると良い。証拠を見せてあげるよ」
「は?ちょっと勝手に……」
「ほら医者に行く前のガキじゃねぇんだ。行くぞ」
 女は保管庫から出ると、施設の更に奥の方へ進んで行った。この方向は確か、モニタールームがあった筈だ。
 それに気付いた瞬間、コイツが言っていた『証拠』が何なのかの想像ができた。そして女がモニタールームの扉を開いた瞬間に、その想像は現実となった。

 モニタールームには、心臓を貫かれた人間の死体が大量に転がっていた。

「これは……これを、貴女一人で?」
「そうさ。私は美術商でね。絵画一枚と引き換えに、彼の依頼を受けた」
 しれっとあの絵画を自分の物にしようとしてるな。しかし、これだけ動いてくれてたんだ。そもそも持ち帰るか否かすら俺に任されてんだ。あの絵画がただの神秘の遺産じゃねぇ事は俺でも分かるが、あれ一枚くれてやる位なら、多分問題無ぇだろう。
「あぁ、その絵画もあるさ。見るかい?」
「いや……結構です。若に、お嬢さん。疑ってしまい、申し訳ありません」
「まぁ気にすんな。状況が状況だったしな。じゃ、さっさと撤収するぞ」
「私は私で道があるからね。ここで一旦お別れだ」
 女はそう言って、モニタールームの更に奥へ進んで行く。俺達も撤収する為、元来た道を辿り始めた。しかし俺の部下は女の方を振り返り、口を開いた。
「お嬢さん!最後に、お名前を聞いても?」
 女はこちらへ振り返り、軽く微笑みを浮かべて、その問いに答える。

「ソフィア・アンデルセン」

 時計の針が、一つ進んだ気がした。
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