怪しい二人 美術商とアウトロー

暇神

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No.8 ふじのやま

File:16 残酷な世界

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「……なんか、長々と惚気ちまったみてぇで。悪かったな」
「いや。良い、話だった」
 思い返せば、今までソフィアと何度も組んで、何度も人を殺し、何度も絵画を奪って来た。こうして俺がここに居るのはソフィアのせいで、ソフィアのお陰って訳か。こうして見ると、アレは本当に『運命の出会い』とでも言うべき物だったんだろうな。
 あぁしかし、それはアイツにとってもか。俺のせいでアイツは危険な目に遭い続けた。協会の最高戦力と戦い、得体の知れない怪物と戦い、そして今、アイツは昏睡状態だ。アイツにとって最悪の出会いは、間違い無く俺との物だ。
「……あの選択は、正解だったんだろうか」
 気付けば、俺は過去、或いは未来の自分に向けて、そう問い掛けていた。自分の思考が負の方向へ向かって行く事を感じながら、俺は口を動かし続ける。
「アイツは俺と居て、楽しかっただろうか。俺と関わって、少しでも幸せを感じただろうか」
「……少なくとも、貴様のお陰で感じる事ができた物はあった」
「だが、俺のせいでアイツは多大な不利益を被ってる。プラスマイナスの話をするんなら間違い無くマイナスだ」
「慰めるつもりは無いが、ソフィアがあぁも大量の絵画を集められたのは、貴様がソフィアを巻き込んだからだ」
 それがどうした。アイツが、そしてアイツを誰よりも知ってる奴が、俺の存在から生じた幸福を認めようと、俺はそれを認められねぇ。俺は俺を許せねぇ。
「……お前の行動が、俺の行動の間違いと、俺の考えの正しさを証明してるさ」
 蛇は答えねぇ。当然だ。コイツは俺を再起不能にしてぇ訳でも、元気付けて励ましたい訳でもねぇ。コイツは多分……
「お前は、んだろ?」
「……何故そう思う?」
「お前はソフィアの防衛機能だ。違うか?」
 蛇は答えねぇ。だがそれでも良い。コイツが何を言おうが、それは然したる意味を持たねぇ。俺は口を開き、自分がそう思った根拠を述べ始める。
「お前から受け継いだ特性が発現したのは、ソフィアの肉体が危険に晒された時。そしてソフィアの様子がおかしくなったのは、詰まり、、ソフィアの精神が危険な状態になった時」
 肉体の方は至近距離からの爆弾が直撃したんだ。当然、ただの人間が耐えられるような物じゃねぇ。ソフィアの死を回避する為に、この蛇……ゴルゴーンはソフィアの肉体に自分がかつて持っていた肉体の特性を付与した。結果、ソフィアの肉体は頑強な物になり、爆発を耐えた。
 精神の方は……恐らくソフィアの精神を持ち堪えさせていた『何か』が、ボスとの会話で崩れたんだろう。確かにあの一時、ソフィアはいつ自死を選んでもおかしくねぇ危なさがあった。心の傷は自分で治す以外に対処法が無ぇ。蛇はソフィアがその傷を修復するまで、ソフィアの精神を麻痺させ、耐えようとしたんだろう。
「だがどうも納得できねぇ所が一つある。お前がソフィアの防衛機能だとしても、今、ソフィアの精神を眠らせている理由が無ぇ」
「……先ず最初に、見事だと言っておこう。お前の言う通り、私はソフィアの防衛機能の一端を担っている。ソフィアの肉体、精神に現れた変化は、両方共私の意思だ」
 あっさり認めたな。まぁここで否認したとして、その行為には意味が無ぇ。これが普通か。
「ソフィアを眠らせたのは、彼女が言う『師匠』の実験から、ソフィアを守る為だ」
「実験?」
「奴はソフィアの肉体を、自分が思う『完成品』とやらに近付ける為に、様々な方法で痛め付けた。恐らく危機的状況になれば、さらなる特性の発現が望めると考えたのだろう。しかし幸い、奴は慎重だった。実験による肉体への負荷はそこまでではなかった為、後は精神を守る事にした。そして私は、ソフィアの精神を眠らせた」
 確かに、肉体を守る必要が無ぇなら、精神を守った方が合理的か。ただでさえ、あの短い会話だけでメンタルを抉られてる程だ。もし真正面から拷問でもされたなら……いくら精神を麻痺させたとしても、限界が来るのは明白。
 だが、それじゃ今ソフィアを起こさねぇ理由にならねぇ。ボスからは救い出され、協会は現時点で敵じゃねぇ。そうなれば残る問題は……
 蛇は、話し始める。俺はようやく、この怪物が自分と同じ程度の存在なのだと理解した。
「そこで私が気が付いたのだ。『最初からこうしていれば良かった』と。ソフィアを眠らせ、あらゆる苦痛から守る。これこそ私が辿り着い……」
 俺は腹の底から湧き上がる衝動に身を任せるようにして、言葉を続けようとする蛇の顎をナイフで切り裂いた。これ以上、コイツの言葉を聞いていたくなかった。この蛇に人間の言葉を話せる声帯があるとは思えねぇ。この行為に意味は無ぇだろう。それでも、俺はこうしたかった。
「腐れた脳味噌で話すのはもう止めにしようぜFuckin monsterクソっ垂れの怪物
「私は至極正気さ。事実、こうすればソフィアは幸福な眠りに就ける」
「俺達は怪物だ。俺達に人間ソフィアの幸福について語る権利は無ぇ」
 邪魔するべきじゃねぇ。俺達がするべきなのは、ソフィアを生かし、アイツの自由意思を守る事だ。永遠に眠らせて、ただ死んでねぇだけの状況にする事じゃねぇ。俺は蛇の頭を摘み、持ち上げる。丁度目線が同じ高さになるように。
「ならば貴様は、ソフィアをあの現実に連れ戻すと?あの希望も無く、苦しいだけの現実に?」
「テメェはソフィアの好きな物を知ってんだろ?だったら分かる筈だ。アイツが望む物は現実にしかねぇ」
「その為ならソフィアがいくら苦しんでも構わないと?精神も、肉体も」
 良い訳無ぇだろ。好いた女が死にそうな程苦しんで平気なんて奴が、この世にどれだけ居るかは知らねぇ。だが俺はそうじゃねぇ。アイツが殺されそうになれば腹の奥底からどす黒い物が湧き上がる。アイツが死にそうになれば胸が張り裂けそうな心地になる。
 だが、それは俺がアイツの自由意思を踏みにじる言い訳にすらならねぇ。ただのオナニーにアイツを突き合わせる位なら、死んだ方がマシだとすら今は思える。
「アイツにはそれを乗り越えようとする意地がある。俺達は折れそうなら折れる前に立ち直らせるだけの安全装置で良い」
「それでソフィアが壊れたら?人間という生き物は、お前が思う程強くない」
「そしてお前が思う程弱くねぇ」
 あぁまただクソ。また腹の奥が煮える感覚だ。俺は頭の痛みと体を這い上がって来る不快感を誤魔化すように、全身を強張らせてそれに耐える。
 何か言葉を吐き出すのすら憂鬱だ。だがまだ、一言だけなら話せる。俺は吐き気を抑えながら、目の前の蛇に向かって言葉を放つ。

「あんま人間サマ嘗めんなよ」

 いつの間にか、日は沈んでいた。
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