TRAITOR LEO

滝貴一

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第2話 少女の行方

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まだ日は高い。太陽が全ての人間の上に輝いている。これから死にゆくものにも、生きながらえるものにも。スレインは、幼少の頃一度だけヴェルニアに訪れたことがある。この古代からの都市は、少年の目には美しい街に映っていた。素朴なレンガ造りの建物、郷愁漂う土埃、自然と調和の取れた街並みに張り巡らされた水路は、オアシスのように街や人々を潤していた。人々は行商をし、街は明るい声で賑わっていた。それが今では、人にとの悲鳴や呻き声、砲撃魔法の轟音、パチパチと何かが燃える音、そういう瓦解の喧騒で溢れかえっているのだ。
「アレンは厄介だから一度選抜部隊の陣営にいきましょう」
サラが、あいつ嫌いと口を窄めていた。スレインはいったん辺りが落ち着いたのを見計らって、選抜部隊の陣営に向かった。武装したヴェルニア人と衝突しないように慎重に迂回し、第2部隊はようやく選抜部隊の陣営にたどり着いた。スレインが野営している中でも比較的大きなのテントに向かうと、大男がひとりその奥から現れた。
「レオか。随分遅かったな」
「部隊長、大鷲《フーマ》よ。この度、皇帝からの命によヴェルニア制圧の補佐を、このレオ率いる第2部隊が務めるべく参上した」
大鷲《フーマ》と呼ばれる重厚な斧を携えた壮年の大男は、名をヴィクトー・ウィルムと云った。焼けた肌、顔にはたくさんの傷があり、歴戦の戦士であることを物語っていた。彼は軍に入る前に傭兵をしていた。彼から聞く戦いの話はいつも面白い。スレインは彼を敬愛しているところも、畏怖するところもあるので、心をこめて敬礼をした。
「わかった。戦況は把握しているな?」
「ヴェルニアの被害は甚大。おそらくこのまま押し切れば、ヴェルニアを占拠、制圧するに至るかと」
「他には?」
「途中、ミリスに遭遇。武装したヴェルニア人の中には、腕の立つものの多く、アナンダ軍も被害を受けている。しかし、逃げるものに関しては、俺たちの部隊は手を出さなかった」
「……ふむ」
ヴィクトーはしばし考え込み、スレインに背を向けて、陣営から見えるヴェルニアの街を見渡していた。そして、ふーっと息を吸い込み大きく吐き出す。
「ミリスがな、色々と進言してくるもんでな。やりずれえってもんよ」
「ミリスの方に権限があると……?」
「奴は今補給に行って居ないが、ここだけの話。この戦は俺たち位階保持者にとっちゃあ、教国、いや司祭連中から試されてるみてぇなもんだからよ」
「……というと?」
「はははは。レオ。俺たちはこれから星々を祀る寺院と呼ばれる古の民の遺跡に向かわなければならん。武装したヴェルニア人が立てこもっているとの情報だ」
「では俺たちに援護の命を」
「そうだったな。お前たちは寺院の周辺にいる戦闘民を一掃してくれたらありがてえ」
「謝意」
そうヴィクトーは言い。スレインの肩をポンと叩いた。ニカっと笑った大男は巨木を切り落とせそうな斧を背負って、指示出しの部隊長補佐を呼んでいた。彼の背中はいつ見ても頼もしい。ヴィクトーもおそらく乗り気ではないのだ。だがそれはスレインのように表に出せない立場であることもあり、スレインはヴィクトーの心をできるだけ汲んでいたいと思っていた。
ヴィクトーとスレインたちはヴェルニアの都市内、西にある古い寺院へと赴いた。古く壮麗な寺院。古の民たちが星々を祀る場所であった。寺院に彫られた数々の彫刻は神秘的で、悠久の時の流れを感じさせる。ヴィクトーたちは寺院の周辺を探索したが、人の気配がない。中にいるのかと思い入り口を探すも、一見しただけでは分からなかった。ヴィクトーは悪態をつき、彼の率いる選抜部隊は寺院の入り口を探すことにした。
「レオ。お前たちはこの寺院の周辺に潜んでる奴らがいないか探してこい」
寺院周辺は、木々が生い茂り、所々廃墟となった家屋がぽつぽつと点在している。スレイン率いる第2部隊は、周辺に武装民が潜んでいないか調べることにした。スレインは部隊を編成しなおし、通信用の魔法道具を小隊に持たせた。何か見つけたり襲われたりしたら、ただちに寺院に待機しているサラに魔法道具で伝えることを命じた。
スレインは一人、寺院の北側へ赴いた。木々が多い茂った先に廃屋が見える。茂みをかき分けて、そこに行こうとした時、敵意を感じた。スレインは身体を横に移動させ、何かが飛んでくるのを避けた。
「誰だ!?」
人影が樹木の隙間を縫って跳躍している。枝から枝に飛び移っているのだ。一人か。それ以上か。スレインは身を低くして、見通しの良いところへと走った。
「ハズレかよ」
スレインは魔法道具を握りしめ念を送った。どうやら一人のようだ。茂みに体当たりをし、転がるようにひらけた場所へ出る。すぐさま体制を立て直し、スレインは身構えた。茂みから再び何かがスレイン目がけて飛んでくる。即座に大剣の剣身で弾いた。どうやらボウのようだ。
「無駄だ。出てこい」
「嫌だね。お前たち、クローデルをどうした?」
「クローデル……?」
声は甲高かった。
「俺は見てたんだよ。クローデルが縮毛の優男に抱えられて歩いてるのをな」
スレインは思い出した。おそらくこいつは、アレンに連れて行かれたシャーマンの少女のことを言っているようだ。警戒されているのは明らかだ。声は樹木の上方に移動した。スレインは剣を構え、ふっと腰を落とし、丹田に力を込め、木の幹を目掛けて腕を振った。バキっと木の幹がえぐれる破砕音がして、続いてみしみしと鳴き声のような音を立て、目前の木は倒れた。
「あぶねえ!」
跳躍できなかった青年は、スレインの後方に着地した。黒髪でボウを手に持ち、短剣を腰にぶら下げている。歳の頃なら20前後で、スレインよりだいぶ若かった。それなりに武術の訓練を受けているような風体だった。
「お前は古の民なのか?」
「……。お前も古の民を」
青年は歯を食いしばり、スレインを睨みつけた。
「あの寺院が、ヴェルニアの古の民によって祀られていると調べはついてる」
「なぜ古の民ばかり狙う。クローデルをどこに連れて行ったんだ?」
スレインは質問をしたが、色良い返事がない。ここで質問を続けたとしても、きっと押し問答になるだろう。しかし、事実シャーマンについて知っているとなれば、寺院のことについてもこいつは何か知っているはずだと睨んだ。そこで、スレインは少し強引に行こうと判断する。
「安心しろ。生きてまた会える」
そう言ってスレインは軽く笑った。そして青年の隙を見て、一瞬のうちに斜め後ろに入り込み、腹に肘打ちを食わせた。青年は胃の中のものを吐瀉すると、激痛に顔を歪め、程なくしてどすりと地に伏し、うずくまった。
「うっ!うう……!」
魔法道具でサラに事態を知らせたはずなのに、応援がまだ来ないことに、スレインは何か嫌な予感がしていた。身を丸める青年を肩にかつぎ、スレインは寺院の方に歩き出す。前方で何やら金属が撃ち合う音がかすかに聞こえた。スレインは察して、急足になった。
星々を祀る寺院で戦闘は行われていた。ヴィクトーが大斧をふるい、サラが援護の魔法を詠唱する。スレインもボウを握りしめた青年を部下に預け、参戦した。相手は巨大なゴーレムと武装したヴェルニア人たちだった。
「どこに行ってやがったんだ?こんなお愉しみを差し置いて」
ヴィクトーが皮肉混じりにスレインを煽る。スレインは微かに笑い、サラに状況説明を促した。
「みんながここから離れた後、あたしは、寺院の扉らしきものを見つけたのよ」
スレインには大体想像がついた。何かしたのだろう。
「何かするときには誰かに確認しろ」
「魔法じかけのトラップだったのよ。スイッチがあったから」
「何か扉が開くような音がしたから俺たちも戻ってきたんだ。そしたらコレよ。笑っちまったぜ」
サラは申し訳なさそうにしていたが、スレインとヴィクトーは笑っていた。
「美味しくはないがビンゴだ」
「だな。中にいるのは古の民だろう」
武装民はざっと200人。こちらの方は選抜部隊と第2部隊に、サラと選抜部隊の魔法使いすべて合わせて100あまり、ヴィクトーがいるのでそこはなんとかなるだろう。問題はゴーレムだ。スレインはゴーレムの相手を務める。なるだけ乱戦にならないように集団から引き離すよう誘導した。わらわらと武装民に取り囲まれるアナンダ軍の先陣を切るのはヴィクトーだった。後に続く隊員はヴィクトーを起点としてゆっくりと武装民を包囲していく。後方の魔術師たちは待ってましたとばかりに一斉に杖を掲げた。
「其は、不死者の抱擁。あまねくものより湧き出でる腐敗の息吹。大気に満ちてその身を蝕む泡沫となれ。腐食の霧《アシッドフォッグ》」
サラの状態異常魔法が発動したのを機に、次々と魔法が武装民に降り注いだ。生身の人間には状態異常魔法が厄介なことはサラはよく知っていた。大勢の敵を相手にするときの、力《フォース》より調和《バランス》の序説である。大人数での戦闘を切り抜けるには、全体のバランスを見ながら援護する魔法を使う。集団戦になれた魔術師は、敵を一掃できる自信か、よほどのことがない限り、戦闘開始より自身の魔力を純粋な破壊力としてぶつけたりはしないのだ。
魔術師たちの状態異常魔法が次々と武装したヴェルニア人を襲い、彼らのほとんどは戦意を喪失していた。
「あのデカブツをどうするかだな」
ヴィクトーが大斧を構える。スレインも大剣を握り直した。
「俺が斬り込む!」
ゴーレムの一撃は巨大な岩を砕くほどの破壊力で、一撃でも当たれば致命傷になりかねない。スレインは振り下ろされるゴーレムの両腕を、懐に入り込むような形で間合いを詰め、空振りさせる。そのまま姿勢を落とし、ゴーレムの股の間を抜け、背面に回り込んだ。地を蹴ると、瞬間的に息を吸いこむ。スッと呼吸を合わせ、背中に向かい大剣を薙ぎ払った。
ギィィィィンという耳障りな音が辺りに響き、スレインは剣を伝って響いてくる振動で、腕が麻痺するかのような感覚を覚えた。ゴーレムの背にはひびが入りそうだ。しかしまだだ、身を翻し、もう一度今度は剣を持ち替え、剣を垂直に突き刺す形でゴーレムの背中に差し込んだ。ビィィィィンと振動音がして、ゴーレムはスレインの剣を弾いた。その弾みで、スレインも体ごと跳ね返される。
「俺の番か!?」
ヴィクトーが躍り出る。ゴーレムの2連の拳を交わし、後ろに回り込んだヴィクとーは大斧を振りかぶり、腰を落とし、グッと上半身に気を蓄え、スレインの剣撃を与えた場所に渾身の一撃を見舞う。
ガガガガッ!!!ッキィィィーーーーン!!
けたたましい金属の割れる音があたりに響き、ゴーレムは崩壊した。
「手に堪えるな」
「ああ」
スレインも、ヴィクトーも手の痺れを訴える。二人とも颯爽としていた。
サラによると、このゴーレムは灰金属でできているようだった。
魔元素を含む樹木を燃やした灰を高圧で凝結した後、なんらかの魔法触媒と一緒に錬成して作られる魔法伝導率の高い金属である。しばらくスレインはサラと話した。
「これは人形使いの操るゴーレムじゃないわ。このゴーレムは自律して動いてた。精霊石を媒介にし、下位の精霊を受霊させているの。おそらくだけど、これは精霊術よ」
「太古の魔法トラップだ。古のシャーマンが作ったのかもしれないな」
灰は呪いでもよく使う。核の部分の精霊石は、ヴィクトーの一撃で割れていた。
「さて、どういうことか説明してもらわなきゃな」
武装民は全て、アナンダ軍によって捕縛されていた。ヴィクトーが彼らを見据えて言った。スレインと、先のボウの青年と目が合い。スレインは顎を突き出し、発言を促した。
「……俺の名はユーリだ。俺たちは古の民を守っているんだ」
「というと?」
「お願いだ。クローデルを返してくれ。古の民は、返さなければ何度でもゴーレムを呼ぶと言ってる」
ユーリが、スレインたちに事情を話す。寺院の奥には古の民たちが匿われていて、特別な仕掛けがあり中には入れないらしい。ユーリたちは、ただ中にいる者達の指示で動いているにすぎなかった。古の民の要求は一つだった。
「クローデルを返せと?」
「そうだ。中にいる人々が攫われた古の民の解放を要求しているんだ」
「つまり、古の民を俺らが捕まえてるとでもいうのか?」
「だってそうだろう!?みんな攫われたんだぞ!」
ヴィクトーはスレインとユーリの話を黙って聞いていたが、ゆっくりと口を開いた。
「なあ、レオ。俺たちの知らないことがここで起きてるみてえだな」
「ああ」
スレインは頷いた。思い当たるとしたらアレンしかいない。
「お願いだ!クローデルを返してくれ!」
「待て待て!俺たちにもそのクローデルとやらがどこにいるのかは分かんねえんだ」
ヴェルニア人達が口を揃えて、攫った古の民を返せと騒ぎ出した。戦争であれば、捕虜問題などよくある話だが、あくまでそれは今この場で兵士が議論することではない。捕虜になる時にはなるのである。問題は、寺院に籠城され、わらわらと戦闘もままならないようなヴェルニア人たちを従え集め、無尽蔵に先ほどのゴーレムなど召喚してきてもらってはこちらがいつか疲弊する。
ヴェルニア人たちが口々に古の民を返せと叫び出し、こりゃたまらんと言ったふうにヴィクトーは顔をしかめて聞いていた。スレインもこの寺院の攻略は難儀すると踏んだ。対人戦ならともかく、制圧という意味で剣で建物は切れない。かといって、ここで、むやみにヴェルニア人を殺したり、捕虜にしたりしても、中にいる古の民とやらには今ひとつ決定打にはなりそうにない。
地形を生かした攻略はできないものかと、ふと、遠くへ目をやると、人影が二、三人、こちらの方へ歩いてきていた。スレインはすぐにそれが誰かわかった。そうだ。奴しかいない。
「ここが、星々を祀る寺院ですか」
ユーリたちが一斉に声を上げる。
「クローデル!!」
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