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知らない話
仕込み1
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「さて、ここが今日から君の新しい家や」
そう言ってにこやかに基地の中を案内する与一に対して雇われた女は言った。
「……そう、なんだか変な場所ね」
「まぁ、無理ないわな、そりゃなぁ」
与一が目隠しを解こうとして屈んだ瞬間女は与一に組みついたが、与一は軽々と片手で女を引き剥がして責める様に腕を組んで女を見つめた。
「……流石に殺せないわね」
「血の気引きこもりやのに多すぎん……?」
与一は顎に手を置いて何かを考えるかの様に俯いた。
「なぁにが不満なの?」
「……何も」
「そればっかりはどうにもならんて」
女は腕を組んでその辺の机に座った。
心配になる程の白い肌に、ワインレッドの髪、凍てつく様な冷たい色の目、明らかに人とは違う見た目をしていたが、それでも与一はその姿に目を奪われていた。
「コッチをジロジロ見ないで……」
「ごめんて……」
与一は顔を伏せながら喋り出した。
「ここは月面基地、あの窓の外に見えるのがお前の故郷の青い星、俺は『地球』って勝手に呼んどる」
女は窓の外を見て鼻で笑った。
「安い作り物ね」
彼女は椅子を持ち上げるとガラスに向かって振り下ろした、が、その椅子は跳ね返り女に鈍い衝撃が伝わるだけだった。
「……何これ?何の魔法使ったのよ?」
「……君にはいつか来たる日の為に、ここにいて欲しいんや、勿論、下と繋がる門も用意したある、仕事も好きにしたらええやろし……まぁ、一応あては用意があるけど、それが嫌やったらば好きにしたらええし、設備もその日が来るまで君の好きにしたらええわ、あ、設備使うのはええけど、君以外の人は入れないでね、色々とややこしくなるから」
与一は早口でそう伝えると、部屋の扉を開けた。
「……なに」
「……中の案内するから、着いて来ぃ」
「……分かったわ」
女は立ち上がると、街中で歩く姿を見れば誰もが振り向くであろう優雅で、与一には少し独特に見えた歩き方で与一について行った。
二人は基地の中を歩きながら、少しずつ会話を始めた。
「………ここ、あなた一人で作ったの?」
「まね、それなりに時間は掛かったえ」
「そう……何の為に?」
女は壁をコンコンと叩きながら尋ねた。
「……あーしはね、今この世界が初めてなのよね、んで、まだ他の世界も渡り歩くつもりやし、もしもの為よ」
「何それ……」
「まぁ……そんなこと起こる、ておもといて」
与一の引っかかる様な言い方に女は反応した。
「絶対に起こるの?」
「えい、あ、ここが風呂場ね、着替え室とかもあるからそこで服脱いで全裸で入ってね、男様と女用、あと混浴があっから適当に使ってちょ……あ、んでそうそう、兵隊だけやなくて、まぁ、何と言うか……正直細かいことは分からん、しらん」
と、そこまで言って与一は凄く、嫌そうな顔をした。
「……どうしたの?」
「うーん、いやなぁ、あんましこう言う言い方は好きやないねんけど、これ以上は聞かんといてくれ」
「それで、私に秘密を墓まで持って行けって?」
「ヴァンパイヤんくせしてよーゆーわ」
「……いつから分かったの?」
「そんな事よりも、ほれ、ここは秘密基地やから勿論秘密を保持しやなあかんわけやな、んで、君に保持して欲しい秘密は、この部屋の中よ」
女は全く何もない部屋を見て首を傾げた。
「何もないけど?何か仕掛けでもあるのかしら?」
と言って与一に話の先を促した。
「いや、これからそれを仕込んでいくつもりや、この部屋は絶対に誰に中覗かしたらあかんで、覗かせてええのはあの門からやって来てここの扉開けるやつだけや」
そう言って与一は扉の前にある手形を認証するものと網膜を認証する為の装置を見せた。
「……私はダメなの?」
「えや、ええ……やっぱ俺がおる時だけしか開かん様にしとくわ、脅された時言い訳できるやろ?」
「……ここそんな簡単に侵入されるの?」
「されんわ、ただお前がここ戻ってくる時に何らかの拍子で……ありえるやろ?」
「……そうね」
女は与一に対して冷たい目線を浴びせつつそう言った。
与一は気まずそうに目を逸らしながら服の中からリンゴを取り出して、丸齧りした。
女は仕方がないと言った様にため息を吐くと、窓の外を見た。
「何でそこまでするの?」
「する必要があるからや」
即答する与一に女は苦笑して、窓辺に座って顎に手を置いた。
「ズボラね」
「何がぁ?」
女は足を組んで、与一の方を見据えた。
「私が自由目当てに裏切らないと言う保証が無いのに、貴方は私にそれだけの事をペラペラと喋っちゃったじゃない、ねぇ、私の事馬鹿にしてる?」
「俺より頭はええやろ?」
「………酷い人」
「お互い様やろ」
女と与一は睨み合い、腹の中を探る様な目をしたが、先に目を逸らしたのは女だった。
「いいわ、やってあげる、こんなに待遇の良い仕事なんて他に無いでしょうしね?それに……本気にさせたら私も……何でもないわ」
与一はため息をついて腕組みを解くと、思い出したかの様に手を叩いた。
「あ、そうそう、弟もその時とは違ってちょくちょく来ると思うから、宜しく慕ってくれ、もし……そんな事ないと思うけど手ぇ出されそうやったら言うて、しばくから」
「……そう」
女は目を少し閉じて息を吐いた。
「それで?私の役割は?」
「ここの基地の維持と秘匿」
与一はアッサリと言い切った。
「……私引きこもりだからあまり外に出ないけど、水とかは食料は?」
「この部屋から水は出来る、整備の仕方も置いとく、食料は仕方がないから下に買い出しに行ってもらう、保管方法は……ここ」
「……冷えるわね……ここで寝ても良いかしら?」
「死なんねやったら好きにして、一応君用の寝室も用意したけどそこ見てからにして」
女は心地良さそうに目を細めると、霜が積もっている小山を枕にして寝そべった。
「雪出せない?」
「先にほか見てからにせぇて」
与一の言葉通り女は自分の部屋に案内された。
「どぉ?一応ご要望通りにしては見てんけど、めっちゃ寒くして雪が積もる様にもしたし、シャワーはこの部屋では冷水しか出ません、どうですか?」
女は値踏みするかの様な目で部屋の中を見回した。
部屋の端に行っては雪を掬い上げては落とし、つららを折っては首を振るなどして寝床として用意された洞穴の様な場所に入った。
「あぁ……良いわね」
「………しっかし、ヴァンパイアが極寒の中で寝起きするなんて意外やなぁ……」
与一は寒いのか腕をさすりながらそう言って、震えた。
「……そうね、意外よね」
女は自嘲気味に笑うと、目を閉じて何かを思い出す様に天井を見上げた。
暫くすると女は白い息を吐き出して、与一の方を向いた。
「これで終わり?」
「あとは娯楽室、ここは俺が来るたびになんか聞いてその次来た時に色々追加していく予定、この世界の娯楽のことは知らんからそこんところはよろしく」
トントンと足を床に叩きながら腕を組んで話を聞いていた女はため息をついた。
「そんな娯楽とかに注意向けるんだったら私の安全確保する方が先じゃないかしら?」
与一はそう言う女に、施設の中は女が許可もしくは与一が許可したもの以外が通過すると発動するトラップが多く仕掛けられている事を話した。
「……誤作動とか無いんでしょうね?」
「心配しすぎやて……」
そう言って一通りの紹介を終えた与一は女と契約書にサインをすると、満足そうに頷いてリンゴを齧った。
「それ好きなのね……」
「ん?まぁな、甘くてええんよ」
契約書を懐にしまい込んで説明書やらカタログやらを女に渡すと与一は、
「それじゃあ次来るんはまた暫くやな、じゃあの」
そう言うと門の向こうに歩いて行ってしまった。
女は暫く与一が残して行ったカタログや説明書に目を通して伸びをすると、自分の故郷の近くにセットすると、門を起動しようとした。
しかし、起動する手前で腕が止まり、躊躇うかの様に腕を行ったり来たりさせたが、ボタンを押して門を起動させた。
女の目の前の門が起動して雪景色の世界へとなった。
ゆっくりと前に足を踏み出して、雪の地面を踏むと思い出したかの様にまた来た場所に戻り、腕時計の様なものを装着して再び戻ってきた。
「……ほっ」
一息吐いて懐かしい胸が熱く様な匂いと、忌々しい音が鳴り響く街へと入って行った。
女は何度も振り返られながらも迷う様な仕草をせずにあるボロボロの古屋の前で立ち止まった。
恐る恐る手を掛けてドアを開けた。
「……やっぱり」
女は安堵とも落胆とも取れる溜息をして、その場を後にした。
そのまま街でそれなりに大きな比較的新しい屋敷の前に着くと、門番の静止をを無視して彼らを吹っ飛ばして侵入した。
次々とやって来る屋敷のガードナー達を女は軽くいなしながら、大きな扉を蹴り破って大きな部屋に入った。
中では男が何人もの女を首輪をつなげて侍らせていた。
「だ、誰……貴様か、まだくだばってなかったのか?」
女は男の前の椅子や机を蹴っ飛ばして、男の前に詰め寄った。
「妹はどこ?」
男の股間にヒールの踵を当てながらそう言った。
「おぅ!……死んだよ!半月ほど前にな!健気な奴等だったよ!お前が来る事をずっと待って……うぐっ!!」
女はさらに強く男の股間を踏んだ。
「時間稼ぎなんていいから、どこ?」
「じ、時間稼ぎ?な、何の……」
女は廊下に人の気配を察すると踵を返して廊下に走り出て出会い頭に妹を連れた男共を倒すと手を引いて走り出した。
「くそっ!二人とも殺せぇ!」
その掛け声とともに屋敷の中はパニック状態となった。
「お、ねえちゃん?」
「………」
女は何も言わずにさっきとは打って変わって吹雪く外に走り出た。
しかし、外に出た途端二人は囲まれて銃を構えられた。
バルコニーから男が出てきて、女に向かっていやらしい笑みを浮かべた。
「ヴァンパイアか……どうだ?今から奴隷に戻ると言うのなら「嫌よ」……殺せ、ただし妹の方からだ!」
そして、周りの従者がトリガーに指をかけようとした瞬間、空に巨大な目が現れ、光り輝いたかと思うと、吹雪を纏ってリンゴを齧りながら与一が姿を表した。
「なぁにしてん?」
与一が手を前に翳すと女とその妹の周りに氷の壁を作った。
「はよ逃げんさい」
「……っ!」
女は腕の装置を起動すると門を出現させて基地の中に転がり込んだ。
女は銃声が聞こえるとともに門を閉じて息を吐いた。
暫く遅れて与一が門の向こうからやって来て女の前で腕を組んだ。
「んで?その子どーすん?」
女の手に引かれた少女は女に向かって話しかけた。
「お姉ちゃん?何で……」
「……場所を変えましょう」
「あいお」
「いい?少しあの男と話をして来るからあともう少しだけ待ってて?」
少女は心配そうに女の事を見つめた。
「安心して、あの男は誓って私に手を出さないわ」
少女はゆっくりと女の手を離すと頷いた。
「いい子ね」
女は立ち上がると与一の後について歩き出した。
少し歩いて隣の部屋である展望ルームに入ると、二人は椅子に座って話し出した。
「どないすん?」
「やっぱりここは危ない?」
「せやなぁ、ただ、あんたさんともう関わってしもとるから暫くしたら狙われ出すけど、あの子は自衛の手段持っとらんやろ?」
「そうね」
「となったら、一つ、ここでお前さんがあの子を守り続けるか、ただ外に出す事は危ないからあんまり出来んし、それはあの子の為であるかと言われたら……」
与一は首を横に振ってリンゴを齧った。
「二つ目、今見た事は全部忘れて下で暮らしてもらうか、これも狙われる可能性があるのは勿論やけどな、ただ自由ではある」
与一は後一つ言いたそうにしていたが、目を閉じてそこで口をつぐんだ。
「まぁ、何よりあんたさん達の意見が優先やからな好きにしぃ」
そう言うと与一は立ち上がって伸びをすると最後に一口リンゴを齧るとエアロックを通って基地の外へと出て行った。
女は暫くそのままじっと考えていると、立ち上がり妹が待つ部屋まで戻った。
「お、お姉ちゃん……」
「いい、よく聞いて、私は貴方とは居られない、私は……見ての通り死ななくなったから……きっと貴方も狙われる……だからあそこから遠い土地で幸せに暮らして?」
妹は目に涙を浮かべて首を横に振った。
「大丈夫よ、私は影から貴方を見守っているわ……だからお願い、お姉ちゃんからの最後のわがままよ」
妹は泣きながら何かを女に向かって言ったが、姉は妹を抱いてトントンと背中を叩いた。
「ごめんなさい、身勝手な姉で……」
その後女とその妹は何度か言葉のやりとりを交わしたのち、妹は門の向こうに幾ばくかのお金を持って行ってしまった。
「さよなら……」
女は目元を拭うと踵を返して展望室に戻った。
「さて、仕事を始めるわよ」
「うぃー……」
与一は小さな声で口元を隠して何か言うと、吹っ切れてまだ少し赤く腫れた目元の女の方を向いて微笑を浮かべた。
それから女は与一から指示を受けるたびに月から槍を発射したり、与一の手伝いを行ったりなど様々な事をした。
そんなある日、与一が珍しく短い期間で戻って来ると、
「別の世界に行くから暫くは戻って来れへん」
と、悪びれもせずにそう言った。
「……そう、じゃあここから私の魔王生活が始まるわけね?」
「はじめんな」
「「……ぷ」」
「クハハハハハハ!」
「ウフフフフフフ……」
二人は笑い合うと、それ以上言葉を交わす事なく与一はその場を去るのだった。
「……また、会いましょう……ヨイチ」
その背中を見て女はそう言って微笑むと、ゆっくりと目を閉じて長くなる眠りへと着くのだった。
そう言ってにこやかに基地の中を案内する与一に対して雇われた女は言った。
「……そう、なんだか変な場所ね」
「まぁ、無理ないわな、そりゃなぁ」
与一が目隠しを解こうとして屈んだ瞬間女は与一に組みついたが、与一は軽々と片手で女を引き剥がして責める様に腕を組んで女を見つめた。
「……流石に殺せないわね」
「血の気引きこもりやのに多すぎん……?」
与一は顎に手を置いて何かを考えるかの様に俯いた。
「なぁにが不満なの?」
「……何も」
「そればっかりはどうにもならんて」
女は腕を組んでその辺の机に座った。
心配になる程の白い肌に、ワインレッドの髪、凍てつく様な冷たい色の目、明らかに人とは違う見た目をしていたが、それでも与一はその姿に目を奪われていた。
「コッチをジロジロ見ないで……」
「ごめんて……」
与一は顔を伏せながら喋り出した。
「ここは月面基地、あの窓の外に見えるのがお前の故郷の青い星、俺は『地球』って勝手に呼んどる」
女は窓の外を見て鼻で笑った。
「安い作り物ね」
彼女は椅子を持ち上げるとガラスに向かって振り下ろした、が、その椅子は跳ね返り女に鈍い衝撃が伝わるだけだった。
「……何これ?何の魔法使ったのよ?」
「……君にはいつか来たる日の為に、ここにいて欲しいんや、勿論、下と繋がる門も用意したある、仕事も好きにしたらええやろし……まぁ、一応あては用意があるけど、それが嫌やったらば好きにしたらええし、設備もその日が来るまで君の好きにしたらええわ、あ、設備使うのはええけど、君以外の人は入れないでね、色々とややこしくなるから」
与一は早口でそう伝えると、部屋の扉を開けた。
「……なに」
「……中の案内するから、着いて来ぃ」
「……分かったわ」
女は立ち上がると、街中で歩く姿を見れば誰もが振り向くであろう優雅で、与一には少し独特に見えた歩き方で与一について行った。
二人は基地の中を歩きながら、少しずつ会話を始めた。
「………ここ、あなた一人で作ったの?」
「まね、それなりに時間は掛かったえ」
「そう……何の為に?」
女は壁をコンコンと叩きながら尋ねた。
「……あーしはね、今この世界が初めてなのよね、んで、まだ他の世界も渡り歩くつもりやし、もしもの為よ」
「何それ……」
「まぁ……そんなこと起こる、ておもといて」
与一の引っかかる様な言い方に女は反応した。
「絶対に起こるの?」
「えい、あ、ここが風呂場ね、着替え室とかもあるからそこで服脱いで全裸で入ってね、男様と女用、あと混浴があっから適当に使ってちょ……あ、んでそうそう、兵隊だけやなくて、まぁ、何と言うか……正直細かいことは分からん、しらん」
と、そこまで言って与一は凄く、嫌そうな顔をした。
「……どうしたの?」
「うーん、いやなぁ、あんましこう言う言い方は好きやないねんけど、これ以上は聞かんといてくれ」
「それで、私に秘密を墓まで持って行けって?」
「ヴァンパイヤんくせしてよーゆーわ」
「……いつから分かったの?」
「そんな事よりも、ほれ、ここは秘密基地やから勿論秘密を保持しやなあかんわけやな、んで、君に保持して欲しい秘密は、この部屋の中よ」
女は全く何もない部屋を見て首を傾げた。
「何もないけど?何か仕掛けでもあるのかしら?」
と言って与一に話の先を促した。
「いや、これからそれを仕込んでいくつもりや、この部屋は絶対に誰に中覗かしたらあかんで、覗かせてええのはあの門からやって来てここの扉開けるやつだけや」
そう言って与一は扉の前にある手形を認証するものと網膜を認証する為の装置を見せた。
「……私はダメなの?」
「えや、ええ……やっぱ俺がおる時だけしか開かん様にしとくわ、脅された時言い訳できるやろ?」
「……ここそんな簡単に侵入されるの?」
「されんわ、ただお前がここ戻ってくる時に何らかの拍子で……ありえるやろ?」
「……そうね」
女は与一に対して冷たい目線を浴びせつつそう言った。
与一は気まずそうに目を逸らしながら服の中からリンゴを取り出して、丸齧りした。
女は仕方がないと言った様にため息を吐くと、窓の外を見た。
「何でそこまでするの?」
「する必要があるからや」
即答する与一に女は苦笑して、窓辺に座って顎に手を置いた。
「ズボラね」
「何がぁ?」
女は足を組んで、与一の方を見据えた。
「私が自由目当てに裏切らないと言う保証が無いのに、貴方は私にそれだけの事をペラペラと喋っちゃったじゃない、ねぇ、私の事馬鹿にしてる?」
「俺より頭はええやろ?」
「………酷い人」
「お互い様やろ」
女と与一は睨み合い、腹の中を探る様な目をしたが、先に目を逸らしたのは女だった。
「いいわ、やってあげる、こんなに待遇の良い仕事なんて他に無いでしょうしね?それに……本気にさせたら私も……何でもないわ」
与一はため息をついて腕組みを解くと、思い出したかの様に手を叩いた。
「あ、そうそう、弟もその時とは違ってちょくちょく来ると思うから、宜しく慕ってくれ、もし……そんな事ないと思うけど手ぇ出されそうやったら言うて、しばくから」
「……そう」
女は目を少し閉じて息を吐いた。
「それで?私の役割は?」
「ここの基地の維持と秘匿」
与一はアッサリと言い切った。
「……私引きこもりだからあまり外に出ないけど、水とかは食料は?」
「この部屋から水は出来る、整備の仕方も置いとく、食料は仕方がないから下に買い出しに行ってもらう、保管方法は……ここ」
「……冷えるわね……ここで寝ても良いかしら?」
「死なんねやったら好きにして、一応君用の寝室も用意したけどそこ見てからにして」
女は心地良さそうに目を細めると、霜が積もっている小山を枕にして寝そべった。
「雪出せない?」
「先にほか見てからにせぇて」
与一の言葉通り女は自分の部屋に案内された。
「どぉ?一応ご要望通りにしては見てんけど、めっちゃ寒くして雪が積もる様にもしたし、シャワーはこの部屋では冷水しか出ません、どうですか?」
女は値踏みするかの様な目で部屋の中を見回した。
部屋の端に行っては雪を掬い上げては落とし、つららを折っては首を振るなどして寝床として用意された洞穴の様な場所に入った。
「あぁ……良いわね」
「………しっかし、ヴァンパイアが極寒の中で寝起きするなんて意外やなぁ……」
与一は寒いのか腕をさすりながらそう言って、震えた。
「……そうね、意外よね」
女は自嘲気味に笑うと、目を閉じて何かを思い出す様に天井を見上げた。
暫くすると女は白い息を吐き出して、与一の方を向いた。
「これで終わり?」
「あとは娯楽室、ここは俺が来るたびになんか聞いてその次来た時に色々追加していく予定、この世界の娯楽のことは知らんからそこんところはよろしく」
トントンと足を床に叩きながら腕を組んで話を聞いていた女はため息をついた。
「そんな娯楽とかに注意向けるんだったら私の安全確保する方が先じゃないかしら?」
与一はそう言う女に、施設の中は女が許可もしくは与一が許可したもの以外が通過すると発動するトラップが多く仕掛けられている事を話した。
「……誤作動とか無いんでしょうね?」
「心配しすぎやて……」
そう言って一通りの紹介を終えた与一は女と契約書にサインをすると、満足そうに頷いてリンゴを齧った。
「それ好きなのね……」
「ん?まぁな、甘くてええんよ」
契約書を懐にしまい込んで説明書やらカタログやらを女に渡すと与一は、
「それじゃあ次来るんはまた暫くやな、じゃあの」
そう言うと門の向こうに歩いて行ってしまった。
女は暫く与一が残して行ったカタログや説明書に目を通して伸びをすると、自分の故郷の近くにセットすると、門を起動しようとした。
しかし、起動する手前で腕が止まり、躊躇うかの様に腕を行ったり来たりさせたが、ボタンを押して門を起動させた。
女の目の前の門が起動して雪景色の世界へとなった。
ゆっくりと前に足を踏み出して、雪の地面を踏むと思い出したかの様にまた来た場所に戻り、腕時計の様なものを装着して再び戻ってきた。
「……ほっ」
一息吐いて懐かしい胸が熱く様な匂いと、忌々しい音が鳴り響く街へと入って行った。
女は何度も振り返られながらも迷う様な仕草をせずにあるボロボロの古屋の前で立ち止まった。
恐る恐る手を掛けてドアを開けた。
「……やっぱり」
女は安堵とも落胆とも取れる溜息をして、その場を後にした。
そのまま街でそれなりに大きな比較的新しい屋敷の前に着くと、門番の静止をを無視して彼らを吹っ飛ばして侵入した。
次々とやって来る屋敷のガードナー達を女は軽くいなしながら、大きな扉を蹴り破って大きな部屋に入った。
中では男が何人もの女を首輪をつなげて侍らせていた。
「だ、誰……貴様か、まだくだばってなかったのか?」
女は男の前の椅子や机を蹴っ飛ばして、男の前に詰め寄った。
「妹はどこ?」
男の股間にヒールの踵を当てながらそう言った。
「おぅ!……死んだよ!半月ほど前にな!健気な奴等だったよ!お前が来る事をずっと待って……うぐっ!!」
女はさらに強く男の股間を踏んだ。
「時間稼ぎなんていいから、どこ?」
「じ、時間稼ぎ?な、何の……」
女は廊下に人の気配を察すると踵を返して廊下に走り出て出会い頭に妹を連れた男共を倒すと手を引いて走り出した。
「くそっ!二人とも殺せぇ!」
その掛け声とともに屋敷の中はパニック状態となった。
「お、ねえちゃん?」
「………」
女は何も言わずにさっきとは打って変わって吹雪く外に走り出た。
しかし、外に出た途端二人は囲まれて銃を構えられた。
バルコニーから男が出てきて、女に向かっていやらしい笑みを浮かべた。
「ヴァンパイアか……どうだ?今から奴隷に戻ると言うのなら「嫌よ」……殺せ、ただし妹の方からだ!」
そして、周りの従者がトリガーに指をかけようとした瞬間、空に巨大な目が現れ、光り輝いたかと思うと、吹雪を纏ってリンゴを齧りながら与一が姿を表した。
「なぁにしてん?」
与一が手を前に翳すと女とその妹の周りに氷の壁を作った。
「はよ逃げんさい」
「……っ!」
女は腕の装置を起動すると門を出現させて基地の中に転がり込んだ。
女は銃声が聞こえるとともに門を閉じて息を吐いた。
暫く遅れて与一が門の向こうからやって来て女の前で腕を組んだ。
「んで?その子どーすん?」
女の手に引かれた少女は女に向かって話しかけた。
「お姉ちゃん?何で……」
「……場所を変えましょう」
「あいお」
「いい?少しあの男と話をして来るからあともう少しだけ待ってて?」
少女は心配そうに女の事を見つめた。
「安心して、あの男は誓って私に手を出さないわ」
少女はゆっくりと女の手を離すと頷いた。
「いい子ね」
女は立ち上がると与一の後について歩き出した。
少し歩いて隣の部屋である展望ルームに入ると、二人は椅子に座って話し出した。
「どないすん?」
「やっぱりここは危ない?」
「せやなぁ、ただ、あんたさんともう関わってしもとるから暫くしたら狙われ出すけど、あの子は自衛の手段持っとらんやろ?」
「そうね」
「となったら、一つ、ここでお前さんがあの子を守り続けるか、ただ外に出す事は危ないからあんまり出来んし、それはあの子の為であるかと言われたら……」
与一は首を横に振ってリンゴを齧った。
「二つ目、今見た事は全部忘れて下で暮らしてもらうか、これも狙われる可能性があるのは勿論やけどな、ただ自由ではある」
与一は後一つ言いたそうにしていたが、目を閉じてそこで口をつぐんだ。
「まぁ、何よりあんたさん達の意見が優先やからな好きにしぃ」
そう言うと与一は立ち上がって伸びをすると最後に一口リンゴを齧るとエアロックを通って基地の外へと出て行った。
女は暫くそのままじっと考えていると、立ち上がり妹が待つ部屋まで戻った。
「お、お姉ちゃん……」
「いい、よく聞いて、私は貴方とは居られない、私は……見ての通り死ななくなったから……きっと貴方も狙われる……だからあそこから遠い土地で幸せに暮らして?」
妹は目に涙を浮かべて首を横に振った。
「大丈夫よ、私は影から貴方を見守っているわ……だからお願い、お姉ちゃんからの最後のわがままよ」
妹は泣きながら何かを女に向かって言ったが、姉は妹を抱いてトントンと背中を叩いた。
「ごめんなさい、身勝手な姉で……」
その後女とその妹は何度か言葉のやりとりを交わしたのち、妹は門の向こうに幾ばくかのお金を持って行ってしまった。
「さよなら……」
女は目元を拭うと踵を返して展望室に戻った。
「さて、仕事を始めるわよ」
「うぃー……」
与一は小さな声で口元を隠して何か言うと、吹っ切れてまだ少し赤く腫れた目元の女の方を向いて微笑を浮かべた。
それから女は与一から指示を受けるたびに月から槍を発射したり、与一の手伝いを行ったりなど様々な事をした。
そんなある日、与一が珍しく短い期間で戻って来ると、
「別の世界に行くから暫くは戻って来れへん」
と、悪びれもせずにそう言った。
「……そう、じゃあここから私の魔王生活が始まるわけね?」
「はじめんな」
「「……ぷ」」
「クハハハハハハ!」
「ウフフフフフフ……」
二人は笑い合うと、それ以上言葉を交わす事なく与一はその場を去るのだった。
「……また、会いましょう……ヨイチ」
その背中を見て女はそう言って微笑むと、ゆっくりと目を閉じて長くなる眠りへと着くのだった。
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カーターが冒険者として金を稼ぐも、後輩がカーターの幼馴染に横恋慕してスタンピードの最中に裏切ってカーターは片腕と片足を損失。カーターを持ち上げていたギルマスも裏切り、幼馴染も去って後輩とくっつく。
その後は負け犬人生で冒険者ギルドの雑用として細々と暮らしていたのだが。
ある日、人ならざる存在が話しかけてきた。
「この世界は滅びに進んでいる。是正しなければならない。手を貸すように」
そして気付けは25年前の15歳にカーターは戻っており、二回目の人生をやり直すのだった。
もちろん、裏切ってくれた連中への返礼と共に。
主婦が役立たず? どう思うかは勝手だけど、こっちも勝手にやらせて貰うから
渡里あずま
ファンタジー
安藤舞は、専業主婦である。ちなみに現在、三十二歳だ。
朝、夫と幼稚園児の子供を見送り、さて掃除と洗濯をしようとしたところで――気づけば、石造りの知らない部屋で座り込んでいた。そして映画で見たような古めかしいコスプレをした、外国人集団に囲まれていた。
「我々が召喚したかったのは、そちらの世界での『学者』や『医者』だ。それを『主婦』だと!? そんなごく潰しが、聖女になどなれるものか! 役立たずなどいらんっ」
「いや、理不尽!」
初対面の見た目だけ美青年に暴言を吐かれ、舞はそのまま無一文で追い出されてしまう。腹を立てながらも、舞は何としても元の世界に戻ることを決意する。
「主婦が役立たず? どう思うかは勝手だけど、こっちも勝手にやらせて貰うから」
※※※
専業主婦の舞が、主婦力・大人力を駆使して元の世界に戻ろうとする話です(ざまぁあり)
※重複投稿作品※
表紙の使用画像は、AdobeStockのものです。
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