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Category 5 : Encounter

5 : Encounter

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「何かが居る」
「えっ?」

 二丁拳銃がロボットの隊列をなぎ倒し、目に見えぬ壁が多数のグレネードを宙に食い止めた時、アダム少年はそう言った。

「こちらの隙を伺っている」
「わ、分かるの?」

 隣の少女、アンジュリーナが戸惑いながら言う。少なくとも彼女は自分とアダム以外のエネリオンの周囲に感知していなかった。

「分かるんだ。何故かは分からない」

 表情に変化は無かったが、少年も何か戸惑っているようでもあった。

 エネリオンの感知もトランセンド・マンそれぞれの適性がある。

 例えばアンジュリーナは「中和」という一つの概念を操るが、特に広範囲の防御を得意とするが故に広範囲の感知が得意だ。他にもハンは電子という非常に微小な物を操作するため、細かな感知を得意とする。

 アダムはこの場合、後者だった。対トランセンド・マン戦闘に長ける彼は一人一人違う細かいエネリオンの違いを見分ける事が得意なのだ。また、反応速度も優れている。

 だから、いち早く自分に向けられた殺意に気付いた。

 彼の正面から百八十度、大量の銃弾──振り向いた時、アダムは身を左へスライド、そして拳銃を無意識で向けていた。

 何かが迫ってくる、そう感じた瞬間、アダムは地面を蹴りながら二つの引き金を引いていた。

 弾を避ける、弾を発射する、避ける、発射する、避け、発射……

 残り距離一メートル。向こうの銃口がこちらの頭を向き、アダムの銃口も同様に──衝突。

 空中で互いの腕を押さえ合って、地面にうつ伏せで落ちた二人。それぞれ銃を相手のこめかみに当てていた。

「お前は誰だ」
「そちらこそ」

 男性にしては比較的高い声。改めて向かい合う敵意を見直す。まずは幼さの残る鮮やかな赤い瞳がこちらを睨んだ。

 髪も同色で、小柄な身体は見る限り精々身長百七十センチメートル程度だろう。顔以外の全身を黒い戦闘用ボディスーツが包んでいる。

 二人は未だにトリガーを引かず、ただお互いの目を見詰めてじっと動かない。何かを待っているようだった。

「お前がアダム・アンダーソンだな?」

 相対する声から問い。アダムは動じず答える。

「そうだ。お前は?」

 訊き返す。しかし回答は予想の斜め上だった。

「これで俺は認めて貰える」

 回答というより独り言だった。赤毛の少年は人差し指を曲げていた。

 見えない筈の発光、聞こえない筈の発砲──アダムも引き金を引いた。

 アダムの頭を貫かんとする銃弾は、彼に到達する一寸手前で消滅した。突如現れた「壁」が阻んだのだ。

 一方、相手の少年は手だけで体を宙に浮かし、錐揉み回転して避ける。着地し、同時にアダムも手を着いて身体を起こした。それぞれ拳銃をホルスターにしまう。

「アダム君、大丈夫?」

 後ろからアンジュリーナが手を向けていた。少年は背中で「ああ」とだけ述べた。

「お前は誰だ」

 睨むような問い。ただ疑問を投げ付ける。

 しかし、相手の少年が返したのは言葉ではなく、表情だった。顔を不満に顰めていた。

「お前、俺の今の気持ちが分かるか?」

 こちらの期待には応えてくれない。赤毛の少年は歯を噛み締めていた。顔も幾らか筋張っている。

 アダムには何も分からなかった。質問の意図が、何故歯を噛み締めているのか、何を認めて貰えるのか。

 何より、そもそも気持ちというものを知らない彼には少年の気持ちが理解できなかった。

「分からない」

 とだけ言った。

 アンジュリーナは静けさと怒りの睨み合いを心配そうに傍観していた。

 ガキン!――刹那、周囲を包んだ金属音。

 アダムは右手でナイフを引き抜き、自分の胸に刺さろうとしていたナイフを防御。そして、もう片方のナイフは赤毛の少年の右手が握っていた。

 鍔迫り合い。相手が右膝蹴りを仕掛けてくる。直後、アダムも右足を突き出した。

 相手からの蹴りは途中で止まった。まるで二人の中間に見えない壁が突如現れたかの如く。しかし、アダムからのキックは二人の中間地点を超え、相手の少年へ到達した。

 赤毛の少年が蹴り飛ばされ、空中で一回転して綺麗に着地。アダムは反動で後退して距離を取った。

「大丈夫?」

 再び後ろから少女の心配声。「大丈夫だ」とオウム返しにするアダム。

 アンジュリーナの能力「中和」はただエネルギー減少や移動を止めるだけではなく、ベクトルの調節も可能だ。

 彼女が作った「壁」の方向に対するベクトルだけを除去し、反対方向のベクトルはそのまま通す。こうして敵の攻撃だけを防いで味方の攻撃を通す事が出来るのだ。

「アンジュ、君は他の援護に行け。奴は一人で殺す」

 引き受ける、でもなく、倒す、でもなく、“殺す”。それを忌み嫌う少女は思わず固唾を飲んだ。

 迷いながらもアンジュリーナは頷いた。

「分かった、アダム君を信じるわ」

 理由は無い。少年が信頼出来る、ただそれだけの事。

 少女が振り向いた、次の瞬間、

「行かせねえよ!」

 赤毛の少年が怒りに身を任せ、左手でレッグホルスターから拳銃を引き抜いた。彼の人差し指は既にトリガーを引いている。

 直後、アダムの身体は横に素早く短くスライド。そして手に握るナイフを薙ぐ。

 エネリオンの銃弾はエネリオンが包む刃に振り払われ、かき消された。

 今度はアダムの反撃。銃を持ち直し、狙いを一瞬で定めて撃つ。それぞれ片手用武器だからこそ成せる技だ。

 対する少年も音速の十倍を誇る銃弾をナイフで斬り払ってみせた。そして沈黙。

「ありがとうアダム君」

 アンジュリーナは少年の背中へ向けて感謝を述べると、二人から急ぎ足で遠ざかって森林の方角へ姿を眩ませた。

「どういたしまして」

 離れる最中、親しい少年の素直な返しを少女は確かに聞いた。アンジュリーナも少しだけ素直に嬉しかった。




















 地球管理組織の兵員達が慌ただしく施設内を駆け巡る中、“それ”は居た。

 “普通の人間”には全く見えない。だが存在している。

(ここにも無い。何処にあるの? そもそも何があるの?)

 “それ”は思考しながら採掘施設の掘削塔周辺を彷徨っていた。周囲には至る所にむき出しの配管や配線、建物を構成する骨組みが見える。

 十数メートルもある炉のような物も数基確認した。研究員らしき人物達や休まず働き続ける大量のアームまである。

(これかな? 中に何か入ってる)

 思考の主はこの地点から五十キロメートルも離れた森に居座っている。この時代の砲撃兵器でも届かない距離だ。

 木々に囲まれた“彼女”は目を瞑っている。体中の神経をエネリオンが走っていた。

 エネリオンは空気中を経由し一直線――たった今戦場と化している管理組織施設へ。

 更に素粒子は掘削施設の中に居る“それ”に通じていた。

 これが彼女、反乱軍の一員であるテレサの「能力」だった。

 要約して言えば「遠隔意識」、知覚を体外に延長し、遙か離れた場所での五感やエネリオン感知を可能とする。

 黒いセミロングの女性は木にもたれ掛かって脚を伸ばして座り、紫の瞳を閉じたまま遠く離れた「肉体」に指令を送った。

 途端、施設内の意識は炉に付いている機器類に向かって「パンチ」を繰り出した。

 昔から精神つまり心は何処にあるのか、という議論がされてきた。ある者は心臓、ある者は脳、あらゆる論があるが誰でも結論にまでは至らなかった。

 ただ支持の多い意見として、精神と肉体は一体だ、という説がある。肉体が死ねば精神は消え、精神が死ねば肉体は動かない。

 だから、なのか定かではないが、遠隔意識という精神を留める肉体も必要だったのだ。その結果、テレサはエネリオンで仮想の肉体を作り上げた。

 エネリオンの身体は、肉体に当たる部分にプログラムされたエネリオンの力場を作るという単純な仕組みだ。なのでエネリオンを感知出来ない普通の人間には分からないし大抵の警備システムもくぐり抜けられる。

 力場の調節次第では、エネリオンのあらゆるエネルギーに変化するという性質を利用し、重力の影響を無視して宙を浮く事も、肉体の物質に対する抵抗を消して障害物をすり抜ける事だって出来る。

 たった今、エネリオンの肉体は電装類へと拳を叩き込み、外殻もろとも電子回路を割ったのだった。

【制御エラー 作動緊急停止】

 そばの無事だった液晶に映った文字を仮想の肉体から受け取り、テレサは内心で物静かな外見に似合わぬガッツポーズをした。

(きっとこれみたい。内部は安全措置のために三重構造になってる。しかも随分高温)

 エネリオンによる透視で内部を確認し、五十キロメートルも離れた肉体に命じて人間の七、八倍もある炉の外壁を何度も蹴る。

 何十回と重い金属音が建物内を駆け巡り、避難にあたっていた研究員達が動揺を見せる。ベコン! と千切れる音を最後に、テレサは蹴るのをやめた。

 そして、炉の破損箇所から流れ出たのは、高温によって赤熱発光するマグマのようなドロドロした液体だった。

 エネリオンの肉体は熱の影響を受けなかったが、状況を知る事は出来る。人工マグマは建物を融かし周囲を飲み込んでいった。

 マグマにエネリオン体を半身浸かった状態、テレサは一つの違和感を発見した。

(これは固体?)

 もし炉の中身が地中から掘り出した物であれば、このマグマの温度は少なくとも土に含まれるケイ素化合物を融解させるために二千度以上はあるだろう。地中にある微小な金属成分までも液体になる温度だ。

 彼女の意思は高熱の池に流れるそれを掴んだ。

(とても小さい。ひょっとしてこれが管理軍の目的?)

 マグマから引き上げ、改めて遠方の知覚は掌にある砂粒サイズの物体を認めた。

 直径二ミリメートル程度。周囲の赤熱光すら一切反射しなかった。

「誰だ?」

 ふと、仮の肉体に呼び掛けられた低い声。音源は左斜め上。

 建物の鉄骨部分の上で男性が一人立っていた。四十代程で坊主頭が少し伸びた程度の茶色い短髪、そしてオレンジ色のレンズのサングラスと黒い革製コート。

 サングラスの奥の橙に見える瞳は、見下ろしながら視線が泳いでいた。まだ気付いてはいないらしい。しかし、通常の兵士とは一風変わった外見であるならトランセンド・マンという敵味方共通した暗黙の固定観念が存在している。

 なので油断はならない。テレサは仮の体を近くの金属で出来た太い柱に隠れた。

「そこに居るのは分かっているぞネズミめ」

 断言する相手の人物だが、まだゆっくりと首を振っている。トランセンド・マンといえど、五感を活用しない訳ではない。エネリオン感知の適正も個人差がある。

 テレサに敵対する男性はトランセンド・マン特有のエネリオン活性には気付いてはいるものの、的確な座標までは把握していなかった。それに敵の正体もまだ分かっていない。

 テレサには好都合な状況だった。向こうの迷いの隙にじりじりと接近していく。

 中年男性は歯ぎしりしながら二つの拳を合わせ、見渡し続けている。
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