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その十一 政(まつりごと)
しおりを挟む緒野正孝が伊邪王より託された書状は二枚つづり。
一枚目は、伊邪王の直筆による禍躬狩りの要請。湖国にて暴れている禍躬を討伐するのに助力して欲しいというもの。
しかし二枚目は筆者が伊邪王ではなかった。
書いたのは先代の那岐王。
病床に伏し、余命いくばくもないという状況にもかかわらず、内容が内容なだけに自分で筆をとったらしく、文字がところどころ震えては乱れている。
それは禍躬ヤマナギ討伐戦にまつわる秘事であり、那岐王の懺悔でもあった。
◇
緒野家は代々槍の名手として武門の誉れ高い家柄であった。
とくに緒野景親は武才に秀でており、国の武芸大会において三度も優勝したことがあるほどの猛者。
那岐王の覚えも目出度く、ゆくゆくは王家指南役、もしくは次の将軍に推挙されるのではという噂がまことしやかに囁かれていたほど。
優れた人物がいて、これを重用する。
当たり前のことなのだが、それだけでは成り立たないのが政(まつりごと)の複雑怪奇なところ。
一見すると穏やかにみえる水面下では、つねに熾烈な席取り競争が繰り広げられている。
虎視眈々といい席を狙う者たちからすれば、王家指南役や将軍という地位は喉から手が出るほどに欲しい。むざむざとくれてやるにはあまにも口惜しい。妬ましい。
それらの声をあえて拾い、汲みあげ、とりまとめた人物がいる。
四人いる那岐王の妻のうちがひとり、第三妃。
妃たちのうち、第三妃のみが唯一子どもを産んでいない。
国内有数の名門の出自である彼女は、そのことにずっと引け目を感じていた。その反動からか、弱い立場から脱却すべく熱心に行ったのが己の派閥を固めること。
まるで鬱憤でも晴らすかのようにして精力的に活動した結果、気がつけば最大派閥を構成するに至っていた。
第三妃としては自分の息がかかった人間にて王の周辺を固めたい。そうすれば自身の影響力がさらに増すから。
だから緒野景親に指南役なんぞにつかれては迷惑であった。
なぜなら第三妃はひと目で「あぁ、この男は駄目だ」と見抜いていたから。
緒野景親という武官の中には一本の心柱が通っている。
どれだけ揺さぶっても折れることがない。この手の人物は誘惑に転ぶことはない。権力媚びへつらわない、なびかない。第三妃にとっては天敵のような相手。またけっして手に入らないからこそ羨望の存在でもある。
もしもこんな男が王の側近となったならば、かならずや自分の障害となって立ちふさがることであろう。
「惜しい人物だが、わらわのモノにならぬのならばしようがない。早々に排除しておくとしよう」
この瞬間、緒野景親の命運は決した。
そして始まったの禍躬ヤマナギ討伐戦。
激化する戦い。いよいよ佳境を迎えようとするさなか、緒野景親の当時の上役であった者が「突撃せよ」との命令を突如として発する。
軍において上官の命令は絶対である。逆らうことは許されない。
誰よりも誇りを持って武官らしくあろうと生きてきた緒野景親はそれに殉ずる。
死んでも離さなかった槍と同じく、どこまでも真っ直ぐで一本気の漢であった。
上役の者は第三妃の派閥の人間にて遠縁にあたる人物。彼女から直々に「緒野景親が失態を犯すよう仕向けよ」との厳命を受けていた。
べつに大きな失態でなくていい。ようは「相手を攻撃できる材料を揃えよ」との意であったのだが、結果はご覧のとおり。
よもやの大惨事を引き起こすことになり、緒野景親も討ち死にとあいなった。
では、どうしてすべての汚名と罪を彼がひとり負うことになったのか?
すべては政(まつりごと)。
那岐王が真相を知り激怒したのは言うまでもない。
だが禍躬ヤマナギとの戦いで多くの優秀な人材を失い、頼りとしていた老将軍や旗下をもいなくなった。すっかり歯抜けとなった組織を再編し、不安に怯える人心を落ちつかせ、疲弊した国土をすみやかに復興する必要がある。
それには最大派閥を持つ第三妃の協力は不可欠。
業腹ではあったが、那岐王は決断を迫られる。
真実を公表し、さらなる血と粛清でもって仁義をまっとうするのか?
それとも清濁を呑み込み、国を立て直すことを第一とするのか?
那岐王は「すまん」と心の内で詫び、後者を選択した。
ひとりの武官の名誉よりも、より大勢の民を守ることを優先する。
苦渋の選択であった。
その証拠に、悔恨の念が復興に邁進する那岐王の心をつねに追いたて、責め蝕み続けて、ついには寿命をも縮めさせたのだから。
◇
那岐王の書状の最後には、こんな文面がしたためられてあった。
「息子は、伊邪は何も知らぬ。あれが緒野正孝を重用しているのは、真に信じるに足る友だと判断してのこと。だが彼の存在は第三妃の派閥にとっては、喉に刺さった小骨のようなもの。どうか守ってやって欲しい。この愚かな王を憐れんでくれるのならば、どうか、どうか」と。
死に瀕し、王という体面をかなぐり捨て、ひとりの人間としての懇願。
紙の表面には染みがいくつもあった。これはきっと先代が流した涙のあとなのだろう。
そしてこの書状に目を通していた正孝も、いつの間にか涙を流していた。
慕い、敬愛し、憧れ、武人としてその背中をずっと追いかけていた父。けれども禍躬ヤマナギとの戦いにてすべてが裏返る。
憧れは軽蔑へ、敬愛は憎しみへと変わった。
以来、父への憎悪を糧に鍛錬に励んできたようなもの。
だが真実はちがった。
父親の無実を知って滂沱の涙を流す息子。
うずくまり父の名を連呼しては、嗚咽している正孝。
政に翻弄された青年を、忠吾はただ静かに見守るばかり。
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