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113 カネコ、くだを巻く。
しおりを挟むぐぅおん、ぐぅおん、ぐぅおん……
腹の底に響く独特の駆動音をさせて、四基のプロペラを回しては飛行船アンフィニが遠ざかっていく。
ようやく勇者さまご一行が、城塞都市トライミングより出立した。
辺境を震撼させた『ダンジョン&台地消失事変』から七日後のことである。
これを見送った関係者一同は、ようやく肩の荷がおりたのでホッと胸を撫で下ろす。
天変地異に巻き込まれそうになり、ラストはちょっとドタバタしちゃったものの、来訪目的であったダンジョンコアを丸ごと回収するという偉業は達成された。
バックについているアロセラ教団とグランシャリオ国の意向を受けて、ダンジョンアタックを敢行した勇者パーティーは面目躍如にて、おおいに箔をつけ名も売った。
歴史上、三件目の快挙に都市は沸き立つ。
その一方で後処理に忙殺されることになった、トライミングの冒険者ギルド支部の職員たちは死屍累々である。
いかにタフなおっさんたちとて、徹夜が四日も五日も続けばさすがにこたえる。自慢の筋肉も萎んで張りが損なわれるというもの。
「あ~、すっかりヤキがまわっちまった。歳はとりたくねえなぁ。昔は七徹ぐらい余裕だったのに」
と、馴染みの受付のおっさんが目の下にひどいクマをこさえていたけど、信じられん。
かつて人の身であった頃には、ワガハイもたいがいブラックな勤め人であったが、さすがに七徹は未知の領域である。
そんなワガハイであるがダンジョンより凱旋したあと、ギルド長に呼び出されてしこたま怒られた。
懇々と諭す低いトーンでの大人のマジ説教は、ガミガミ怒鳴られるよりもよほどキツイ。
でも、アレはしょうがない。たしかにちょっとやり過ぎちゃった感は否めないが、不可抗力というやつだ。
それはギルド長もしぶしぶながら認めており、口頭による厳重注意と『以後、トライミングおよび、その近郊では許可なくカネコビームをぶっ放さないこと』との誓約書にサインすることでかんべんしてくれた。
なお、今回のやらかしについての世間の反応は、意外にも「へ~、そうなんだぁ」と淡白なもの。
『寄宿生物カネコ、キケンキケン! すぐに放逐せよ! もしくは排除すべし!』
などという極端な論調は起きなかった。
理由はあまりにもおおごとになり過ぎたせいで、どうにも現実味が乏しく、実際に現場に居合わせた連中でも、状況を正しく認識している者がさほど多くなかったおかげだ。
あとはギルド長および都市の上層部が動いて、お得意の情報統制をかけたっぽい。
もちろん善意からではなくて、裏にはたっぷり下心や思惑ありき。
冒険者ギルド側としては、責任問題を追求されたワガハイがヤケを起こして、勇者一行に加わるパターンをもっとも危惧した。
ただでさえややこしい珍集団。あんな火力を手に入れたら、ますます手がつけられなくなる。
商業ギルド側としては、カネコが動くと良くも悪くも騒動が起こるのがおもしろい……コホン、もといトラブルはビジネスチャンスとの考えにて。
ワガハイが話せばわかる相手と知っているので、いまのような距離感、ぬるい付き合いが丁度いいとの判断だ。
都市の行政府としては、とても悩ましいところ。
カネコのスペックで暴走されたらかなわない。市民たちの安全のみならず、都市の存続すらも危ぶまれる。
一方で、これまでのワガハイの取った行動のみで判断すれば、その在り方は小市民そのもの。
夜の公園を我が物顔で占拠しているのは少々いただけないけれども、それもギリギリ常識の範囲内にて。他にはさして危険もなさそうである。「ひがな一日、ゴロゴロしたい」と言うわりには、そこそこ働いているし。
台地を吹き飛ばすほどの攻撃力は、たしかに脅威だ。
が、これを都市防衛の観点からすると、すこぶる魅力的なわけで……
なにせここは壁の外に一歩出れば、脅威があふれている辺境なのだ。
世界三大極地のひとつであるメテオリト大森林にほど近く、つねに迷惑な隣国からの脅威にさらされている立場からすると、屋台の串焼きでしっぽをフリフリ、歩く砲台を手放すのは惜しい。
リスクとリターンを秤にかけて、領主さまは胃薬片手にカネコを囲い込むことに決めた。
とはいえ、相手はよくわからないナゾ生物である。
「自分の稼ぎで家を建て、自分の稼ぎでメシを喰い、自分の稼ぎでメイドでも雇ってキャッキャウフフとお世話をしてもらう……。そんなのはカネコじゃないにゃん」
「寄宿とは、他人の家に身を寄せて生活することである」
「家賃や生活費なんぞは銅貨一枚とて払ってなるものか」
「もしもそれを払ってしまったら、ただの下宿人に成りさがってしまう。ワガハイが成りあがりたいのは、崇高なる居候だ」
「他人の家にタダで置いてもらい、ぐうたらしつつ、一番風呂に浸かり、寄食(食事の世話を受けること)する。だけどなんぴとにも縛られない。それが最高!」
「おんぶに抱っこで、自由な暮らし。寄宿生物カネコは、そんな生活の実現を目指す生き物である」
「さりとて、けっして怠けたいわけじゃない。本能が『寄宿せよ!』と叫んでいるのだ。いわば魂の衝動のようなもの。だからワガハイは悪くない!」
などというわけのわからない主張を公言してはばからぬ相手だ。
正直なところ首をひねるばかりで、理解に苦しむ。
それでもなんとな~く、ムリに囲うのは逆効果な気がしなくもない。
だから、これまで通り。
適度な距離を保ちつつ、好きにさせておく。
ようは現状維持ということにあいなった。
以上のような裏事情を赤裸々に語ってくれたのはギルド長である。
「だったら、いっそのこと都市のマスコットキャラクターにしてくれればいいのにゃん。
それはそうと、あの約束はどうなったのかにゃあ?」
あの約束とは、ダンジョンアタックに貢献したらトライミング支部の公式マスコットキャラクターにするという話だ。
するとギルド長は、にへらとの笑みにて。
「あー、あれか~。ちゃんと約束した通り、いちおう『考えて』やったぞ。
その上で却下だ。本部に各種申請書類や企画書を提出したりと、手続きがいろいろとたいへんなんだよ」
「んにゃっ!」
ワガハイはあの時のやりとりを思い出し、ハッとする。
たしか……ギルド長はこう言っていた。
『考えてやらんこともない』と。
そう、この言葉はあくまで検討するとの意味合いにて、けっして確約するものではない。
汚い大人の方便である。
まんまとダマされたワガハイは、その夜、酒場でマスターを相手にくだを巻いた。
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