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128 カネコ、色香に惑う。
しおりを挟む空間内は熱気に包まれていた。
スポットライトにレーザービームがリズムに合わせて色彩豊かに変化する。照明によるダイナミックな光の演出だ。
ステージのうしろに張られた大幕はスクリーン代わりにて、そこに映し出されるのは見目麗しくも、ちょっとセクシーな女神の艶姿。
バンドによる迫力の生演奏により、テンションあげあげ。
合間に火花が散り、スモークが焚かれ、大量のシャボン玉が宙をふわりふわり、ラメの紙吹雪が舞うなどの特殊効果にて、場をいっそう盛り上げる。
かとおもえば、心地良いそよ風とともに、ローズ系の大人な色香がほんのり漂ってきてはこちらの鼻孔をくすぐったりもする。
きらびやかなステージ上で歌姫たちが美声を披露しながら舞い踊っているが、なぜだか全員目元をマスクで隠していた。
一方でそれを食い入るように見つめるのは客席にいる男たち。
みんな興奮しており「おぉーっ」と声援をあげては、ペンライトっぽい魔道具を片手にその場でぴょんぴょん跳ねている。
〇
――ハッ!
我に返ったとき、ワガハイは男たちに混じって客席でペンライトを振っていた。
「あれ? にゃんで」
小首をかしげつつ、薄ぼんやりしている記憶を辿る。
たしか下水道を清掃活動中に、奥からヘンな音が聞こえてきたもので、調べていたら発見したのは隠し通路。
通路はしっかりした造りにて、ごろつきどもの仕事じゃない。専門家の手が入っているとにらんだワガハイは、誰の仕業かを探るべくさらに奥へと向かった。
そこまでははっきりと覚えている。
でも、その先になるととたんに頭のなかに霧がかかったかのよう……
「うぅ、頭の奥がズキズキするのにゃん。あと、妙に甘ったるいニオイが鼻につくのにゃあ~」
ケシケシと前足で鼻先をこするも、ねっとしりたニオイがまだほのかにまとわりついており、ワガハイは鼻の頭にシワを寄せる。
不覚! どうやらこの香りに惑わされたっぽい。
では、どうして正気に戻れたのかといえば、隣の若者にムギュっと足を踏まれたから。ゴテゴテした装飾のブーツを履いており、カカトが固く尖っていたもので、寝ぼけていた頭もいっきに目が覚めたという次第。
「……にしてもこれは」
冷静になったところで、ワガハイはあらためて周囲の状況を確認する。
現場の雰囲気やステージの様子は、まんまアイドルグループのコンサートだ。
そしてステージに立っている娘たちはみな女神フロディアのコスプレをしており、かつ背後には女神フロディアの映像が流れ、奏でられている音楽の歌詞もよくよく耳を傾けてみれば『主は来ませり~主は来ませり~♪』とかいう讃美歌っぽい内容であった。
地下でのアイドル活動。
どうやらこれがウワサに聞くところの、シークレットライブとやらのようである。
シークレットライブはアロセラ教団の一派『女神フロディア普及委員会』が都市内にて不定期かつゲリラ的に開催しているイベントにて、その目的は布教である。
女神を信奉しているアロセラ教団。
彼らは類人こそが神に選ばれた存在だと声高に叫んでは、他の種族を亜人と蔑んでいる。ばかりか女神を信奉しているのに男尊女卑だったりもする。
グランシャリオという湖の国に総本山を持ち、組織は上から下までもれなく腐っているそうな。
そのうさん臭さは、勇者一行の聖女の言動からも一目瞭然にて。
極力距離を置くのが正解であろう。なにせこの手の輩は、まじめにかかわればかかわるだけこちらが損をするタイプだからだ。
どうやらワガハイは期せずして、連中のライブ会場に足を踏み入れてしまったらしい。
ジト目にてよくよく警戒してみれば、各種演出にはほんのり魔力が込められているではないか。
光、音、映像、匂い……いや、それだけじゃない。
焚かれたスモークや撒かれた霧などにもかすかに味がある。
興奮剤の類でも混ぜているのか? もしくは麻薬か!?
なんにせよ五感に訴えかけることで、とんでもない没入感を産み出している。
異世界から転生してきたワガハイはこの手の刺激に免疫があるが、まったくない状態でこれを知ってしまったら、いったいどうなることやら。
その影響力たるや、紙芝居の比ではなかろう。
おそるべしアロセラ教団! おそるべし女神フロディア陣営! おそるべし女神フロディア普及委員会!
「これはかなりマズイのにゃ。いかに商業ギルドがバックについているツバッキーくんとて喰われかねないのにゃあ」
一歩、二歩どころの話じゃない!
連中はワガハイをとっくにぶっちぎっていた。
ばかりかツバッキーくんに猛追し、肉迫しつつある。
「これが信仰の力なのか……すごいのにゃあ~、おっかないのにゃあ~」
想像していたよりも、ずっともっと本格的かつ充実したシークレットライブの内容に、ワガハイは戦慄を禁じ得ない。
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