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137 カネコ、地底湖へ。
しおりを挟む折り重なった地層が、悠久の刻を経て至ったのは角ばった結晶が寄り集まったかのような形である。いくつもの偶然が降り積もり、めぐり逢い、別れてはまた結びつき、天文学的数字にて奇跡的に生じたシンメトリーが美しい。
つるんとした滑らかな岩肌だ。
静謐が充ち、ひらけた空間。全体が氷塊のような蒼白い石灰石で覆われている。
湖にはさざ波ひとつない。
鏡面のごとき水面が洞窟内を映すことで、産み出されているのは幻想的な光景。
荘厳な宮殿のようだ。
内部に点在する天然石たちが動植物を模したような形をしており、そこはまるで自然の芸術を展示しているかのようでもある。
一行はついに地底湖へと到着した。
ここは厳密には下水道とは繋がっておらず、独立した区画にて。
ふたつを繋ぐのは一本の通路。これあくまでヒトが行き来できるようにと設けられた道である。
この地底湖では魚の養殖をしており、それは行政府の管轄下で行われている。
よってここには管理を委託されている漁業組合の関係者らが、日頃から出入りしているはずなのだけれども……
「あれ? おかしいにゃんねえ、誰もいないのにゃあ」
ワガハイが「にゃあにゃあ」探していたのは組合の職員だ。
辺境で生魚は貴重品。
だからとて壁の外から獲ってくるのはたいへんにて、量も確保できない。他所から運んで来たら鮮度が落ちるし、なにより運搬コストがかかって、値段が跳ね上がってしまう。こうなると食べられるのは一部の富裕層のみとなる。
当然ながら庶民は不満を抱える。食い物の恨みをおそろしい。
それを解消するためにと始められたのが養殖事業であった。地底湖だけでなく都市内のお堀や溜め池でも育てている。
トライミングではお魚は住民みんなの共有財産のようなもの。
よって、これに手を出すのは御法度。もしも盗み食いが発覚すれば、最悪、私財没収の上で追放処分とかもありうる。
だもんで管理はけっこう厳重、つねに関係者が目を光らせている。
部外者が勝手に近寄ろうものならば、たちまち組合員らに囲まれてボコられ、ロープでグルグル巻きにされて、倉庫の片隅に吊るされる。
組合員はみな屈強にて。かつて魚ドロボウにまちがわれたときには、ワガハイもえらい目に合ったものである。
だから無用なトラブルを避けるべく、ワガハイは先にひと声かけておこうとおもったのだけれども。
……誰もいない。
地底湖は無人であった。
代わりといってはなんだが、奇妙な立て看板を見つけた。
『キルコス注意』
にゃんだこれ?
一行はそろって首をかしげた。
〇
ワガハイたちが立て看板を眺めていたときのことである。
シクシクシクシク……
どこからともなく聞こえてきたのは女がさめざめと泣く声。
声が聞こえたのは、岸から湖の中央へとのびた水辺にて。
岩に腰かけては女が顔を着物の袖で隠し「よよよ」
見るからにやんごとなき身分の御方っぽい風体にて雰囲気がある。
いかにも見返り美人っぽいのだけれども。
「あんなのさっきいたかにゃあ?」
『我は知らんぞ。というか、気配すら感じなかったのだが」
「……死霊……じゃないっぽい」
ワガハイと魔剣と剣姫は額を合わせて、ヒソヒソヒソ。
そもそもの話だ。こんな場所に美女ひとりとか、うさん臭いのにもほどがある。
だから一同は相談の上で「よし、見なかったことにしよう」と決めて、気づかないフリをした。
すると、いっこうにかまってくれないことにイラ立ったのか、女はいっそう声をあげては「わーっ」と泣く。
これが洞窟内に響いて、たいそうやかましい。
――いや、それ、もう絶対にウソ泣きじゃん。
と、ワガハイたちはジト目となる。
すると『はぁ』と嘆息し魔剣が言った。
『しょうがない、毛玉……ちょっと行って声をかけてこい』
「にゃんでワガハイが!」
『どうしてって……おまえ、この面子だぞ』
寄宿生物カネコであるワガハイ。
しゃべる魔剣グラムボルグ。
とっても無口で死んだ魚の目をした剣姫。
さぁ、誰が適任でしょうか?
という三択問題。
くっ、まともなヤツがひとりもいやしない。
このなかで唯一まともにコンタクトが取れそうなのが、カネコのみというひどいチーム構成であることに、いまさらながらに気がついたワガハイは愕然とした。
「はぁ~、しょうがないにゃんねえ」
ワガハイが肩を落としつつ、トボトボ女の方へと。
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