142 / 280
142 カネコ、ぶるぶる。
しおりを挟むプカリ、プカリ……
お腹を見せては、仰向けにて湖面に浮かんでいるのは大きな魚体である。
長い髭は力を失いだらりとのび、だらしなく開いたままの口元からはモクモクと煙を吐いており、白目をむいてはヒクヒクしているものの、ところがどっこいまだ生きている。
「う~ん、しぶといのにゃあ~」
キルコスのたくましさに呆れているのは、ワガハイだ。
胃の中でカネコテイルボム×2が炸裂したというのに、体は爆散することなく一瞬パンパンに膨らんだかとおもったら、「アババババ」と口から火と煙とカネコを吐き出すだけで済んでいるのだから、スゴイというかなんというか。
図体がデカいだけあって生命力も強いのかしらん?
「体の丈夫さだけなら、これまで戦ってきた連中の中でも最強クラスだにゃん。でも、この分だと食べてもあんまり美味しくはなさそうだにゃあ」
だって身がプニプニでゴムゴムしているんだもの。
いかに肉厚とて、革の靴底やゴムタイヤみたいなのなんて、煮ても焼いても食えやしないだろう。
でも、ちょこっと試すぐらいならば……
なんぞと考えつつ、ワガハイは首を回し、ぶるぶるぶるぶる。
頭の天辺から一本だけ残ったしっぽの先まで。全身を激しく震わせては、体についた水気をいっきに飛ばす。
たちまち周囲にぴちゃぴちゃ大量の飛沫が散乱した。
これに巻き込まれて『うわっ、やめんか』「……冷たい」と文句を言ったのは、魔剣グラムボルグとその主人である剣姫だ。
「な~にが冷たいだにゃあ。仲間が水の中に引きずり込まれたっていうのに、ちっとも助けにこない薄情な連中にだけは、そんなことを言われたくないのにゃあ」
ワガハイはジト目にて「にゃあにゃあ」イヤミを口にする。
そうなのだ!
キルコスとの水中戦が始まってからこっち、まったく加勢も援護もなかった。こいつらときたらそっぽを向いて静観を決め込む。
冷たいといえば、そちらの方が冷たい。
だからワガハイがブーブー抗議をすれば、『いやほら、我は剣だし。サビの原因になるから、濡れるのはちょっと』と魔剣はモジモジし、剣姫にいたっては「……濡れるのイヤ」と本音をぶっちゃけた。
――ねえ、なにげに酷くない? このふたり……
まぁ、それはさておきだ。
問題はキルコスの処遇である。
襲ってきたから返り討ちにしたものの、ここは地底湖である。
行政府管轄にて、業務委託を受けた漁業組合が養殖を行っている場所。都市の重要施設のうちのひとつ。
当然ながら泳いでいるお魚さんたちは、組合が大事に育てているもの。
では、キルコスはどうなのか?
立て看板による注意書きはあった。
『キルコス注意』
ということは漁業関係者らは、こいつの存在を知っていたことになる。
場所柄、山にある『クマ注意』とかの看板とは意味合いが異なるはず。
まだのびているキルコスを前にして――
「鮮度を保つには、すぐにシメるのが基本にゃんだけど……。もしも密漁扱いされたら困るのにゃあ」
『大袈裟な。たかが魚の一匹や二匹で』
「……骨まで食べたら証拠は残らない」
「いやそれは……辺境の食料事情を知らないから言えることだにゃあ」
メテオリト大森林にほど近い、ここトライミングでは魚は貴重品に分類されている。
なのにわりと手頃な値段で市場に供給されているのは、行政府が養殖事業を保護し奨励しているから。がっつり税金も投入されている。
よって養殖魚は住民らの共有財産みたいな扱い。これに手を付けることは御法度なのだ。もしも勝手に殺して食べたことがバレたら、めちゃくちゃ面倒なことになる。
その気になれば中央の権力で揉み消すことは可能だろうけど、それをやったら確実に役人や住人らから反感を買う。ワガハイの評判にも傷がつく。
ゆくゆくはトライミングのマスコットキャラクターの座につき、都市そのものに寄宿しては住人からの人気と羨望を独り占めにしてウハウハするという、ワガハイの壮大な野望にも支障がでかねない。
「……というわけで、襲ってきたことは不問にしてやるから、いい加減に気絶したフリをやめるのにゃあ」
ワガハイの言葉に、腹を見せていたキルコスがビクリ。女人への化けっぷりはなかなかのものであったけど、こいつは演技がイマイチ。
当人はタヌキ寝入りがバレていないとおもっていたらしいけど、ワガハイはとっくに丸っとお見通し。
だって『食べる』というワードが出るたびに、ピクピク反応していたんだもの。そのたびに水面に波紋が起きていたから、目を覚ましていたことなんてバレバレである。
するとキルコスはくるりと回って、うつ伏せになり「おみそれしました。あと襲ってごめんなさい」と素直に首(こうべ)を垂れた。
フム。これにより食べるという案は完全にナシとなった。
なぜならエスカリオ国は多民族国家、ちゃんと言葉が通じ意思の疎通がデキる相手には一定の敬意を払い、各種税金さえきちんと納めれば権利も認めている。
キルコスは人語を理解している。納税うんぬんについてはわからないが、さすがにこれを食う気にはなれない。
えっ、ちゃんと払っているの。
というか、漁業組合に雇われてここで働いている?
どういうこと?
1
あなたにおすすめの小説
悪役令嬢の慟哭
浜柔
ファンタジー
前世の記憶を取り戻した侯爵令嬢エカテリーナ・ハイデルフトは自分の住む世界が乙女ゲームそっくりの世界であり、自らはそのゲームで悪役の位置づけになっている事に気付くが、時既に遅く、死の運命には逆らえなかった。
だが、死して尚彷徨うエカテリーナの復讐はこれから始まる。
※ここまでのあらすじは序章の内容に当たります。
※乙女ゲームのバッドエンド後の話になりますので、ゲーム内容については殆ど作中に出てきません。
「悪役令嬢の追憶」及び「悪役令嬢の徘徊」を若干の手直しをして統合しています。
「追憶」「徘徊」「慟哭」はそれぞれ雰囲気が異なります。
裏切られ続けた負け犬。25年前に戻ったので人生をやり直す。当然、裏切られた礼はするけどね
竹井ゴールド
ファンタジー
冒険者ギルドの雑用として働く隻腕義足の中年、カーターは裏切られ続ける人生を送っていた。
元々は食堂の息子という人並みの平民だったが、
王族の継承争いに巻き込まれてアドの街の毒茸流布騒動でコックの父親が毒茸の味見で死に。
代わって雇った料理人が裏切って金を持ち逃げ。
父親の親友が融資を持ち掛けるも平然と裏切って借金の返済の為に母親と妹を娼館へと売り。
カーターが冒険者として金を稼ぐも、後輩がカーターの幼馴染に横恋慕してスタンピードの最中に裏切ってカーターは片腕と片足を損失。カーターを持ち上げていたギルマスも裏切り、幼馴染も去って後輩とくっつく。
その後は負け犬人生で冒険者ギルドの雑用として細々と暮らしていたのだが。
ある日、人ならざる存在が話しかけてきた。
「この世界は滅びに進んでいる。是正しなければならない。手を貸すように」
そして気付けは25年前の15歳にカーターは戻っており、二回目の人生をやり直すのだった。
もちろん、裏切ってくれた連中への返礼と共に。
悪役令息に転生したけど、静かな老後を送りたい!
えながゆうき
ファンタジー
妹がやっていた乙女ゲームの世界に転生し、自分がゲームの中の悪役令息であり、魔王フラグ持ちであることに気がついたシリウス。しかし、乙女ゲームに興味がなかった事が仇となり、断片的にしかゲームの内容が分からない!わずかな記憶を頼りに魔王フラグをへし折って、静かな老後を送りたい!
剣と魔法のファンタジー世界で、精一杯、悪足搔きさせていただきます!
【完結】兄の事を皆が期待していたので僕は離れます
まりぃべる
ファンタジー
一つ年上の兄は、国の為にと言われて意気揚々と村を離れた。お伽話にある、奇跡の聖人だと幼き頃より誰からも言われていた為、それは必然だと。
貧しい村で育った弟は、小さな頃より家の事を兄の分までせねばならず、兄は素晴らしい人物で対して自分は凡人であると思い込まされ、自分は必要ないのだからと弟は村を離れる事にした。
そんな弟が、自分を必要としてくれる人に会い、幸せを掴むお話。
☆まりぃべるの世界観です。緩い設定で、現実世界とは違う部分も多々ありますがそこをあえて楽しんでいただけると幸いです。
☆現実世界にも同じような名前、地名、言葉などがありますが、関係ありません。
冒険野郎ども。
月芝
ファンタジー
女神さまからの祝福も、生まれ持った才能もありゃしない。
あるのは鍛え上げた肉体と、こつこつ積んだ経験、叩き上げた技術のみ。
でもそれが当たり前。そもそも冒険者の大半はそういうモノ。
世界には凡人が溢れかえっており、社会はそいつらで回っている。
これはそんな世界で足掻き続ける、おっさんたちの物語。
諸事情によって所属していたパーティーが解散。
路頭に迷うことになった三人のおっさんが、最後にひと花咲かせようぜと手を組んだ。
ずっと中堅どころで燻ぶっていた男たちの逆襲が、いま始まる!
※本作についての注意事項。
かわいいヒロイン?
いません。いてもおっさんには縁がありません。
かわいいマスコット?
いません。冒険に忙しいのでペットは飼えません。
じゃあいったい何があるのさ?
飛び散る男汁、漂う漢臭とか。あとは冒険、トラブル、熱き血潮と友情、ときおり女難。
そんなわけで、ここから先は男だらけの世界につき、
ハーレムだのチートだのと、夢見るボウヤは回れ右して、とっとと帰んな。
ただし、覚悟があるのならば一歩を踏み出せ。
さぁ、冒険の時間だ。
気づいたら美少女ゲーの悪役令息に転生していたのでサブヒロインを救うのに人生を賭けることにした
高坂ナツキ
ファンタジー
衝撃を受けた途端、俺は美少女ゲームの中ボス悪役令息に転生していた!?
これは、自分が制作にかかわっていた美少女ゲームの中ボス悪役令息に転生した主人公が、報われないサブヒロインを救うために人生を賭ける話。
日常あり、恋愛あり、ダンジョンあり、戦闘あり、料理ありの何でもありの話となっています。
一家処刑?!まっぴらごめんですわ!!~悪役令嬢(予定)の娘といじわる(予定)な継母と馬鹿(現在進行形)な夫
むぎてん
ファンタジー
夫が隠し子のチェルシーを引き取った日。「お花畑のチェルシー」という前世で読んだ小説の中に転生していると気付いた妻マーサ。 この物語、主人公のチェルシーは悪役令嬢だ。 最後は華麗な「ざまあ」の末に一家全員の処刑で幕を閉じるバッドエンド‥‥‥なんて、まっぴら御免ですわ!絶対に阻止して幸せになって見せましょう!! 悪役令嬢(予定)の娘と、意地悪(予定)な継母と、馬鹿(現在進行形)な夫。3人の登場人物がそれぞれの愛の形、家族の形を確認し幸せになるお話です。
星の勇者たち でも三十九番目だけ、なんかヘン!
月芝
ファンタジー
来たる災厄に対抗すべく異世界に召喚された勇者たち。
その数、三十九人。
そこは剣と魔法とスチームパンクの世界にて、
ファンタジー、きたーっ!
と喜んだのも束の間、なんと勇者なのに魔法が使えないだと?
でも安心して下さい。
代わりといってはなんですが、転移特典にて星のチカラが宿ってる。
他にも恩恵で言語能力やら、身体強化などもついている。
そのチカラで魔法みたいなことが可能にて、チートで俺ツエーも夢じゃない。
はずなのだが、三十九番目の主人公だけ、とんだポンコツだった。
授かったのは「なんじゃコレ?」という、がっかりスキル。
試しに使ってみれば、手の中にあらわれたのはカリカリ梅にて、えぇーっ!
本来であれば強化されているはずの体力面では、現地の子どもにも劣る虚弱体質。
ただの高校生の男子にて、学校での成績は中の下ぐらい。
特別な知識も技能もありゃしない。
おまけに言語翻訳機能もバグっているから、会話はこなせるけれども、
文字の読み書きがまるでダメときたもんだ。
そのせいで星クズ判定にて即戦力外通告をされ、島流しの憂き目に……。
異世界Q&A
えっ、魔法の無詠唱?
そんなの当たり前じゃん。
っていうか、そもそも星の勇者たちはスキル以外は使えないし、残念!
えっ、唐揚げにポテトチップスにラーメンやカレーで食革命?
いやいや、ふつうに揚げ物類は昔からあるから。スイーツ類も充実している。
異世界の食文化を舐めんなよ。あと米もあるから心配するな。
えっ、アイデアグッズで一攫千金? 知識チート?
あー、それもちょっと厳しいかな。たいていの品は便利な魔道具があるから。
なにせギガラニカってば魔法とスチームパンクが融合した超高度文明だし。
えっ、ならばチートスキルで無双する?
それは……出来なくはない。けど、いきなりはちょっと無理かなぁ。
神さまからもらったチカラも鍛えないと育たないし、実践ではまるで役に立たないもの。
ゲームやアニメとは違うから。
というか、ぶっちゃけ浮かれて調子に乗っていたら、わりとすぐに死ぬよ。マジで。
それから死に戻りとか、復活の呪文なんてないから。
一発退場なので、そこんところよろしく。
「異世界の片隅で引き篭りたい少女。」の正統系譜。
こんなスキルで異世界転移はイヤだ!シリーズの第二弾。
ないない尽くしの異世界転移。
環境問題にも一石を投じる……かもしれない、笑撃の問題作。
星クズの勇者の明日はどっちだ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる