寄宿生物カネコ!

月芝

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142 カネコ、ぶるぶる。

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 プカリ、プカリ……

 お腹を見せては、仰向けにて湖面に浮かんでいるのは大きな魚体である。
 長い髭は力を失いだらりとのび、だらしなく開いたままの口元からはモクモクと煙を吐いており、白目をむいてはヒクヒクしているものの、ところがどっこいまだ生きている。

「う~ん、しぶといのにゃあ~」

 キルコスのたくましさに呆れているのは、ワガハイだ。
 胃の中でカネコテイルボム×2が炸裂したというのに、体は爆散することなく一瞬パンパンに膨らんだかとおもったら、「アババババ」と口から火と煙とカネコを吐き出すだけで済んでいるのだから、スゴイというかなんというか。
 図体がデカいだけあって生命力も強いのかしらん?

「体の丈夫さだけなら、これまで戦ってきた連中の中でも最強クラスだにゃん。でも、この分だと食べてもあんまり美味しくはなさそうだにゃあ」

 だって身がプニプニでゴムゴムしているんだもの。
 いかに肉厚とて、革の靴底やゴムタイヤみたいなのなんて、煮ても焼いても食えやしないだろう。
 でも、ちょこっと試すぐらいならば……

 なんぞと考えつつ、ワガハイは首を回し、ぶるぶるぶるぶる。
 頭の天辺から一本だけ残ったしっぽの先まで。全身を激しく震わせては、体についた水気をいっきに飛ばす。
 たちまち周囲にぴちゃぴちゃ大量の飛沫が散乱した。
 これに巻き込まれて『うわっ、やめんか』「……冷たい」と文句を言ったのは、魔剣グラムボルグとその主人である剣姫だ。

「な~にが冷たいだにゃあ。仲間が水の中に引きずり込まれたっていうのに、ちっとも助けにこない薄情な連中にだけは、そんなことを言われたくないのにゃあ」

 ワガハイはジト目にて「にゃあにゃあ」イヤミを口にする。
 そうなのだ!
 キルコスとの水中戦が始まってからこっち、まったく加勢も援護もなかった。こいつらときたらそっぽを向いて静観を決め込む。
 冷たいといえば、そちらの方が冷たい。
 だからワガハイがブーブー抗議をすれば、『いやほら、我は剣だし。サビの原因になるから、濡れるのはちょっと』と魔剣はモジモジし、剣姫にいたっては「……濡れるのイヤ」と本音をぶっちゃけた。

 ――ねえ、なにげに酷くない? このふたり……

 まぁ、それはさておきだ。
 問題はキルコスの処遇である。
 襲ってきたから返り討ちにしたものの、ここは地底湖である。
 行政府管轄にて、業務委託を受けた漁業組合が養殖を行っている場所。都市の重要施設のうちのひとつ。
 当然ながら泳いでいるお魚さんたちは、組合が大事に育てているもの。
 では、キルコスはどうなのか?
 立て看板による注意書きはあった。

『キルコス注意』

 ということは漁業関係者らは、こいつの存在を知っていたことになる。
 場所柄、山にある『クマ注意』とかの看板とは意味合いが異なるはず。
 まだのびているキルコスを前にして――

「鮮度を保つには、すぐにシメるのが基本にゃんだけど……。もしも密漁扱いされたら困るのにゃあ」
『大袈裟な。たかが魚の一匹や二匹で』
「……骨まで食べたら証拠は残らない」
「いやそれは……辺境の食料事情を知らないから言えることだにゃあ」

 メテオリト大森林にほど近い、ここトライミングでは魚は貴重品に分類されている。
 なのにわりと手頃な値段で市場に供給されているのは、行政府が養殖事業を保護し奨励しているから。がっつり税金も投入されている。
 よって養殖魚は住民らの共有財産みたいな扱い。これに手を付けることは御法度なのだ。もしも勝手に殺して食べたことがバレたら、めちゃくちゃ面倒なことになる。

 その気になれば中央の権力で揉み消すことは可能だろうけど、それをやったら確実に役人や住人らから反感を買う。ワガハイの評判にも傷がつく。
 ゆくゆくはトライミングのマスコットキャラクターの座につき、都市そのものに寄宿しては住人からの人気と羨望を独り占めにしてウハウハするという、ワガハイの壮大な野望にも支障がでかねない。

「……というわけで、襲ってきたことは不問にしてやるから、いい加減に気絶したフリをやめるのにゃあ」

 ワガハイの言葉に、腹を見せていたキルコスがビクリ。女人への化けっぷりはなかなかのものであったけど、こいつは演技がイマイチ。
 当人はタヌキ寝入りがバレていないとおもっていたらしいけど、ワガハイはとっくに丸っとお見通し。
 だって『食べる』というワードが出るたびに、ピクピク反応していたんだもの。そのたびに水面に波紋が起きていたから、目を覚ましていたことなんてバレバレである。
 するとキルコスはくるりと回って、うつ伏せになり「おみそれしました。あと襲ってごめんなさい」と素直に首(こうべ)を垂れた。

 フム。これにより食べるという案は完全にナシとなった。
 なぜならエスカリオ国は多民族国家、ちゃんと言葉が通じ意思の疎通がデキる相手には一定の敬意を払い、各種税金さえきちんと納めれば権利も認めている。
 キルコスは人語を理解している。納税うんぬんについてはわからないが、さすがにこれを食う気にはなれない。

 えっ、ちゃんと払っているの。
 というか、漁業組合に雇われてここで働いている?
 どういうこと?


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