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150 カネコ、どろ団子をこねこね。
しおりを挟むいかがわしい地下室で生じた火災が、建屋全体にまで広がるのにさして時間はかからなかった。
やたらと火の回りがはやいのは、ワガハイが各階の天井をぶち抜いたせいだ。
――だってしょうがないじゃない!
五体に増えた怪人八号たちが執拗に襲ってくるんだもの。
こちらを囲んではよってたかってタコ殴りにせんとする。
早々に退路は塞がれた。
ならばどうする?
答えは簡単だ。新たに作ればいい。
というわけで、ワガハイは自分で真上に道を切り開いての逃走を試みる。
結果として地下深くから地表へと竪穴がつながってしまった。ここを通って火がじゃんじゃん燃え広がったという次第。
商会建屋の窓という窓からモウモウと煙が吐き出されている。こげた臭気が一帯に漂う。パチパチと火の粉が爆ぜては舞い散り、熱波が渦を巻く。息を吸えば胸の奥がカッと熱くなってむせ返り「ゲホゲホ」咳き込む。
さなかに「ニャーッ」
雄叫びをあげながら、屋根の上へと踊り出たのはワガハイだ。
怪人八号の一体もこれに続く。
ワガハイは着地と同時にすかさず反転して、追っ手を迎え討つ。
宙にて交差するふたつの影。
すれ違いざまにワガハイが放ったのはカネコパンチ。ただし、直接触れるのは危険と判断し、拳に魔法で風をまとわせての打突だ。
クリーンヒット!
右ストレートが炸裂して、怪人八号を燃え盛る建物内へと叩き落すことに成功する。
でもホッとしている余裕はない。
入れ替わるようにして新手があらわれた。ワガハイはそれへの対処に追われる。
「くっ、次から次へと。まるでモグラ叩きだにゃん」
どうやら怪人八号は痛みや恐れを感じないらしく、何度ぶちのめしても怯むことなく向かってくる。
面倒なのに絡まれてしまった。
ボヤキながら周囲を見れば、商業地区全体がザワついている。カンカンと警鐘も激しく鳴らされていた。
当然だ。これだけの火事が起こっているのだもの。
火は怖い。
積み上げきたものすべてを一瞬にして灰燼に帰す。
だから商人たちは常日頃から、火の扱いについては神経を尖らせている。
けっして他人事ではない。なぜならちょっと風が吹いただけでも、たやすく飛び火しては延焼を招くから。
それを防ぐために商業地区では独自の消防団を結成している。土や水系の魔法が得意な者らで構成された屈強な火消したち。おっつけ火事場に駆けつけてくるはず。
彼らのファンも多くて、目当ての野次馬も集まってくるだろう。
そんなところで怪人八号が暴れたらえらいことになる。
はやく拘束しないと……
「斬ったらダメ、火も通用しない、風もおそらくダメにゃん。となればコレならどうかにゃあ~」
放ったのは地と水魔法の合体技。
その名も『秘技どろ団子』だ。
読んで字のごとく、まんまである。
ただし大きさが直径2メートルほどもある大玉にて、特筆すべきはその強度だ。
ぶっちゃけ弱い。どろ団子相撲をしたら、たやすく相手に割られて潰されてしまうだろう。
えっ、どろ団子相撲って何かって?
あー、いまどきの子どもは知らないか。
これは友達同士で手塩にかけて育てたどろ団子を持ち寄っては、交互に上から落としてぶつけることで、強度を競う遊びのこと。先に割れた方が負けである。
磨けば光るどろ団子。素材に粘土を用いたり、内部に重石を仕込んだり、表面にセメントの粉をまぶしたり……創意工夫するのが楽しい。
だが、今回に限ってはその弱さこそがミソだったりもする。
「えいやっ」
ボーリングのように転がした玉が、見事に怪人八号の一体にストライク!
怪人八号は転がってきた玉を豪腕にて薙ぎ払おうとするも、振った拳は団子を打ち砕くことなくズブリと呑み込まれてしまった。
あわてて腕を引き抜こうとするもすでに手後れ、そのまま体がズブズブ沼に沈むようにして玉の中へと。
そして雪だるまに手足がちょこんと生えたような、マヌケな格好になったところで「急速乾燥だにゃん!」
とたんに柔らかだったどろ団子から水分が失われて、内部では粘性が高まる一方で表面はカチンコチンとなって抜け出せなくなる。こうなると強度は鉄のようになり、かつ身動きも封じられるという寸法だ。
この方法はおもいのほか上手くいった。
だからワガハイは続けざまにどろ団子をこねこねしては、残りの個体も捕縛していく。
でも残り一体となったところで、怪人八号はきびすを返して逃げ出した。
夜の街を跳躍する怪人八号。
屋根から屋根へと渡っては、こちらを見向きもせずに、さっさと火事場から遠ざかっていく。
あんなのを都市内に解き放ったらえらいことになる!
だからワガハイもあわてて追いかけようとしたのだけれども、その矢先のことであった。
中空を跳んでいた怪人八号の身が突然ズバッと裂けた。股から脳天へとかけて真っ二つ。
路地裏へと落ちていく怪人八号。
それと入れ違うようにしてあらわれたのは漆黒の大剣――魔剣グラムボルグを手にした剣姫であった。
『フッ、この程度のヌルイ相手に手こずるとは、しょせんは毛玉だな』
「……弱」
まるで主役が満を持して登場みたいなドヤ顔のふたり。
騒ぎを聞きつけて応援に駆けつけてくれたらしいけど。
あれは斬っちゃダメなんだよ。
緊急時ゆえに、かいつまんで事情を説明したら「あっ」と剣姫は言った。「……ごめん。つい細切れにしちゃった」
「えぇーっ!」
おそるおそるワガハイは下へと目を向ける。
すると路地裏の底にて、たくさんの怪人八号たちがウゴウゴとひしめき合っていた。
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