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278 カネコ、戦々恐々。
しおりを挟む正方形の部屋。
小窓のひとつもなく、十メートル四方を無機質な壁に囲まれている。
壁一面には灰色のノングレア加工が施されており、その前に立つと薄ぼんやりと己の姿が映る。これがクセモノにて。
なんと! カネコビームを反射してしまうのだ。
「へへん、こんなところ、すぐにおさらばしてやるのにゃあ~」
と、ビームをぶっ放したらビュンビュン乱反射しまくったもので、「ぎにゃあーっ!」
危うく自爆するところであった。
見上げた天井は高い。
ズドンと上の方にまでのびている。
そっちからどうにかならないかと、シュタシュタ壁から壁へと跳んでのぼっていけば、不意にドンッ! 天井が落ちてきたもので、ワガハイは「へぶしっ」叩き落とされた。
トコロテン方式の吊り天井のからくりのようで、一定以上近づくとこうやって押し戻される仕組みっぽい。ぐぬぬ。
室温はつねに一定に保たれており、まぁまぁ快適と言えなくもない。
唯一の出入り口である扉はスライド式にて壁と一体化している。内側に取っ手はなくて開けられない。外部からの操作でウィーンと開く自動ドアにて。
カギ穴や隙間がないので、ワガハイの爪でもいかんともしがなく。
室内のインテリアはそっけない。寝台と台座があるのみ。
ワガハイ専用の個室としてあてがわれたのだが、ぶっちゃけ「独房じゃね?」
でもって、食事は台座の天板が左右にパカンと開いて、下からトレーに載ったのが、ライトアップされながらジャジャーンとせり上がってくるんだけど……
「あいかわらず、くそマズイのにゃあ~」
ムダに凝った台座のギミックと、派手な演出での登場のわりに、肝心の料理がダメだった。
というか……料理と呼ぶのもおこがましい、ブロック型の携帯食っぽいのにて。
宇宙食の出来損ない。味は二の次で栄養と腹持ち重視の仕様。ボソボソの水分ドロボウ。口に放り込んで咀嚼すれば、たちまち唾液を根こそぎ持っていかれる。めちゃくちゃ呑み込みづらくて、毎度毎度「んが、んんん」とノドを詰まらせる。
冒険者たちが愛用している携帯食でも、もう少し味と食感には気をつかっているだろう。
けれどもそれも当然といえば当然にて。
なにせここはゴーレムたちの秘密の花園。
いるのはみんなゴーレム、それ以外だとワガハイと邪神さまのモノリスしかいない。
これらのうちで飲食を必要とするのはワガハイのみだ。
ゴーレムたちは魔晶石に魔力を充電するのが食事代わり。モノリスは……よくわからない。ゲームやアニメなどの定番では、世界で増幅されては暗澹(あんたん)と漂う負のエネルギー、もしくは人心の腐のパワーなんぞを集めては吸収し、復活を目論むんだけど。
とにもかくにも、ここでまともに食事をするのはワガハイだけだ。
ゆえにこの粗雑な扱いなのである。
これで「オラオラ、キリキリハタラケ」とか無理。
衣食住足りて礼節を知る。
ヒトは生活が豊かになって、ようやく礼儀や節度をわきまえる余裕が出てくるのだ。
ましてや労働意欲ついては言わずもがな。
ただでさえ無理矢理働かされているのに、これでモチベーションが保てたら、そいつはドがつく変態だ。
「しょうがないのにゃん、今日も自前でまかなうのにゃあ~」
アイテムボックスからこそっと取り出した串焼きを頬張りモグモグ。
だがこんな生活を続けていたら、早々にストックが底を尽く。
よもやトライミングに到着するなり、いきなり捕縛されて留置所送りになるとはおもわなかった。そのせいで屋台から仕入れ損ねたのが痛い。
「こんなことならケチらずに、王都でもう少し買い足しておくんだったのにゃあ」
辺境に比べて王都は都会なので物価がお高め。
串焼きなんて倍ほども値段がちがっていた。
あとお客さま扱いだったこともあり、王都では衣食住が補償されていたから、ついそれに甘えて備えを怠ってしまった。冒険者としてあるまじき失態、ワガハイ痛恨のミスである。
ゴーレム帝国に強制寄宿させられること、すでに七日が過ぎようとしている。
劣悪な環境、とんだ借りぐらし。
心なしかストレスで抜け毛が増えた気がする。
救助が来る気配は微塵もない。
王都で王妃さまやえらい学者先生らが、トライミングでは冒険者ギルドのギルド長らが動いてくれているはずなのだが、この分ではまだまだ時間がかかりそう。
「このままだと円形脱毛とかになりそうにゃあ、十円ハゲのカネコとかツラすぎるのにゃん」
かつてない危機にワガハイは戦々恐々。
そんなことを考えていたら、ふつりと室内の照明が消え、非常灯の明かりに切り替わった。
消灯時間だ。
寝台にて丸まりグスン、ワガハイは鼻をすすった。
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