おじろよんぱく、何者?

月芝

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005 喪服の美女

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 足首近くまでもあるロング丈の喪服のワンピース。つばの広い黒の帽子。顔を隠す黒いレースのヴェール。
 レース越しに透けて見える肌は白く、紅をさした唇元がどうにも艶めかしい。
 絵にかいたような未亡人風の美女の登場。
 おれはたちまち探偵の顔となる。

「ようこそ、尾白探偵事務所へ」

 案内されるままに席についた依頼人。
 帽子を脱ぐこともなく、芽衣が用意した緑茶に手つけることもなく、ずっと素顔を隠したままの彼女は山本詩織と名乗る。
 服装といいたたずまいといい、いかにもワケあり。
 いいねえ。場末の探偵事務所には喪服の美女がよく似合う。ハードボイルドばんざい。

「それで、本日はどういったご用件でしょうか」

 浮かれ気分を隠しつつたずねると「じつは怪盗ワンヒール……」なんてことを言い出したものだから、おれはたちまちがっくし。
 ちっ、またかよ。どいつもこいつも。
 おおかた目の前の女もあいつにたぶらかされたうちの一人なのだろう。
 まったく、あんなハイヒールフェチの変態野郎のいったい何がいいというのか。
 やっぱり世の中まちがってる。内心でおれは苦虫を噛みつぶす。
 だがそれはいささか早計だったらしい。
 依頼人は続けてこう言ったからである。

「……のニセモノをつかまえて欲しいのです」

 光があれば影が産まれるのが世の理。
 ヒット商品が誕生すれば、似たようなバッタもんがたちまちそこかしこにて出回るもの。
 映画ならばそのタイトルをもじったアダルトビデオが間髪入れずに販売されるのと同じ。
 芸能人もそっくりさんやモノマネが登場するようになって初めて一人前、と言えなくもない。
 だからこれは有名税みたいなもの。
 つーかドロボウのニセモノってなんだよ? そいつも立派なドロボウであることにはちがいあるまい。
 ぶっちゃけ本家の一号だけでも持て余しているというのに、二号までだなんてとても手に負えない。
 なによりおれたちには時間がない。
 なんとしても怪盗ワンヒールをとっ捕まえて賞金をゲットしなければ、家賃の支払いもままならぬのだから。
 ……というわけで、この依頼はナシだな。
 喪服の美女は惜しいがいたしかたあるまい。

「えーと、残念ですがうちではそういったご依頼は……」

 やんわり断ろうとしたとき、山本詩織がさらりとトンデモない発言をする。

「どうかお願いします。成功報酬として百万円をお支払いしますから」

 本物を捕まえれば賞金として百万円が手に入る。
 ニセモノを捕まえても報酬として百万円が手に入る。
 変態二匹で二百万。
 はっきりいってこれはおいしい。濡れ手に粟(あわ)とはこのことか!
 おれと芽衣はおもわず顔を見合わせてにんまり。
 よろこんでこの依頼を受けたのは言うまでもない。

  ◇

 依頼人が帰ったあと。
 室内にほんのり残り香。
 えもいわれぬそいつをクンクンしながら、おれは彼女が口をつけなかった茶碗に手をのばす。
 鮮やかな緑の液体には茶柱がぷかぷか。なんと幸先のいい! 来客用の少しばかり上等な緑茶をいっきに飲み干す。
 うーん、冷めてもうまい。ノドの奥を爽やかな風味が駆け抜ける。
 おれは断然コーヒー派だが、だからとて緑茶の良さを否定するほど野暮じゃない。
 いいものはいい。
 ただそれだけさ。
 小さいおっぱいだろうが、大きなおっぱいだろうが、そこには男の夢とロマンがつまっているのと同じこと。

「なぁ、おまえもそうは思わないか、芽衣」

 とたんに現役女子高生から向けられたのは、まるでトイレで流し忘れた汚物でも眺めるかのような冷たい目であった。

「まぁ、そんなしょうもないことはどうでもいいんですけど。気になるのが依頼の理由ですよ。
 彼女、山本詩織さんはどうして怪盗のニセモノ退治なんてことを依頼してきたのか。しかも報酬に百万円も用意してまで。
 年中家計が火の車のうちとしてはありがたい話ですけど、これってちょっとキナ臭くありませんか、四伯おじさん」

 正体不明の喪服の美女からのよくわからない依頼。破格の報酬。
 もしかしたら名前も偽名なのかもしれない。
 芽衣が心配するのも当然だ。
 おれだってうさん臭いと思っている。
 だがしかし……。

「ワケありの依頼ってのも、この業界じゃあ珍しくもねえよ。それに基本、依頼人はウソをつく。自分に都合の悪い情報は伏せる。正直に事情を話す依頼人の方が稀なんだ。
 まぁ、こんな場末のちっぽけな探偵事務所を頼っている時点で、察してやれってこった」
「そんなものですか」
「そんなものなんだよ。さてと、じゃあ、早速出かけようぜ」

 おれが腰をあげると、芽衣もあわてて続く。
 さぁ、お仕事の時間だ。


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