おじろよんぱく、何者?

月芝

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015 解剖マニア

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 目覚めたら診察台の上にいた。
 そんでもってかたわらには白衣のメガネ女がメスを片手に「ひひひ」と笑っている。

「おい、菜穂、てめえ、何をしていやがる」
「いやだなぁ、尾白くん。まだ治療しかしていないよ。何かをするのはむしろこれからだよ」
「……」

 こいつは光瀬菜穂みつせなほ
 高月は中央商店街の路地裏にてひっそり診療所を営んでいる女医だ。モグリではなくていちおう医師免許はちゃんと持っている。ただし場所柄もあって、来る客は基本的にわけありばかりだがな。
 牛が化けているだけあって、乳はデカい。
 黒髪ロングに、死体のような肌の白さ、凛々しい立ち姿と涼やかな目元、メガネがとてもよく似合っているクールビューティー。
 まぁ、はっきり言って見た目はいい女だ。
 だが中身があまりにも残念すぎる。
 なにせこいつは重度の解剖マニアなのだから。
 好きが高じるあまり監察医を目指すも、あまりにもヤバ過ぎて門前払いを喰らった過去を持つ。国内外、数多の関係各所から出禁を喰らうなんて、どう考えても異常だろう。
 そんな女医だが見目だけはいいのでモテる。「菜穂先生、結婚してください」とバラの花束片手に押しかけるヤツも多い。
 でもそのたびにこの女は妖艶な笑みを浮かべて、相手にこう言うんだ。

「ごめんなさい。死んでから出直してちょうだい。そうしたら絶対に好きになるから」

 そんでもってやたらとおれに好意を示すのは、おれが世にも珍妙な動物だから。
 ぜひとも解剖したいんだとよ。
 治療はいくらでもツケでいいから、そのかわりに死んだら体を頂戴ねときたもんだ。
 なっ、ヤバい女だろう。

「……ところで、どうしておれはここにいるんだ?」
「あー、京香ちゃんから連絡があって」

 呼ばれるままに郊外廃墟の地下に出向いて、のびている連中をまとめてめんどうみて、がっぽり治療費をせしめ、その足でおれたちを連れかえったとのこと。

「じゃあ、芽衣は?」
「あっちはピンピンしてるわ。目を覚ますなり、うちにあったお菓子を根こそぎ平らげたとおもったら、そのまま近くの朝までやってるカレー屋に突撃して大食いチャレンジを成功。賞金の一万円をゲットして、コンビニで山ほどスイーツを買ってきての堂々の凱旋よ」

 なんだか話を聞いているだけで胸がムカムカしてきた。うぷっ。
 だが、元気そうでなにより。
 と、そこへ顔を見せたのはくわえタバコの安倍野京香である。

「おっ、ようやく起きたか、四伯。いやぁ、今回はいい働きだった。おかげでガッポリ稼げた。余は満足じゃあ」
「くっ、そりゃそうだろうさ。なにせオッズが千百二十九倍だからな。ちなみにいくら賭けてたんだ?」

 にちゃりと笑ったカラス女。
 世にも邪悪な三日月を浮かべつつ、指を三本おっ立てた。
 なんという不条理。マジメに働いているおれが夜の街を這いずりまわって四苦八苦しているというのに、不良刑事がひと晩で大金を稼ぐだなんて。

「ちくしょう! ひとを出汁に大儲けしやがって。この悪徳鬼畜警官め。今度焼肉でもおごれよな」
「えー、イヤに決まってんだろ。あれは気の合ったヤツと食べるからうまいんだ。何が悲しくて草臥れたおっさんと肉をつつかにゃあならんのだ」
「ぐぬぬぬ……。ところであのウインドサイズとかいう連中はどうしたんだ? まとめてとっ捕まえたのか? ちょっと訊きたいことがあったんだが」
「あぁ、イタチのガキどもか。あの連中ならこってりお灸をすえて解放したぞ」
「はぁ? 調子にのってけっこうヤバい商売をしていたみたいだけど、それでいいのかよ」
「べつに薬物やら人死にが出てったわけじゃねえし、たかだかどつき合いだろう? かわいいもんさ。それにあいつらをパクったら、せっかくの私の当たり券が台無しになっちまうじゃないか」
「いや、ちょっと待て。おれ、がっつり死にかけたんですけど。ナイフでざっくりされるところだったんですけど」
「何を寝ぼけていやがる。てめえは生きてるだろうが? いいか、四伯、よく聞け。世の中、結果がすべてだ。それ以上でもそれ以下でもない。だからノープロブレム」

 言ってることはまちがっちゃいない。
 だがその言葉を吐いているやつの存在そのものがまちがっている。
 おれはつくづく思うよ。
 よくも警察学校はこんなのを入学させたばかり、あまつさえ卒業まで許したなと。
 あと採用した高月警察署もたいがいだな。

「……ノープロブレムっていうか、あれだけ派手に銃をぶっ放しておいて、本当に大丈夫なのか。警察って銃や弾の管理にうるさいだろうに」
「あー、そのへんはぬかりない。なにせあのトカレフはまえに手入れをした際に、ゴロゴロあったうちのいくつかをこっそりくすねたものだからな。
 足がつかないすぐれもの。おかげで気軽にバンバン撃てるってもんさ。
 でもって役目を終えたらこうだ」

 言いながら最寄りの窓をガラリと開けた安倍野京香。
 指を口にあてて「ピューイ」と鳴らせば、すかさず一羽のカラスが馳せ参じ、京香から銃を受け取って夜空へと向かって舞い上がり、あっという間にどこぞに消えた。
 かくして証拠は海か山か、風の向くまま気の向くままに何処かへと。

「なっ」ふり返った不良刑事。得意げにフフンと胸を張る。
「あら、便利ねえ」感心する解剖マニア女医。たわわな胸がぷるるん。
「なっ、じゃねえよ!」室内におれのツッコミが虚しく響く。

 どうしておれの周囲にはこうまともな女がいないんだろう。
 神さま、教えて下さい。
 おれは頭を抱えた。


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