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035 公道のオオカミたち
しおりを挟む次の週末の夜更け。
ところは高月の南端にて東西五キロにのびている直線道路。通称「竜骨」と呼ばれている場所。その西の端っこ。
深夜にもかかわらず、色とりどりのイカツイ面構えのクルマが多数集結。ぶるんぶるんと威勢よくアクセルをふかしている。周囲には見物人やら関係者らがたむろ。するとここに来ている女の子目当てのナンパ野郎なんかもいて、クルマと人が入り乱れてちょっとしたお祭りさわぎ。
そんな会場の風景を前にしておれはすっかりあきれ顔。隣にいる安倍野京香に遠慮なく言ってやった。
「おい、おまえ、この前言ってなかったか? 一斉検挙したって」
するとカラス女はあっけらかんとしたもの。
「あぁ、したよ。だが、こんなもんだろう」
一度や二度、警察のやっかいになったぐらいで、この手の連中が撲滅できるのならばだれも苦労はしていない。もしも可能ならば、いまごろとっくに世界平和が実現しているはずだ。
公権力を振りかざす立場から自信満々にそう言い切られては、善良なる一般市民にすぎないおれには何も言い返せない。
「ふむ、社会ってのはどうにもままならないもんだな」
タバコに火をつけつつ、おれはぼそり。
「だろう? もっともおかげで私やあんたは、こうしておまんまが喰えるわけだが」
カラス女ももぞもぞタバコをとりだそうとするが、そのタイミングで鳴ったのは彼女のスマートフォン。
相手は芽衣である。
あいつはただいま竜骨の東端のゴール付近にて、ブルーシート片手に待機中。
今夜のターゲット、黒鉄の幽霊がどさくさにまぎれてドロンととんずらした場合、シートをばさりと広げて行く手をはばむという寸法。
できれば投網ぐらい用意したかったのだが、あいにくと近所の百円均一には置いてなかった。
で、何か他に使えそうなモノはないかと探し当てたのがコレ。
まえに防災キャンペーンのおりに、市役所にて無償で配っていたのをもらってきた品。ずっと事務所の納戸の奥でホコリをかぶっていたのだが、ついに陽の目を見ることに。
安くて丈夫で汎用性に長けたコイツならば、きっとやってくれるはずだ。
なお今回の仕事、配役を決めるにあって、ちょいとひと悶着あった。
原因は芽衣である。「わたしが四伯おじさんを運転する!」と盛大にごねる。だがもちろん却下だ。なにせあいつは免許を持っていない。そのくせ技術だけはありやがるから性質が悪い。免許の試験を受けたら実技に通って学科で落ちるタイプだ。
それに今回は安倍野京香のリベンジもかねている。だからカラス女がハンドルを握らなければ意味がない。
最終的にぐずるタヌキ娘を黙らせたのはカラス女自身。
黒いジャケットの内側にて、ポケットからちらりとしているスプレーをみせて、「これって携帯式の防犯グッズで、催涙スプレーなんだ」とにっこり笑えば、芽衣はすごすご引き下がった。
さしもの武闘派女子高生も、アレをふたたび喰らうのはイヤだったみたいだ。
そんなタヌキ娘が「こっちは異常なしです。っていうか、そっちはえらく賑やかで楽しそうですね。ふつうレース会場とかってゴール地点も盛り上がるものじゃないんですか」と電話の向こうでブーブー文句を垂れている。
「ここのドラッグレースは基本、出ずっぱりだからねえ。表彰式なんて上等なものはないよ。ゴールについたらその勢いのままにとんずらするのがお決まりなのさ。じゃあな、そっちは頼んだぞ」
芽衣とのやり取りを終えた安倍野京香の背中を、おれは肘で軽く小突く。
「おい、あれ」
顔を向けた先にあったのは漆黒の車体。
そいつが会場の隅っこの陰に潜むようにして停まっている。
ついさっきまであんなシロモノは会場のどこにも見当たらなかった。
大きさからしてツーシート。流線形のフォルムはいかにもスポーツカータイプにてお尻にはウイングも生えている。だが車種はわからない。似ているのはいくつかすぐに頭に浮かぶものの、どれも微妙にちがう。
くそっ、目を凝らして確かめようとするほどに、対象がブレやがる。
「あらわれたか、黒鉄の幽霊」
獲物の登場に安倍野京香がうれしそうに口の両端をにぃっとあげた。
世にも邪悪な笑み。うっかり目撃してしまったおれは内心で、うげげっ。すぐに視線を黒鉄の幽霊へと戻す。
黒鉄の幽霊は全面スモークフィルムが貼られている。可視光線透過率が七割を下回ると違法となっているが、逆に考えれば基準さえクリアしていれば問題ない。
加えて陽射し避けのサンバイザーフィルムまで装備。
日中ならばともかく夜間で、しかも道路の照明灯からも離れているから、車内がいっそう暗い。まるでぽっかりあいた樹の洞みたいだ。
おれたちの位置からでは車内の様子はわからない。
前回、ゴール付近で消えたという話からして、たぶん無人だとおもわれるが……。
なにせ奈良のシカたちが使う化け術は、おれのとはいささか毛色が異なる。
おれはいろんなモノに化けられるかわりに、自分ではほとんど操作できない。せっかくクルマやバイクに化けても、それを乗りこなすドライバーが必要。
しかしながら奈良のシカたちはクルマに化けるだけでなく、自身でそれを操れる。それに人化の術も使えるから、計二種類に化けられることになる。
駆けっこ好きが高じて、自然とこうなったというが、これもまた局地的進化なのか?
そんなことをおれが考えていると、突如としてクラクションが鳴り響いた。
まもなくレースがスタートするという合図。
とたんに現場の空気が一変してお祭りムードは失せ、ひりつくような緊張感に支配される。参加者らの目の色がかわった。
たとえ高月という僻地のドラッグレースとはいえ、この地に集ったのはスピードに魅せられとり憑かれた公道のオオカミたち。油断していたら足下をすくわれかねない。
倒すべき敵は黒鉄の幽霊だけじゃない。ここにいる全員なんだ。
そのことを肝に銘じ、おれとカラス女もまた戦いの準備へと。
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