おじろよんぱく、何者?

月芝

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037 オオカミたちの饗宴

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 惚れぼれする動きにて、次々とライバルたちを抜き去る黒鉄の幽霊。
 花から花へと渡る蝶のように軽やか。かとおもえばイカズチのごとく閃いて、一瞬の間隙を刺す。
 モタついていた序盤がウソのようなレース運び。
 たんに速いだけじゃない。ヤツにはまるで走るべきラインがあらかじめ見えているかのよう。動きに迷いがない。だからムダがない。足回りが乱れない。スピードがまるで落ちない。ひたすら速さのみが着実に積み上がっていく。

「いやはや、たいしたもんだなぁ」

 猛追している立場ながらも、おれはその颯爽とした後ろ姿にほとほと感心。
 そんな一方でこっちのハンドルを握るカラス女はイラ立ちを募らせるばかり。
 黒鉄の幽霊はともかくとして、他のクルマが存外しぶとい。
 レース中盤以降、次第に差が生じて縦へとのびた車列。
 しかしおもっていたよりもバラけない。
 どうやら他の参加者たちも、ただ闇雲にレースへと参戦しているわけではなかったようだ。
 各々自慢の愛機に細かい改造やチューンアップを施し、作戦を練り、今回のレースへと挑んでいる。
 もちろん勝って黒鉄の幽霊の首を獲るために。
 おれたちだけではなく連中にとってもヤツは狙うべき獲物。
 向かうところ敵なしのキング。
 もしも仕留めたならば、まちがいなく竜骨の伝説になれる。

  ◇

 深夜の公道にマシンたちの咆哮が響く。
 速さが速さを呼び、共鳴するかのごとくより上の速さへと至る。
 どいつもこいつも命知らずのバカ野郎ども。畏れ知らずの限界突破。
 互いの刹那が交差したとき、そこにはえもいわれぬ高揚があった。
 ハンドルやペダルにシートなど、ドライバーとクルマ、ありとあらゆる接地面を通じて全神経が愛機と結ばれ人機一体。
 視線は前方を向いたままなのに周囲にいるライバルたちのことがよくわかる。それこそ息づかいや鼓動までもが伝わってきそうなほどに。
 もちろんそんなはずはない。だが死と隣りあわせの緊張感の中で研ぎ澄まされた集中力が、どこまでもどこまで鋭敏化。
 理屈も理性も、己が命すらをも置き去りにして、駆ける駆ける駆ける。
 猛進、力走、突進、疾駆、滑走、驀進、走破、疾走……。
 ひたすら前へ。誰よりも速く。コンマ数秒のその先へ。
 一番にゴールを駆け抜ける。
 ただそれだけを目指して。
 そのとき、竜骨に集っていた者たちはたしかに同じモノを見ていた。同じ流れの中にいた。
 一心不乱の果て、すべてを忘れさせる無我の境地。
 夢中になって遊ぶ時間は、ただただ楽しい。
 誰もがずっとこの感覚に浸っていたいと願う。
 けれども明けない夜はなく、終わらない祭はない。
 一台が遅れ、二台が落ち、三台が欠け……。
 ポロポロとペンキの欠片が剥がれるようにして脱落していく者たち。
 竜骨ラストに位置している高架へと通じる坂道。その入り口が迫る。
 この時点で残っていたのはわずかに四台のみ。
 差はほとんどなし。

  ◇

 ハンドルを握る安倍野京香が「ここでしかけるぞ」と宣言。
 が、おれはそこで自分が犯した致命的な失敗に気がついて「あっ」

「おいおい、これからってときにいまのマヌケな声はなんだ? 四伯、おまえまさかもうへばったのか」
「いや、ちがう。じつは……」

 おれの化けている往年の名車は、車高がちょいとばかり低い。スーパーカーの中でも屈指の低さ。それゆえに空気抵抗が少なく、風を受け流せる。
 だがヒレのないホオジロザメっぽい野趣あふれるデザインとは裏腹に、街乗りでは運転にけっこう気をつかう必要がある。

「さっきからなにをごちゃごちゃと、つまりどういうことだ! 簡潔に述べよ!」

 イラ立ち凄むカラス女に、おれは観念して白状する。

「段差が超やばい」

 それこそ車道から歩道を越えてファミリーレストランの駐車場に入るのにも、細心の注意が必要。
 これが意味するところは、そこそこ急な坂道との相性がすこぶるよろしくないということ。
 最悪、勢いよく突入したとたんに鼻づらやら車体の底をズリズリ。
 なーんてことも。

「マジかよ!」
「マジだよ!」
「どうすんだよ!」
「えーと、少しスピードを落とせばどうにか」
「……そいつは却下だ。というわけで根性でどうにかしろ、四伯」
「はぁ? 根性でナニをどうしろと?」
「カメが首をのばすみたいに天に突きあげろ。グイッという感じで。おまえならきっとできる……はず。がんばれ」
「いやいやいや、知ってるだろ。おれはいろんなモノに化けられるが自分ではほとんど操作ができないんだって!」
「だいじょうぶ、だいじょうぶ、なにごとも成せばなる。って、どっかの誰かもいってただろう? というわけでゴーゴーゴー」
「ばか、やめろ、おい、あぁぁあああぁぁぁぁーっ!」

 容赦なくアクセルを踏み込んだカラス女。
 二百キロオーバーにて坂道へと突っ込む。
 おれは「ひぃいぃぃ」と叫びながら、必死になってエビ反り。背筋測定のアレをイメージ。
 車体がダメージを負えば、当然ながら変身しているおれにも反映される。この速度ではちょいとアスファルトにこすっただけでも、しゃれにならないすり傷を負う。たぶんだけど血だけではすまない。赤味肉までごりごり、さらには白骨までごりごり。

「ふんぎぃいぃぃぃっ、そんなの絶対にイーヤーだーっ!!!」

 おっさんの魂の叫びとともに、先頭集団は坂道へとなだれ込む。


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