おじろよんぱく、何者?

月芝

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039 黒歴史シアター走馬灯

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 竜骨のドラッグレース。
 高らかに勝ち名乗りをあげて、おれさまゴォォオォォォール!
 が、直後にポンっと白煙。

「あっ!」「へっ?」

 時速二百キロオーバーでの爆走フィニッシュすぐのこと。
 限界を迎えて化け術が強制解除。
 おれは宙を舞いぐるぐるぐる、おっさん手裏剣と化す。
 一方で運転席からいきなり外へと投げ出されることになった安倍野京香はというと……。

 バサリ。

 漆黒のツバサが羽ばたき、真夜中の空を駆ける。
 カラス女は本来の姿となり余裕顔。「カァ」と鳴いて、ニヤリ。
 あざやかな脱出。どうやら彼女はもしものときを想定していたらしい。
 しかしおれはちっとも考えていなかった。ふつうにブレーキを踏んで停車するつもりだったからだ。いや、クルマってのは本来そういうもんだし。
 アスファルトの上を低空飛行にて飛ぶおっさん。
 みるみる高度が下がってゆく。
 このまま落下すれば道路が大根おろし状態にて、きっとボロ雑巾のようになることであろう。もしくは何台ものクルマたちに轢かれまくったネコみたいにぐちゃぐちゃ。

「あー、さすがにこれは死んだな」

 とたんに次々と脳裏に浮かぶはあんなことやこんなこと。
 パチンコでボロ負けして尾羽打ち枯らすおっさん。
 夜通し呑み歩き、気がついたらゴミ捨て場で朝を迎えていたおっさん。
 依頼を達成してせっかく得た報酬を化石タヌキにむしりとられるおっさん。
 事務所の家賃を滞納して肉体労働の現場に問答無用で放り込まれるおっさん。
 すると現場監督にやたらと気に入られて「探偵なんぞやめて、こっちにこいよ」と熱心に勧誘されるおっさん。
 それを苦笑いにて「あざーす」と受け流すおっさん。
 その辺をぶらぶらしているだけで、やたらと職務質問を喰らうおっさん。
 公園で一服していたら、なぜだかダンボール戦士から賞味期限の切れたおにぎりを渡され「がんばれ、おまえは独りじゃない」と励まされるおっさん。
 で、ありがたくそのおにぎりを頂戴したらきっちり腹を下すおっさん。さすがに夏場に三日オーバーはチャレンジが過ぎたらしい。
 ヘンな薬をかがされ意識朦朧、商店街の路地裏にある診療所へと連れ込まれるおっさん。
 ハァハァ、興奮する解剖マニアの光瀬菜穂女医から危うく生解剖されかけるおっさん。
 中央商店街をトボトボ歩いていると、パン屋の色っぽい美人妻の木崎小百合さんからパンの耳がつまった袋をプレゼントされるおっさん。あれはバレンタインデーのことだった。
 うん、あれはきっとおれに惚れているのだろう。でも人妻との道ならぬ恋は、ちょっとまいっちゃうなぁ。でへへ。
 うーん、これがウワサの走馬灯。
 しかしやたらと長いな。そして何げにどうでもいいことばかり。むしろ忘却の彼方へと封印していた恥ずかしいシーンが延々と続くので、けっこうつらいんだが。とんだ黒歴史シアター。
 っていうか、何これ?
 死者にムチ打つとか、神さまってばイジが悪いのにもほどがある!

 なんぞと考えていたら、おれの視界が青一色となり、ボフン。
 我が身をくるんで受け止めたのは広げられたブルーシート。
 ゴール地点にて芽衣に持たせていたものだ。

「すごいぞ! ブルーシート」

 その汎用性については前々から注目していたが、よもや人命救助ならぬ動物救助にまで活躍するだなんて!
 じつに素晴らしい。キミを探偵の秘密道具のひとつに加えてあげちゃう。
 とベタ褒めしたところでビリリと音がした。
 ドン、ガン、ゴンと衝撃、でもってゴロゴロときてパタリ。
 そしてブルーシートにくるまれたおっさんのミノムシが路上にて、ピクピクリ。

  ◇

 ブルーシートを称賛するおっさんの声を聞き流しながら、両手を広げて芽衣が立ちふさがったのは黒鉄の幽霊の進路上。

「ここから先は通しません」

 だが黒鉄の幽霊は止まらない。
 車体がそのまま突っ込んでくる。
 しかし芽衣は微動だにせず。
 このままだと確実に撥ねられる!
 そう思われた矢先のこと。黒鉄の幽霊の姿が霧状となり、夜陰に溶け込みかき消えた。
 跡形もなく失せてしまったターゲット。
 このままでは前回の二の舞。けれども芽衣は見ていた。
 タヌキ娘が注目していたのは道路の照明灯に照らされてアスファルトにのびた影。
 不自然な動きをしている影を発見。「そこだっ!」
 すかさず脱いだスニーカーの片方をぶんと投げつける。
 ポカンと音がして「あいたっ」との声。
 高架沿いに設置されてある防音壁。その影からよろよろと姿をみせたのは一頭のシカ。
 そこに上空から「これでも喰らいやがれっ」との雄叫びとともに落ちてきたのは、ふたたび人の姿に化けた安倍野京香。
 容赦のない怪鳥蹴りがシカの後頭部に炸裂する!
 これにて不良刑事のリベンジ完了、被疑者確保。


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