おじろよんぱく、何者?

月芝

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057 南大門の悲劇

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 六台にがっちり囲まれて身動きがとれなくなったように見えた黒鉄の幽霊。
 その場面で安倍野京香が取りだしたのはピンのついた筒。見た目こそはジュースの缶っぽいが、正体は閃光弾である。スタングレネード、フラッシュバン、などとも呼ばれるシロモノ。
 カラス女は至近距離からバンバン銃を乱射。体当たりをも敢行。強引に隙間を作っては頭をねじ込み、こじ開け、ついに囲みを突破。
 飛び出したところで「ほらよ」とプレゼント。
 と同時に自身は思いっきりアクセルを踏んだ。

 前方よりコン、カン、カラランと転がってくる見慣れぬ異物。
 一同が「うん?」と注目した瞬間に発せられる閃光。
 強烈な目くらまし。高音による難聴と耳鳴りが続き、とてもではないがまともには立っていられないほど。ぐるぐる目が回って、クーラクラ。
 ドンガラガッシャンと多重事故。
 まとめて仕留めたところで、最後の獲物を求めて黒鉄の幽霊が猛追をはじめる。

  ◇

 後続を一掃。
 ついに一対一へと持ち込む。
 ふつうならば「ここからは真剣勝負だ!」とばかりに熱い展開となりそうな局面。
 だがしかし、カラス女にそんな情緒はない。少年マンガみたいな展開は好まない。むしろレディースコミックのようなドロドロがお好み。
 よって情け容赦なくゴム弾を撃ちまくる。

「痛い、痛い、痛い、ちょっ、マジでヤメろ! てめえ、ふざけんなよ、こら! このオレさまを誰だと思って……。あっ、ウソです。ごめんなさい。ヤメてください。本当に痛いんです! このままだとボクのお尻が、あぁーっ!」

 クルマ好きの憧れ、垂涎の国産スポーツカー。
 そいつに化けている葛王司が懇願するも、暗めのシルバーの車体がゴム弾のせいでみるみるボコボコに。
 だがそれでも走るのをやめようとしないのは、さすがと梟雄・葛王司をホメるべきか。

「いやいや、アレってたんに安倍野さんを怖がって必死に逃げているだけなんじゃあ……」

 という一条卯之助の控えめなツッコミはさらりと受け流し、カラス女はひたすら敵の首魁を激しく責め立てる。まるでこれまでの鬱憤を晴らすかのように、執拗にねちっこく。
 その証拠にタイヤは狙わず、微妙に急所を外して撃っているし。
 だがそれも当然のこと、なにせカラスは執念深い生き物なのである。
 かの映画界のサスペンス・スリラーの巨匠が題材に使ったほど。あの映画は動物が見てもガクブルものの名作。

 そうこうしているうちについにゴール地点、東大寺は南大門が正面に見えてきた。
 逃げる葛王司。
 はやくゴールして楽になりたい一心にて、かつてないガムシャラな走り。
 追う一条卯之助。
 直線勝負となれば高月の竜骨で磨いた腕がある。ここにきて猛スパート。
 ついに両雄が横並び。
 するとここで安倍野京香がまたもや発砲。
 ただしこれまでとはちがって着弾が一点に集まった精密射撃。
 運転席側の窓にこいつを喰らって、「うぎゃっ」と悲鳴をあげた葛王司。たまらず痛みから逃れようとパワーウィンドウをうぃーんと下げた。
 丸見えとなった車内。運転席には誰もいない。
 当然だ。奈良のシカたちは駆け狂いがすぎて、クルマに変じこれを自在にあやつる化け術に長けているのだから。卯之助と京香のようなタッグスタイルこそがここでは異質。
 開いた窓へとポイっと投げ込まれたのは、閃光弾、催涙弾、発煙筒の三種詰め合わせギフト。
 いきなりそんな熱烈な贈り物をもらった葛王司は「へっ?」
 これってシカの身にて表現すると、いきなり口の中にモロモロを突っ込まれた状態なわけで……。

 バンッと閃光!
 ボンっという不快な音が耳をつんざく!
 ブシューッとゲホゲホ、白煙!
 ちょっぴり火がぼうぼう!

 車内にてビカビカ稲光が発生。大量の煙を吐き出しながら、世にも悲しげな、聞く者の心胆を寒からしめる悲鳴を上げたGがTしてR指定を喰らった三代目。
 しかし猛スピードで暴走するクルマは急には止まれない。
 コントロールを失った葛王司はぐねんぐねんと蛇行したのちに、ついに耐えきれずに横転。ゴロゴロ転がりながら南大門の右端にある二本の丸柱にゴンガン激突。さらには勢いあまって板壁をぶち抜き、その裏にいた金剛力士像をもなぎ倒し、ついでだとばかりにそのまた奥にいた石造獅子までもが、あーっ!
 国宝、国宝、重要文化財を巻き込んでの大クラッシュ。
 そいつを尻目に「イエーイ、いっちばーん!」
 余裕のゴールを決めた一条卯之助が化けた黒鉄の幽霊とそのハンドルを握る安倍野京香。
 だが当然のごとく、これを盛大な拍手にて祝福し迎え入れるものは誰もいない。
 ゴール地点に集っていた関係者一同、あまりのことにあんぐり。
 すると一同があんぐりしている目の前にて、ギチギチメキャメキャと不穏な音が鳴りだして、おおきく傾きはじめたのは南大門。

  ◇

 あまりの惨状。
 たまらずおれはノートパソコンの画面から目をそらす。もしも腕の自由が利くのであれば、きっと両手で顔をおおったことであろう。

「ひでぇ、想像を遥かに超えるダメダメ具合だ」

 なんという傍若無人っぷり。
 これに比べたらおれや芽衣や弧斗羅美の乱暴狼藉なんて、ぜんぜんかわいらしいもの。
 しかし映像にはまだ続きがあった。
 そこにはさらに驚愕の光景が……。


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