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071 黒猫のブローチ
しおりを挟む千祭史郎はやたらと血筋にこだわる鼻もちならない野郎だが、いくつもの大人のお店を経営しているのみならず、業界最大手である桜花探偵事務所の高月支店長をも務めている。くねくね気持ち悪い野郎だが仕事はでき、その正体はドーベルマンである。
いきなり子連れであらわれた商売敵。
「うわー、ちっちゃいです。かわいいです」
自分よりもちんまいランドセル姿に「萌え~」と興奮する芽衣。
それにおどろいて千祭のうしろに隠れた女の子。
「おまえの子か?」と口にしたおれは、すぐに「いいや、そんなハズがねえ。おまえの子がこんなに愛くるしいわけがない」と即座に否定。
いつもであればここで「なによ、この腐れ雑種!」とキーキーわめき出すところなのだが今日はムッツリ顔の千祭。
「もちろんちがうわよ。この子は私の店で働いている瀬尾さんのところの愛ちゃん。ほら、ちゃんとご挨拶しなさい」
千祭にうながされ、ペコリと頭を下げたショートボブの女の子。
瀬尾愛、七歳で小学二年生。
おずおずとした態度がなんともかわいらしい。だがちょいと気になるのが、そんな子が手に持っているブタさんの貯金箱。まさか……。
おれが子どもから千祭へと視線を戻したら、やつの顔がニンマリとイヤな笑み。
「わざわざ依頼人を連れてきてあげたんだから、感謝しなさいよね。いやぁ、助かったわ。相談を持ちかけられたんだけど、うちではちょっと扱えそうになくってねえ。そんなときにちょうど高月中央商店街の『五百円祭』が開催されていたことを思い出して、コレだと思ったわけよ。我ながら冴えてるわ」
「えっ、おい、ちょっと待て。あれは……」
あわてるおれの声は無視して千祭は勝手に来客用のソファーへと子どもをともない陣取る。
そして幼女にすっかりメロメロになっている芽衣は、「愛ちゃん、ドーナツどうぞ」「すぐにお茶を淹れるね。それともジュースの方がいいかな」とかいがいしく世話を焼く始末。
ガッデム! よりにもよって一番めんどうなヤツがからんできやがった。
これでもしも適当にあしらおうものならば、たちまち広告審査機構にイヤがらせの通報をされてしまうことであろう。そしてこのことを知った商会長が顔を真っ赤にして怒鳴り込んでくる姿が容易に想像できる。
おのれ、ぐぬぬぬ。
◇
さて、ことの起こりは三日前にさかのぼる。
小学校の遠足で地元の芥川は上流へと訪れた瀬尾愛。
天候に恵まれ、みんな大はしゃぎ。
ハイキングコースを進み、小高い丘を登ったところでお昼を迎える。
そこはちょっとした自然公園になっており、アスレチックのような遊具なんかも設置されているから、子どもにとっては楽しい場所。
だから早々にお弁当をたいらげた子どもたちは、さっそく自由時間を謳歌する。
そんなさなかにトラブルが起きた。
ロープにつかまってシャーッと滑り下りる遊具の順番を巡って、とある女子と男子がモメはじめる。原因は男の子の横入り。
「ズルしないでよね」「うっさいバーカ」
売り言葉に買い言葉、双方引っ込みがつかない状況になりヒートアップ。
ついにはどちらが先か、手が出る足がでる。
このあおりを受けたのが不運にも近くにいた瀬尾愛。
おとなしく順番を待っていたら急に前で争いが始まり、あれよあれよというまに巻き込まれてオロオロしているところに、バシンと当たったのが男の子が乱雑に振った手。
とはいえ直撃というほどのこともない。それこそ服の表面をかすった程度。だからカラダにはなんらダメージもない。ただ、そのはずみで胸につけていたブローチがはずれて飛んでしまう。
「あっ!」
愛が気づいたときにはブローチは宙を舞って、ちかくの側溝のフタの上にカタンと落ちていた。あわてて拾おうとするも、無情にもブローチはフタの並目の隙間から中へと落ちてしまう。しかしさらに不運は続く。
昨夜、山向こうで降った雨の影響のせいでふだんは水気のない側溝内には流れが発生しており、あわれブローチはどんぶらこ。
なんとかしようと必死に追いかけるも幼女の身ではいかんともしがたく、ついには見失うことに。
そのブローチは黒猫をかたどった品。
いまは亡き彼女の父親が娘に残してくれた形見。だからこそいつも彼女は身につけて離さなかったのだが、今回はそれが裏目に出てしまった。
失われた大切な物。
どうしても諦めきれない愛、しかし小学二年生の身では探しに行くこともままならない。
そこで思いついたのが「探偵に依頼を出す」という方法。
そして真っ先に相談したのが、お母さんが働いているお店のオーナーでもある千祭のところであった。
しかしいきなり貯金箱片手に来訪した瀬尾愛に、千祭はたいそう困惑する。
どうにかしてやりたいのはやまやまだが、さすがにこれでは……。
と、そこで思い出したのが五百円祭のこと。
◇
「うちの系列店は従業員のシングルマザーに優しいところも売りなの。だからなんとかしてあげたいのは山々なんだけど。ことが探偵業となるとねえ。いろいろ規約があって本部がうるさいのよ。その点、あんたのところならばどうとでもなるでしょう?」
パチリと片目をつむってウインクするドーベルマンカマ。
「お願いします。黒猫のブローチを見つけてください」
ブタさんの貯金箱を差し出し、涙目にて必死にお願いしてくる幼女。
「ぜひやりましょう、四伯おじさん」
すっかり懐柔されている芽衣がいつになくやる気に満ち充ちている。
おれは深くタメ息ひとつ。この状況で断れば、おれ一人が悪者になっちまう。
「ちっ、しゃーねえなぁ」
ボリボリ頭をかきつつタバコに火をつけようとしたら、芽衣にひったくられて「子どもの前です」とキッとにらまれた。とほほ。
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