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074 クマネズミの渡世人
しおりを挟む山の中をあたふた逃げ惑うおれと芽衣。
いかに敵勢が多いとはいえ、仮にも狸是螺舞流武闘術の免許皆伝の腕前を持つ芽衣までもが、どうしてここまで一方的にやり込められているのか?
その理由は敵勢の正体にあった。
ネズミはネズミなのだが、なんとハムスターの集団!
四肢短くずんぐりむっくり。ぷにぷに柔らか体型。尻尾はなく丸みを帯びたお尻をふりふり歩く。手触り抜群の毛並み。円らな瞳で小首をかしげたり、口元をヒクヒクさせるなどの愛くるしい仕草。
ハムスターを主人公にしたアニメ作品が爆発的にヒットしたことにより、子どもたちが飼いたいペットランキングにおいてつねに上位にいる人気者。
いかに鋼の拳を持つ芽衣とて、これを殴ることはできぬ。
だが向こうはちがう。小さくとも獣。立派な前歯もあれば鋭い爪もある。そんなシロモノでよってたかってチクチクやられたら、たまらない。
よっておれたちは逃げることしかできない。
「ふぅふぅ、四伯おじさん、バイクかなんかに化けて下さいよぉ」
「ぜえぜえ、全力で走りながらじゃ厳しい。集中できねえ。おまえこそ連中をなんとかしてくれ」
ちらりと後方を見た芽衣、視線の先にはハムスターたちが群れだって、とっとこ走って追いかけてくる姿。
芽衣はタメ息にて首を小さくふるふる。「うん。アレは無理」
キャンプ場跡地、ヒマワリの園から離れたというのになおも執拗に続く追跡。ひょっとしたら目撃者を逃がすつもりがないのかも。
おれたちが目指すのはバス停。ここは終点の僻地ゆえに二時間に一本しか来ないが、タイミング的にはいい感じ。このまま飛び乗って華麗に一時撤退なんぞと考えいたのだが……。
「あっ」
先をゆく芽衣が唐突に足を止めた。
すぐうしろを走っていたおれも立ち止まるしかない。
バス停周辺にはすでに複数のハムスターたちがたむろしている。
「くそ、先回りされたか」
追っ手の数といい、いったい何匹いやがるんだ? 相当規模の群れだ。数百、いや、ヘタをすると千に届いているかも。しかもやたらと統率がとれていやがる。よほど優秀なボスが仕切っているらしい。
しかしマズイな、このままだと。
前門のハムスター、後門もハムスター。
山に逃げ込むのは論外。ならばあと残るのは川のみ。こうなればおれがボートかカヌーにでも化けて、芽衣をのせてどんぶらこと川下りするしかないか。
だから芽衣ともどもさっそく河原へと向かおうとするも、直前に異変が生じる。
火花を散らしながら激しく回転する物体が数多出現。ネズミ花火だ!
パンパンと爆竹の炸裂音も鳴り響き、ひゅんひゅん飛び込んでくるのはロケット花火?
どうしてこんな場所で?
疑問は疑問として混乱する現場。「キュウキュウ」あわてるハムスターたち。
その一方でおれたちの足下に駆け寄る小さな影ひとつ。
「いまのうちですご両人。こちらへ」
ひそひそ話しかけてきたのはクマネズミ。ただし格好がちょっと変わっている。
なにせ三度笠に道中合羽をまとい、小さいながらも朱鞘の刀まで腰に差しているんだから。
まるで時代劇に登場する旅の渡世人のよう。
そんなクマネズミに案内されるままに、おれたちはその場を離れた。
◇
難を逃れて向かった先は山奥の方。
よもやこちら方面に逃げるとは考えなかったのか、ハムスターどもの姿はどこにもない。さりとて快適な逃亡にはほど遠い。なにせ獣道ですらない山の斜面を歩くのだから。いくら街に近いとはいっても山は山。立ち入る者には容赦なく険しくも厳しい。
汗だくとなる道中は無言。「詳しいことはあとで」とクマネズミの渡世人。
そうして辿り着いたのは、とある洞穴。
ここでおれと芽衣を出迎えてくれたのは、大勢のハツカネズミたち。これまたけっこうな数にて、ギョッとさせられる。
しかしハムスターにクマネズミに続いてハツカネズミたちまで……、いったい高月の山に何が起こっていやがる?
戸惑うばかりのおれと芽衣に、クマネズミの渡世人が言った。
「こいつらなら心配はいりやせん。連中とはちがっておとなしいもんですから。しかしご両人もとんだ災難でしたね。よりにもよってこんな時期にあそこに行き合うなんざぁ。
おっと、そういえばまだご挨拶をしていませんでしたね。えー、こほん。
お控えなすって。
てまえは紀伊国は御坊を流れる日高川をさかのぼることズンと奥、龍神の湯にて産湯をつかり、散々っぱら地元の衆に迷惑をかけたあげくに放逐されてこのかた、各地を風の向くまま気の向くまま。この地に流れついた半端者の渡世人、名を根津甚五郎左衛門丈正親と申しやす。以後、お見知りおきを」
任侠映画さながら。面と向かってそんな挨拶をされたおれと芽衣は、ぽかんとマヌケ面。
う~ん、挨拶も長ければ、名前も長い。
10
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