おじろよんぱく、何者?

月芝

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084 ドブさらいの日

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 見上げた空は小憎たらしいぐらいに、いい天気。
 雨が降るよりかはよっぽどマシだが、自分が汗水垂らして労働に勤しんでいることを加味すると、ちょっと複雑な気分になる。
 なぜおれはこんないい天気にもかからわず、しょうもない汚れ仕事なんぞをしているのか、と。

「うんとこしょのどっこいしょ」

 痛む腰をトントン叩きながら、おれは足元に転がっている白い土嚢袋を見下ろしタメ息。
 中からは黒い水がじんわりにじんでおり、それが筋となって自分の方へと流れてきたもので「うわっ」とあわてて跳びのく。

「まったく……。毎度毎度のことながら、これだけの砂がどこからやって来るのやら。どうでもいいモノばっかりじゃんじゃん貯まりやがる」

 おれこと尾白探偵、ぶつぶつ文句を垂れながら、ただいまドブさらいの真っ最中。
 側溝は定期的に掃除をしてやらないと、たちまち水の流れが悪くなってあふれたり、プーンと悪臭が漂ったり、夏にボウフラがわいたりする。
 だから高月中央商店街でも年に二度ほど定期的に行っている。
 しかしこれがたいそうめんどうくさい。
 スコップの先っぽがすんなり入る場所ならば作業は楽だが、そうじゃないところも多い。入り組んだやっかいな場所になると、それこそ地面に寝そべって片腕を突っ込んだりしなくちゃならない。
 水を含んだ汚泥は重く独特の異臭を放つ。これをせっせとかき出し、専用の袋に詰めて、所定の位置にまでえんやこらと運ぶ。
 そうやって側溝の底をほじくり返し、仕上げに市の方から配布される蚊のクスリを散布しておしまい。
 作業をする場所は商会長が各組合員に割り振る。
 けれどもみんながみんなドブさらいができるわけじゃない。
 まず高齢だとそれだけでムズカシイ。女性だと腕力的に厳しい。商売が繁盛しているところだと、そもそもそんな暇がない。かといって商売が繁盛していないところも、それはそれでやっぱり暇と余裕がない。
 かといってちゃんとやらないと商会長がおっかない。
 すぐ目の前にやるべきことがある。
 しかしやりたくない。
 あー困った困った。
 そんなニーズに応えるのが我が尾白探偵事務所。
 報酬はお金だったり、店の商品だったり、割引サービスだったり、貸しだったり、借りだったり、ツケだったり……といろいろ。
 おいおい、そんなのはもう探偵の仕事じゃないだろう。いっそのこと便利屋に転向したらどうだい?
 という声もちらほら聞こえてくるが、おれに言わせればこれもまた立派な探偵のお仕事。
 隣の人は何する人ぞという薄情な時代、インターネットで検索すれば拳銃の作り方までわかってしまう便利な世の中なれども、昔ながらの義理人情、地域とのつながりはあなどれない。
 うちは自他共に認める弱小事務所。いまどきホームぺージもなければ、積極的に広報活動もしていない。だがそれでもぼちぼち客が来て、どうにかやっていけている。
 それもこれもこういった地道な地域貢献活動が実を結んでいるから。
 きっかけはうちの事務所が入っている雑居ビルの花伝オーナー。
 あの化石ダヌキの因業ババアは、たんに面倒ごとを店子に押しつけただけであったが、それがクチコミで広がって「うちもお願い」「こっちも頼むよぉ」という依頼が舞い込むようになる。
 そうして出来た伝手が探偵業にも活かされているというわけだ。

  ◇

「四伯おじさーん、あっちの母玄もぐろさんのところの分、終わったよー」

 ひょこひょこ近づいてくるのは、ジャージのあちこちがドロだらけとなっているうちの助手。
 芽衣はクンクンと自分の袖のニオイをかいでは、「うっ」と顔をしかめている。
 ちなみに母玄とは商店街で古書店「知恵の森」を営んでいる白ひげの老店主のこと。その正体はフクロウである。

「おつかれ。こっちもいま終わったところだ。あとは『幸蔵』のところで今日は終いだから、ひと休みしたらとりかかるとしようか」
「おぉ、『幸蔵』ですか。あそこのシュークリーム、とっても美味しいんですよねえ。じゅるり」

 商店街にあるケーキショップ「幸蔵」は、ナゾの外国人パティシエールが作る洋菓子が絶品。どれも人気だが特にシュークリームは、はじめて手にした者がみな「うわっ、重っ」とおもわず目をみはらずにはいられないほどにクリームたっぷんたっぷん。
 別名クリーム爆弾とも呼ばれ、おいしいけれども食べるときに注意しないと危険。大惨事に見舞われる悪魔仕様。

  ◇

 自動販売機で買ったスポーツドリンクをグビグビ飲んで水分補給をしている芽衣。
 そのかたわらでおれは缶コーヒー片手にタバコをぷかぷか。

「にしてもいい天気だなぁ」
「ですよねえ。平和です」

 二人してぼんやり空を見上げていると、ちゅんちゅんちゅん、スズメたちが飛んでいる姿が目に入った。まるで空に溺れているかのよう。
 あっぷあっぷした余裕のない飛び方を見送っていると、芽衣が少し声のトーンを落とし言った。

「……ところで四伯おじさん。鬼って本当にいたんですね」

 芥川の上流域にてくり広げられた齧歯類どもの戦い、摂津峡の乱。
 その裏で暗躍していたオコジョ女が残した「鬼どもに気をつけろ」との言葉。
 あれ以来、芽衣もずっと引っかかっていたらしい。
 おれとしてはかかわるつもりは微塵もない。だからどうでもいいとあしらいたいところだが、こっちをじーっと見つめるタヌキ娘の瞳がそれを許してくれそうにない。
 しょうがないのでおれはいったんタバコの火を消し、自分が知っているかぎりのことについて教えてやることにした。


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