おじろよんぱく、何者?

月芝

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088 ハイヒールとスニーカー

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 高月中央商店街から南方面へ路地を抜け、六分ばかしおっちら歩けば国道に出る。これが市内を横断しているもっとも大きな道路。
 そこを渡ってさらに五分ばかし南下すると、コンサートなどが行える市民ホール、いまどき珍しい野球をメインにした市営グランド、夏場のみやっている市営プールなどが固まっている区画があり、そのすぐそばに城跡公園なるモノもある。
 戦国乱世の時代、その公園のあった場所には城があったらしい。
 小さいながらもお堀もあったという高月の城。
 世の中がバブルの好景気に浮かれてダバダバ踊り狂っていた時期には、金にあかせて「城を再建して観光の目玉にしよう!」なんぞという阿呆な計画もあったという。
 だがさいわいなるかな、良識ある市議たちの反対のおかげで阻止された。
 なんでも良識ある市議たちは議会で声高にこう言ったそうだ。

「府下にはビリケンさんを祀る通天閣があり、アリゲーターガーとヌートリアが悠然と泳いでいる大きなお掘りと、見上げるほどのごっつい石垣にエレベーター付きにて立派な天守閣まで持つ大阪城もある。京都に行けば右を向いても左を見ても腐るほどの寺社仏閣に、駅前には妙ちきりんなタワーまであるというのに、どこの物好きがわざわざ高月のしょぼい城なんぞ見に来るものか!」

 まさにぐぅの音もでない真っ当なご指摘。
 推進派はハッと我に返ったという。
 ちなみにアリゲーターガーとは、北アメリカ大陸最大の淡水魚。大きくなるとヘタなカヌーよりもデカくなる。なお、食べれないこともないがクソマズイ。特定外来生物の指定を受けている。
 ヌートリアとはネズミの親戚で、別名沼タヌキ。南アメリカ産で毛皮目的で輸入飼育されたものが野生化したというお決まりのコースを辿った動物。水辺で暮らす泳ぎの達者な連中。肉はイノシシっぽくて美味らしい。
 泳いでる姿はわりと愛らしいのだが、そう見えてじつは「世界の侵略的外来種ワースト100」および「日本の侵略的外来種ワースト100」にランクインしているツワモノ。

  ◇

 深夜の城跡公園。
 浅い小川が流れている園内。その脇に設置されてある東屋。
 屋根の下にあるベンチに腰かけておれはタバコをふかし、芽衣はホットココアの缶をすすっている。
 ぼんやりタバコの火を眺めていたら、煙が風もないのに揺れた。
 どうやら待ち人がきたらしい。
 おれは携帯灰皿に吸い殻をねじ込み腰を浮かせる。それに合わせて芽衣も立ち上がる。

「四伯おじさん、あそこ」

 芽衣の指差した方に顔を向けたら、園内に設置された照明灯にもたれかかっている白のタキシード姿。
 怪盗ワンヒール。
 狙いを定めた見目麗しき女性のハイヒール、その片方だけを奪うドロボウ。
 やっていることは変態なくせしてキザな仕草は堂に入っており、まるでどこぞの歌劇団の役者のよう。それでいて盗みの手口は大胆かつ華麗。ハイヒールのみならずときには持ち主のハートまで盗んでいくとんでもない野郎。
 便宜上、野郎とはいったが、変装の名人でもあり本当の性別は不明。
 それでいて狸是螺舞流武闘術(りぜらぶるぶとうじゅつ)の達人である芽衣が放った渾身の突きをもひらりとかわすことから、武芸の腕も相当なものと推察される。
 我が尾白探偵事務所とは因縁浅からぬ間柄にて、これまでに三度対決しているがすべてうちの敗北に終わっている。

 あいもかわらずの神出鬼没っぷり。どこからあらわれたのか皆目見当もつかない。
 おれが内心であきれつつも「さすが」と感心していたら、ふたたび芽衣が「四伯おじさん、向こうの木のところ」と報せてきた。
 園内に植えられた松の陰にたたずむ人物。
 緑色のパーカーに、黒の目指し帽、ジーンズに緑のラインが入ったスニーカーを履いた格好をした、たぶん男。
 その姿があの絵、スニーカーを履いたカメレオンと重なる。
 怪人インソール。
 巷の運動部女子たちを恐怖のどん底に叩き落している新進気鋭のナゾの変態。
 全身から陽炎のごとくゆらめき立ち昇る気焔は闇の黒。目指し帽の奥から突き刺さるような視線が向けられているのは、照明灯にもたれる白のタキシード姿。

 怪盗と怪人と探偵。
 今宵この場に集うことになった原因は、芽衣が怪盗ワンヒールの応援サイトの掲示板に書き込んだ一文。

『怪盗ワンヒールと怪人インソール、どっちが上かなぁ』

 これを起因として大炎上したわけだが、なんやかやあるうちに「だったら正々堂々と雌雄を決しようではないか」という流れになる。
 で、なぜだか街の探偵さんまでもが変態同士の戦いに呼ばれた。
 理由は「光には影が寄り添うように、怪盗には探偵がつきものなのさ」「障害がなければ張り合いがない」と二人の変態の思惑が一致したため。
 ちっ、共倒れにて漁夫の利を狙おうとする目論見がハズレてしまった。

  ◇

 マントをばさりとひるがえし、颯爽と夜の公園を歩く怪盗ワンヒール。
 なんら臆することもなく、こちらの前までくるなり一通の封筒をとり出した。
 拳を握っている芽衣がちらりとこっちを見てきたが、おれは小さく首をふる。
 ヤツから渡されるままにおれは封筒を受けとった。
 怪盗ワンヒールはそのまま今度は松の木陰に半ば埋もれている緑のパーカーのところへ。
 同様に封筒を手渡しながら怪盗は芝居がかった調子で言った。

「封筒の中にはターゲットと定めた三人の女性たちの写真が入っている。彼女たちからまんまと獲物を盗み出せば私の勝ち、そんな私よりも先に彼女たちから中敷きを盗み出せば怪人インソールくんの勝ち、それらを阻止できれば尾白探偵の勝ち、という三番勝負でどうだろう」

 怪盗ワンヒールからの勝負方法の提示。
 怪人インソールはよほど自信があるのか「いいだろう」と即座に応じる。巻き込まれたうちとしては否も応もなく、うなづくしかない。
 だがここで芽衣が機転を利かせた。

「それだとうちにメリットがありません。そこで提案します。勝負に負けた方は、いさぎよくすっぱり引退するというのはどうでしょうか」

 これに「ほぅ」と愉快そうに目元を細めたのは怪盗ワンヒール。
 一方で怪人インソールは「ぐっ」とノドと詰まらせた。
 と、ここで芽衣がさらにひと押し。

「あれぇ、もしかして自信がありませんかぁ。だったらしようがありませんけどぉ」

 女子高生のタヌキ娘からの小馬鹿にされた物言い。
 カチンときた怪人インソールが「わかった。やってやる」と応じたところで、ちゃっかり今の音声をスマートフォンで録音していた芽衣がにっこり。

「契約成立です」

 話がまとまったところで、二人の変態は夜陰の彼方に溶けるようにして消え、残された探偵と助手はにんまり。
 グッジョブ、芽衣! これでどう転ぼうが変態が一人減るぜ。


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