おじろよんぱく、何者?

月芝

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113 タイガー逃亡

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 呉服店「阿紫屋」の女主人、出灰竜胆との会話を終えたとたんに緊張がとけたせいか、どっと疲れが出る。
 寄る年波には勝てない尾白探偵。無理をしても危ないと判断し、このまま淡河パーキングエリアにて休憩していくことにする。
 で、軽く仮眠のつもりだったのに芽衣と二人そろってグースカ高いびき。
 気がついたらすっかり夜が明けていた。

 トラック野郎相手に夜通しやってるパーキングエリア内の食事処にて、おれは焼き鮭とタマゴと味噌汁と海苔という組み合わせの定食を、芽衣は季節限定メニューだという坦々麺とチャーハンのセットにて、朝食をすましてから帰路につく。

  ◇

 仕事が片づいた開放感にて、ふんふん鼻歌まじりにてハンドルを握る。
 芽衣はかちゃかちゃとカーラジオのチャンネルをいじっている。するとニュースが放送されているのが耳に入ってきた。
 ふだんであればニュースなんぞに興味を示さない芽衣。しかしこのときはおれともどもじっと聞き入っている。
 なにせ「動物園からトラが姿を消した」なんて流れてきたら、誰だってギョッとなる。

「逃げ出したんでしょうか、四伯おじさん」

 大型肉食獣が市中に解き放たれる。
 B級パニック映画みたいな設定に芽衣は心配顔。
 けれどもおれは「ハハハハ」と笑い飛ばす。

「まさか、身軽なサルどもじゃあるまいし。あのデカい図体ではムリムリ」
「でも化けてだったら」
「それこそありえねえ。化け術が使える連中は、動物園側とはなからグルだ。ちゃんと雇用契約を結んで働いているれっきとした正社員。定期的に休みはあるし、ボーナスもでるし。わざわざ檻を破って逃げる必要がねえ」
「えぇっ、そうだったんですか?」
「そうだぞー。特にトラとかゴリラとか希少な動物は、どこでも引く手あまただからな。それでいてまともに飼育するとべらぼうに金がかかる。その点、化け術で人間になれると必要コストが格段に下がるからな。かなり高額な給料を払ってもぜんぜん安上がりときてる。
 芽衣、おまえは知らないだろうが、パンダとかが月給にどれだけもらっているか聞いたら、二度と無邪気にかわいいとか言えなくなるからな」

 ぶっちゃけこうやってコツコツまじめに働いているのがバカらしくなるほどに、うらやまけしからん高収入。
 たまにスナックや居酒屋とかでべろんべろんに酔っぱらっているおっさんが「あーあ、今度生まれ変わるのならば、俺はパンダがいいなぁ。喰っちゃ寝しているだけで若い娘たちからキャアキャアいわれて、ちやほやされるんだもの」とかほざいていることがあるけれど、おれもなれるものであればパンダに産まれたかったものである。
 あと某大国において高額納税者の一画をパンダどもが占めているのは、知る人ぞ知る情報だ。あそこの今日の繁栄はパンダどもが獲得した外貨によってもたらされたといっても過言ではない。

「だったら四伯おじさんはどうして動物園に就職しなかったんですか?」
「出来るものならばおれも入りたかったよ。だが学術的によくわからんモノは展示できないんだとよ」
「ふーん。『未知の新種発見!』とか大々的に謳ったらけっこうイケそうな気がするんですけど」
「甘い甘い。一発屋で終わるのが関の山だろう。世の中なんだかんだでビジュアルなんだよ。女子ウケする見た目、今風でいえば映えってやつだ。そういった華のないやつに大衆は興味を示さない。動物園も商売だからな。来園客の増加が見込めないのに博打はしないさ」
「そんなもんですか」
「そんなもんだよ」

 休日に家族で動物園を訪れている親子連れには絶対に聞かせられないような話をしつつ、ゆるゆる車を走らせ、昼前には高月に到着。
 ただしインターチェンジを降りて国道と合流している地点が混んでおり、手間取った。ふだんならば二十分もかからない距離を移動するのに、まさか倍も時間がかかるだなんて!
 そのせいでレンタカーを返却して探偵事務所が入っている雑居ビルの前まで来た時には、昼の一時ちょい過ぎとなってしまう。

「ふぅ、荷物を置いたら何か食いに行くか」
「だったらパスタがいいです。兎梅デパートに新しいお店が入ったって」
「パスタねえ。若い娘は本当にイタリアンが好きだよなぁ」

 なんぞという会話をしつつ事務所の扉をガチャリとあけたら、とたんに全身の毛が逆立ち、肌があわ立ち、ゾゾゾゾゾ。
 芽衣も似たような反応。
 いかにも出るぞといわんばかりであったお札満載の旅館では何も感じなかったおれたちが、たちまち冷や汗にてピキリと固まった。
 それもしようがない。
 なにせ視線の先、尾白探偵事務所の来客用のソファーにて悠然と寝そべり、長いシマシマの尻尾をぷらぷらしている巨大な獣がいるんだもの。
 あー、そういえばさっきラジオのニュースでトラが消えたとかなんとか……。
 っていうか、何でそいつがうちにいるっ!


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