おじろよんぱく、何者?

月芝

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153 禍つ風

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 近頃、夜の高月の街がちょいと騒がしい。
 不穏な事件が続発しているからだ。
 腕に覚えアリの連中が次々と闇討ちにあっている。
 目撃証言から、犯人は黒のライダースーツの女らしい。だが、フルフェイスのヘルメットで顔を隠しており年齢や正体はわからない。
 ただべらぼうに身体能力が高く、動きは疾風迅雷のごとし。
 倒された面々は口をそろえて「いつ自分が攻撃を受けたのかまるでわからなかった」と語っている。
 気配なく夜の闇からあらわれては、災いを運び、風のようにかき消える。
 その神出鬼没ぶりから、いつしか「禍つ風(まがつかぜ)」との仇名で呼ばれるようになった襲撃者。

 事務所の入り口で帰り際の安倍野京香と遭遇した芽衣とタエちゃん。
 女刑事が不機嫌だった理由を尾白より聞いて「へー」「いまどき武者修行かよ? 古風なヤツだな」との反応を示す二人。

「カラス女の話だと、どうやら犯人は誰かれかまわず闇雲に襲っているわけじゃなさそうだ。少なくとも相手をちゃんと選んでいる」

 腕っぷし自慢のケンカ上等なヤンキーイタチたち。
 獣空手の有段者であるトラック野郎のクマ。
 千祭史郎のところで働いている強面ブルドック。
 他にも五人ばかりすでにやられている。
 犠牲者を指折り数えつつ尾白が嘆息。

「仲間をやられた連中が血眼になって犯人を探しているから、おかげで夜の街がピリピリしちまって居心地が悪いったらありゃしない」

 怒り心頭にてすっかり頭に血がのぼっている猛者ども。
 そんなのが徒党を組んで夜の巷を徘徊しているせいで、いらぬ諍いもずんずん急増中。
 おかげで高月警察署の方でも出動する機会が増えており、対応に苦慮しているところ。
 儲かってホクホク顔なのは、急患が運ばれてくる診療所を営む光瀬菜穂女医ばかりなり。

「倒された順番から察するに、ヤンキー狩りにはじまって、じょじょに対戦相手の強度をあげているようだ。『禍つ風』とかいうヤツが最終的にどのあたりで満足するのかはわからないが、芽衣とタエちゃんも用心しておけよ」

 狙われる可能性があると女刑事だけでなく探偵からも告げられ、芽衣は「大丈夫です。基本的に仕事でないかぎり、わたしは夜は出歩きませんので」と答え、タエちゃんは「めんどくせえ」と吐き捨てた。

  ◇

 予定外の出来事があっていささか話がそれるも、当初の予定通り尾白に弟のことを「よろしく」と頼んだタエちゃん。しばし歓談ののちに一人先に探偵事務所を辞去する。
 自宅への帰り道。
 暮れなずむ街を横目に堤防沿いの遊歩道を歩く。
 本日は両親ともに残業にて夕食の準備を任されているタエちゃん。
 ぼんやり「今夜は何にするかな。望の好きなハヤシライスにしようか。それともお好み焼きに」とか考えていると……。

 ドカ、バキ、ガッ。

 耳が不穏な音を拾い、はっとして立ち止まり周囲をキョロキョロ。

「誰かが争っている?」

 ついさっき聞かされた襲撃者の話が脳裏をよぎった金髪リーゼント。考えるよりも先に体が動いていた。
 土手の斜面をいっきに駆け下りる。
 向かったのは河原の橋架下。
 周囲から死角になっており、ちょいちょい不法投棄が問題になっているところ。もっともそれらをオモチャにする近所のガキどもにとっては、いい遊び場なのだが……。

 ひたひたと夕闇迫る中にのびた五つの人影。
 うち三つは地面に倒れている。
 残り二つのうち、一方は片膝をつき、もう一方がそれを見下ろしている。
 黒づくめの襲撃者。その姿は尾白から聞いたまんまにて、タエちゃんは自然と「禍つ風」との仇名をつぶやいていた。
 禍つ風の右のカカトが高らかに上がっている。
 それが狙っていたのは膝をついている相手の脳天。
 このままだと間に合わないと判断したタエちゃん、手にあった薄いカバンをフリスビーの要領で投げつける。
 それを足技にて難なく処理する禍つ風。
 けれどもその隙に標的とされていた男の襟首を掴んだタエちゃんが、強引に後方へとぶん投げ救出に成功する。

 かくして高月の巷を騒がす禍つ風と、高月東高校の金髪リーゼント娘であるヘビ女の白妙幸が意図せずして対峙することになった。

  ◇

 にらみ合いながらジリジリと動いている両者。
 互いに間合いを確認しつつ、戦いへの気運を高めてゆく。

 タエちゃんは正式に武術を習ってはいない。
 だがそれゆえに型や流儀などに縛られることなく、いろんな武術を自分なりに解釈し、アレンジ吸収、独自のスタイルへ昇華させ現在へと至っている。ことケンカでは近年負け知らず。
 洲本芽衣なるタヌキ娘が芝右衛門の一族の女子にのみ継承される狸是螺舞流武闘術(りぜらぶるぶとうじゅつ)によって、純粋培養された秘めた花だとすれば、白妙幸という女は野に咲き誇る花。
 どちらが上だとか下だとかではない。
 どちらが強いとか弱いでもない。
 育った環境、開花するまでに至った道筋がまるでちがうということ。
 そういった意味では白妙幸はある種の天才とも言えよう。もしかしたらタエちゃんのような者こそが、後の世にて開祖と呼ばれる人物になるのかもしれない。

 これと対する禍つ風。
 突然の乱入者に動じることもなく、静かに佇んでいた。
 左右の前腕に装着された黒い手甲、その表面が不気味に鈍く光る。


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