153 / 1,029
153 禍つ風
しおりを挟む近頃、夜の高月の街がちょいと騒がしい。
不穏な事件が続発しているからだ。
腕に覚えアリの連中が次々と闇討ちにあっている。
目撃証言から、犯人は黒のライダースーツの女らしい。だが、フルフェイスのヘルメットで顔を隠しており年齢や正体はわからない。
ただべらぼうに身体能力が高く、動きは疾風迅雷のごとし。
倒された面々は口をそろえて「いつ自分が攻撃を受けたのかまるでわからなかった」と語っている。
気配なく夜の闇からあらわれては、災いを運び、風のようにかき消える。
その神出鬼没ぶりから、いつしか「禍つ風」との仇名で呼ばれるようになった襲撃者。
事務所の入り口で帰り際の安倍野京香と遭遇した芽衣とタエちゃん。
女刑事が不機嫌だった理由を尾白より聞いて「へー」「いまどき武者修行かよ? 古風なヤツだな」との反応を示す二人。
「カラス女の話だと、どうやら犯人は誰かれかまわず闇雲に襲っているわけじゃなさそうだ。少なくとも相手をちゃんと選んでいる」
腕っぷし自慢のケンカ上等なヤンキーイタチたち。
獣空手の有段者であるトラック野郎のクマ。
千祭史郎のところで働いている強面ブルドック。
他にも五人ばかりすでにやられている。
犠牲者を指折り数えつつ尾白が嘆息。
「仲間をやられた連中が血眼になって犯人を探しているから、おかげで夜の街がピリピリしちまって居心地が悪いったらありゃしない」
怒り心頭にてすっかり頭に血がのぼっている猛者ども。
そんなのが徒党を組んで夜の巷を徘徊しているせいで、いらぬ諍いもずんずん急増中。
おかげで高月警察署の方でも出動する機会が増えており、対応に苦慮しているところ。
儲かってホクホク顔なのは、急患が運ばれてくる診療所を営む光瀬菜穂女医ばかりなり。
「倒された順番から察するに、ヤンキー狩りにはじまって、じょじょに対戦相手の強度をあげているようだ。『禍つ風』とかいうヤツが最終的にどのあたりで満足するのかはわからないが、芽衣とタエちゃんも用心しておけよ」
狙われる可能性があると女刑事だけでなく探偵からも告げられ、芽衣は「大丈夫です。基本的に仕事でないかぎり、わたしは夜は出歩きませんので」と答え、タエちゃんは「めんどくせえ」と吐き捨てた。
◇
予定外の出来事があっていささか話がそれるも、当初の予定通り尾白に弟のことを「よろしく」と頼んだタエちゃん。しばし歓談ののちに一人先に探偵事務所を辞去する。
自宅への帰り道。
暮れなずむ街を横目に堤防沿いの遊歩道を歩く。
本日は両親ともに残業にて夕食の準備を任されているタエちゃん。
ぼんやり「今夜は何にするかな。望の好きなハヤシライスにしようか。それともお好み焼きに」とか考えていると……。
ドカ、バキ、ガッ。
耳が不穏な音を拾い、はっとして立ち止まり周囲をキョロキョロ。
「誰かが争っている?」
ついさっき聞かされた襲撃者の話が脳裏をよぎった金髪リーゼント。考えるよりも先に体が動いていた。
土手の斜面をいっきに駆け下りる。
向かったのは河原の橋架下。
周囲から死角になっており、ちょいちょい不法投棄が問題になっているところ。もっともそれらをオモチャにする近所のガキどもにとっては、いい遊び場なのだが……。
ひたひたと夕闇迫る中にのびた五つの人影。
うち三つは地面に倒れている。
残り二つのうち、一方は片膝をつき、もう一方がそれを見下ろしている。
黒づくめの襲撃者。その姿は尾白から聞いたまんまにて、タエちゃんは自然と「禍つ風」との仇名をつぶやいていた。
禍つ風の右のカカトが高らかに上がっている。
それが狙っていたのは膝をついている相手の脳天。
このままだと間に合わないと判断したタエちゃん、手にあった薄いカバンをフリスビーの要領で投げつける。
それを足技にて難なく処理する禍つ風。
けれどもその隙に標的とされていた男の襟首を掴んだタエちゃんが、強引に後方へとぶん投げ救出に成功する。
かくして高月の巷を騒がす禍つ風と、高月東高校の金髪リーゼント娘であるヘビ女の白妙幸が意図せずして対峙することになった。
◇
にらみ合いながらジリジリと動いている両者。
互いに間合いを確認しつつ、戦いへの気運を高めてゆく。
タエちゃんは正式に武術を習ってはいない。
だがそれゆえに型や流儀などに縛られることなく、いろんな武術を自分なりに解釈し、アレンジ吸収、独自のスタイルへ昇華させ現在へと至っている。ことケンカでは近年負け知らず。
洲本芽衣なるタヌキ娘が芝右衛門の一族の女子にのみ継承される狸是螺舞流武闘術によって、純粋培養された秘めた花だとすれば、白妙幸という女は野に咲き誇る花。
どちらが上だとか下だとかではない。
どちらが強いとか弱いでもない。
育った環境、開花するまでに至った道筋がまるでちがうということ。
そういった意味では白妙幸はある種の天才とも言えよう。もしかしたらタエちゃんのような者こそが、後の世にて開祖と呼ばれる人物になるのかもしれない。
これと対する禍つ風。
突然の乱入者に動じることもなく、静かに佇んでいた。
左右の前腕に装着された黒い手甲、その表面が不気味に鈍く光る。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
はずれスキル念動力(ただしレベルMAX)で無双する~手をかざすだけです。詠唱とか必殺技とかいりません。念じるだけで倒せます~
さとう
ファンタジー
10歳になると、誰もがもらえるスキル。
キネーシス公爵家の長男、エルクがもらったスキルは『念動力』……ちょっとした物を引き寄せるだけの、はずれスキルだった。
弟のロシュオは『剣聖』、妹のサリッサは『魔聖』とレアなスキルをもらい、エルクの居場所は失われてしまう。そんなある日、後継者を決めるため、ロシュオと決闘をすることになったエルク。だが……その決闘は、エルクを除いた公爵家が仕組んだ『処刑』だった。
偶然の『事故』により、エルクは生死の境をさまよう。死にかけたエルクの魂が向かったのは『生と死の狭間』という不思議な空間で、そこにいた『神様』の気まぐれにより、エルクは自分を鍛えなおすことに。
二千年という長い時間、エルクは『念動力』を鍛えまくる。
現世に戻ったエルクは、十六歳になって目を覚ました。
はずれスキル『念動力』……ただしレベルMAXの力で無双する!!
いいえ、望んでいません
わらびもち
恋愛
「お前を愛することはない!」
結婚初日、お決まりの台詞を吐かれ、別邸へと押し込まれた新妻ジュリエッタ。
だが彼女はそんな扱いに傷つくこともない。
なぜなら彼女は―――
結婚前夜に婚約破棄されたけど、おかげでポイントがたまって溺愛されて最高に幸せです❤
凪子
恋愛
私はローラ・クイーンズ、16歳。前世は喪女、現世はクイーンズ公爵家の公爵令嬢です。
幼いころからの婚約者・アレックス様との結婚間近……だったのだけど、従妹のアンナにあの手この手で奪われてしまい、婚約破棄になってしまいました。
でも、大丈夫。私には秘密の『ポイント帳』があるのです!
ポイントがたまると、『いいこと』がたくさん起こって……?
蔑ろにされましたが実は聖女でした ー できない、やめておけ、あなたには無理という言葉は全て覆させていただきます! ー
みーしゃ
ファンタジー
生まれつきMPが1しかないカテリーナは、義母や義妹たちからイジメられ、ないがしろにされた生活を送っていた。しかし、本をきっかけに女神への信仰と勉強を始め、イケメンで優秀な兄の力も借りて、宮廷大学への入学を目指す。
魔法が使えなくても、何かできる事はあるはず。
人生を変え、自分にできることを探すため、カテリーナの挑戦が始まる。
そして、カテリーナの行動により、周囲の認識は彼女を聖女へと変えていくのだった。
物語は、後期ビザンツ帝国時代に似た、魔物や魔法が存在する異世界です。だんだんと逆ハーレムな展開になっていきます。
復讐のための五つの方法
炭田おと
恋愛
皇后として皇帝カエキリウスのもとに嫁いだイネスは、カエキリウスに愛人ルジェナがいることを知った。皇宮ではルジェナが権威を誇示していて、イネスは肩身が狭い思いをすることになる。
それでも耐えていたイネスだったが、父親に反逆の罪を着せられ、家族も、彼女自身も、処断されることが決まった。
グレゴリウス卿の手を借りて、一人生き残ったイネスは復讐を誓う。
72話で完結です。
にゃんとワンダフルDAYS
月芝
児童書・童話
仲のいい友達と遊んだ帰り道。
小学五年生の音苗和香は気になるクラスの男子と急接近したもので、ドキドキ。
頬を赤らめながら家へと向かっていたら、不意に胸が苦しくなって……
ついにはめまいがして、クラクラへたり込んでしまう。
で、気づいたときには、なぜだかネコの姿になっていた!
「にゃんにゃこれーっ!」
パニックを起こす和香、なのに母や祖母は「あらまぁ」「おやおや」
この異常事態を平然と受け入れていた。
ヒロインの身に起きた奇天烈な現象。
明かさられる一族の秘密。
御所さまなる存在。
猫になったり、動物たちと交流したり、妖しいアレに絡まれたり。
ときにはピンチにも見舞われ、あわやな場面も!
でもそんな和香の前に颯爽とあらわれるヒーロー。
白いシェパード――ホワイトナイトさまも登場したりして。
ひょんなことから人とネコ、二つの世界を行ったり来たり。
和香の周囲では様々な騒動が巻き起こる。
メルヘンチックだけれども現実はそう甘くない!?
少女のちょっと不思議な冒険譚、ここに開幕です。
ゴミ鑑定だと追放された元研究者、神眼と植物知識で異世界最高の商会を立ち上げます
黒崎隼人
ファンタジー
元植物学の研究者、相川慧(あいかわ けい)が転生して得たのは【素材鑑定】スキル。――しかし、その効果は素材の名前しか分からず「ゴミ鑑定」と蔑まれる日々。所属ギルド「紅蓮の牙」では、ギルドマスターの息子・ダリオに無能と罵られ、ついには濡れ衣を着せられて追放されてしまう。
だが、それは全ての始まりだった! 誰にも理解されなかったゴミスキルは、慧の知識と経験によって【神眼鑑定】へと進化! それは、素材に隠された真の効果や、奇跡の組み合わせ(レシピ)すら見抜く超チートスキルだったのだ!
捨てられていたガラクタ素材から伝説級ポーションを錬金し、瞬く間に大金持ちに! 慕ってくれる仲間と大商会を立ち上げ、追放された男が、今、圧倒的な知識と生産力で成り上がる! 一方、慧を追い出した元ギルドは、偽物の薬草のせいで自滅の道をたどり……?
無能と蔑まれた生産職の、痛快無比なざまぁ&成り上がりファンタジー、ここに開幕!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる