おじろよんぱく、何者?

月芝

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157 禍つ風と探偵

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 複数の団体と警察がくんずほぐれつしている建物から逃走することに成功。
 こんなこともあろうかと、二階の窓から垂らしておいた脱出用のロープが役に立った。
 国道の交差点まで周囲を気にしながら足早やに移動し、追尾されている恐れがないことを確認したところで、ようやく「やれやれ」とひと息つく。
 目の前には横断歩道と歩道橋。
 いつもならばぼんやり信号が変わるのを待つのだが、なにせここは交通量が多いからなかなか青に変わらない。
 身に覚えのある逃亡者の心理としては一刻も早く現場から遠ざかりたい。
 そこでおれは歩道橋の階段へと足を向けた。
 おっちらのぼり終えたところで腰をトントン。どれ、タバコでも吸おうかとジャケットの内ポケットに右手を突っ込んだところでおれは固まる。
 四車線の国道の上空を横断するために真っ直ぐ向こう側へとのびた歩道橋の通路。
 その前方に黒い人影がいたからである。
 黒のフルフェイスのヘルメット、黒のライダースーツ、黒のブーツ、そして両の腕には鈍く黒光りしている手甲……。

「禍つ風」

 やつの仇名を口の中でつぶやき、おれは内心で舌打ち。
 くそっ、どうやら釣られたのは追手だけじゃなかったらしい。
 こちらにその意図はなかったのだが、アイツにしてみれば自分の名前を語って挑発することで当人を誘い出す罠かと勘繰ったのか。しかしまいったな、コイツは想定外だ。
 どうする? おれは依頼を受けて動く探偵だ。正義の味方なんかじゃない。
 っていうか、禍つ風の狙いは腕に覚えアリの猛者のはず。なのにどうしておっさんの前に姿をあらわす。
 尾白探偵は冴え渡る推理と化け術には定評があるものの、荒事はそれほど得意ではない。
 だからすたこらさっさと逃げようと機会をうかがうも、あいにくの一本道。逃げ道は後方のみ。だがそれだけはダメだ。襲ってくる獣に対して背を向ける? そんなのは自殺行為。だったら……。

 禍つ風が駆け出した。
 速い! あっという間に距離を詰められる。
 迷っている暇はない。おれが懐より取り出したのはタバコ……ではなくて、痴漢撃退用スプレー。さっき仕掛けた罠の残り。
 そいつを正面から向けられても禍つ風の勢いはそのまま。
 なぜならヤツはフルフェイスのヘルメットにて頭部をがっちりガードしているから。スプレーの直撃を受けたとてへっちゃら。
 が、ヤツがそう考えることこそがおれの狙い。
 右手にてスプレーを構える一方で、左手にて上着のポケットから取り出したのは百円ライター。

「秘技、火遁の術っ」

 良い子は絶対にマネしちゃダメ!
 な卑劣な火炎攻撃。
 ぶっちゃけ火力はたいしたことない。ほんの一瞬のみのスプレー散布ということもあり、当たったところでせいぜい髪の毛の先っぽが焦げる程度。
 それでも眼前にいきなり火が出現すれば、誰だってビビる。もしくは体の方が否応なしに反応してしまう。ましてや一定以上の武を収めた身ならばなおさら。
 さすがにこれには驚いたらしい禍つ風。両腕の手甲にて顔を庇う仕草をとり、後方へと大きく飛び退る。
 軽やかに歩道橋の縁に着地した禍つ風、そのまま後方宙返りを二度ばかし披露する。細い平均台の上を自在に舞う新体操の選手のごとし。
 軽やかかつ華麗な動き。まさに重力の楔から解き放たれているかのよう。
 けれども彼女が顔をあげたときには、すでに探偵の姿は歩道橋の上から失せていた。
 キョロキョロと探すもどこにも見当たらない。
 するとそこにハイヒールの音がコツンコツンと聞こえてきた。
 どうやら誰かが階段をのぼってきているらしい。
 ギュッと拳を握った禍つ風はきびすを返す。

  ◇

 一方でおれは「ふぃー」とぐったり。
 火で目くらましをした直後、おれがドロンと化けたのは歩道橋の通路の床。
 薄皮を一枚重ねるようにしてべちゃあと這いつくばる。
 日中ならばともかく夜では、ぱっと見には見分けがつかない。
 おかげでどうにかやり過ごせたものの冷や汗びっしょり。まるで生きた心地がしなかった。だが窮地は脱する。
 だから化け術を解いたのだけれども、とたんに背中にムギュッときて鋭い激痛が!
 痛みの正体はハイヒールのカカト。
 いきなり踏まれておれはびっくり! そしてスマートフォンのながら歩きをしていた女性もヘンなモノを踏んでびっくり!

「あっ」「えっ」

 二人の戸惑いが期せずして重なる。
 そして直後に女性のノドの奥よりほとばしったのは「きゃーっ! 変態っ」という絹を裂くような悲鳴。
 おれは誠心誠意「誤解だ」と伝えようとするも興奮している女性はまるで聞く耳をもたない。
 そして間の悪いことに、その女性の同僚とおぼしき男性が声を聞きつけて「何かあったのか」と颯爽と駆けつけたものだから、さぁたいへん!
 不運の尾白探偵は高月警察署にご招待されるハメに……。

「冤罪だーっ、おれは無実だ。何もしちゃいねえ」
「あー、はいはい。みんなそう言うんだよね。話は署の方でじっくり聞くから」

 パトカーに押し込まれるおれとは対照的に、いい雰囲気になっている男女。

「なんかいろいろ納得がいかねーっ!」

 おっさんの魂の叫びはパトカーのドアを閉める音で遮断される。
 バタン。


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