おじろよんぱく、何者?

月芝

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165 六尾、阿修羅

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 真っ直ぐに伸びた廊下を並走して駆ける二人。

「狐崑九尾羅刃拳、五尾」

 両腕の打撃に加えて蹴りを織り交ぜた連撃。
 キツネ娘が乱れ舞う。

「狸是螺舞流武闘術、突の型、釣り鐘砕き」

 急所を容赦なくえぐる拳打。肘から手首へと加えられたひねりにより、瞬発力と破壊力が劇的に増している。
 これによって襲い来るキツネ娘の手足をはじき、いなし、ときに反撃を試みるタヌキ娘。
 双方が攻撃を放つたびに、周囲の壁に裂傷が生じ、床がひび割れ、窓のガラスが割れる。
 しばし破壊の嵐が吹き荒れたのちに、ほぼ同じタイミングでパッと離れた二人。
 ふたたびどちらからともなく走り出す。
 追いつ、追われつ、ときには立ち止まって拳を交え、くんずほぐれつ、また駆ける。
 床のみならず壁や天井をも足場とし、廊下という地形を立体的に活用する禍つ風。
 一方の芽衣は散乱する瓦礫などの障害物をものともせずに突き進む。
 キツネ娘を周囲を席捲する竜巻とするなら、タヌキ娘は怒涛の津波。

「この手数でも余裕でついてきますか、さすがです芽衣さん」

 称賛しつつ唐突に進路をかえた禍つ風。
 彼女が入ったのは女子トイレである。
 個室が並ぶオーソドックスな造り。内部はけっして広くはない。いかに自在に空間を移動する禍つ風とて、行動にかなりの制約を受ける。なのにそんな場所に自ら飛び込んだ。袋のネズミならぬキツネ。
 明らかに誘いである。
 だが芽衣は逡巡することなくこれに応じた。
 あとを追って女子トイレへと突入。
 が、先に入ったはずのキツネ娘の姿がどこにもいない。
 天井、個室、扉の陰、すばやく視線を走らせ確認するもやはりいない。いったいどこに消えた?
 禍つ風の身は入り口付近の天井にあった。
 飛び込んだ直後に洗面台を蹴って跳ね、天井の隅の暗がりへと張り付いていたのである。
 獲物が眼下を抜けて罠の中へと入るのを見届けてから、禍つ風はひらりと音もなく舞い降りる。

「狐崑九尾羅刃拳、六尾っ!」

 発動された技はこれまでとは次元がちがうモノ。
 あまりの手数と速さゆえに、左右の腕が三本ずつ、計六本に見えることから阿修羅とも呼ばれている。加えて肘から先が柔軟に変化し、突き、薙ぎ、拳打、掌底、掴み、などが織り交ぜられて、連携のバリエーションの幅までもが格段に増している。
 唯一の欠点は速射砲のような状態となるゆえに、自慢の足を止めて踏ん張る必要があること。だが機動力すらも攻撃に転化することで火力を大幅にアップ。
 タヌキ娘を逃げ場のない狭い場所に誘い込んだのは、六尾による手数にて圧殺するため!

 風が吹いた。
 じょじょに強くなっていく。
 じきに荒れた日の海風のようになり、街路樹をなぎ倒す突風となり、ガレージや瓦屋根を吹き飛ばす暴風となり、ついには台風となる。
 嵐の渦中に呑み込まれたタヌキ娘も懸命に立ち向かっていたが、ついに均衡が崩れる。
 一の拳を放つうちに二の突きが返り、二の拳を放つうちに四の手刀が閃く、三の拳を放てば六の掌底が、四の拳を放てば八の……といった具合に数に蹂躙され封殺されてゆく。
 打ち合いでは勝てないと判断したタヌキ娘は攻撃を捨て、防御に徹する。両腕を顔の前にかかげ城門を閉じるようにがっちり固めてガード。背中を丸め腰を落とし、極力縮こまりカメとなった。

  ◇

 禍つ風が六尾、阿修羅を放ち続けることじつに五分強。
 その間に見舞った攻撃の回数は千近くにもおよぶ。これを無酸素状態にてやり切る。
 出灰桔梗、彼女もまた獣の神に愛されし者。それも努力を知る天才である。
 集中砲火を浴びた女子トイレ内部は破壊され尽くした。

「ぶはっ」

 たちこめる薄煙の中、大きく息を吸い顔をあげた禍つ風。
 さしもの彼女も肩を上下させており、両手両足がふるえている。大技を使った反動だ。
 にも関わらずヘルメットの中の目元は険しい。
 そしてガードの体勢のままにて、いまだ健在であるタヌキ娘の姿を確認したところで、いったん引くことよりも、前へと踏み出す。ここで畳みかける判断をとる。

「狐崑九尾羅刃拳、七尾っ!」

 ここにきてさらに技の難度をあげる。
 七尾という技は右腕一本に攻撃の手を集める下手突きの連打。阿修羅に比べたら地味な見ためながらも、相手の懐に潜り込み腰を入れて放たれるソレは、接着状態で散弾をバラまかれるようなもの。ひとつひとつの攻撃の重さがこれまでの技の比ではない。
 大きく踏み込んだ禍つ風。
 けれどもそれよりもわずかに速く動いたのが芽衣。
 いっきに両者の距離が縮まる。
 手の速さは狐崑九尾羅刃拳がもっとも得意とするところ。
 だから先の先をとり技を発動させたのはキツネ娘。
 しかしその技の一撃目を殺されてしまう。成したのは芽衣の肘打ち。
 ショートアッパー気味に放った下手突き、その拳を肘で押しつぶされた。
 間合いが足りなかったのだ。拳が最高速へと至り飛翔する前に叩き落とされてしまった。
 禍つ風は初弾をすみやかにあきらめ、すぐさま二撃目へと移行。間合いを微調整して放つ。が、それをも芽衣の肘にて払われてしまう。
 ことごとく相手の得意とする間合いを潰していく芽衣。以前にアニマルロボットたちと戦った経験がここに活きる。
 陣取りゲームを制した芽衣がここで守りから攻めへと転じる。

「狸是螺舞流武闘術、破の型、さざ波」

 衝撃波にて肉体の内側にダメージを与える掌底。
 産み出される破壊力。攻撃がまとう尋常ではない威圧を前にして、禍つ風はとっさに手甲を装備している両腕を交差しかざす。


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