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177 元相棒
しおりを挟む芽衣のつぶやいた最強という言葉。
自然と武闘派女子たちの視線が彼女へと集まる。
これにうながされる形で芽衣は話を続ける。
「四伯おじさんの化け術って、化ける対象の性能が高かったり、構造が複雑になればなるほど負担が大きくなって、持続時間も短くなるの。ふつうのクルマとスーパーカーとでは、かなり差がでる。
逆にシンプルなモノ。ただの板とか丸太、あるいは鉄球や鉄柱とかならわりと長時間でも楽勝。そしてシンプルだから大きさも融通がきくんだ」
とどのつまり、ただの鉄板とかであれば見上げるほどにもなれる。
実際のところどこまで大きくなれるかは、尾白自身も試したことがない。
そしてそれだけ巨大な鉄板になった場合、強度、重さをともなうわけで。
圧倒的質量と面積は、それ自体が凶器となる。もしも「よっこらせ」と倒れてきて、下敷きにされようものならば……。
斜面でゴロゴロ転がる岩、あるいは鉄柱や丸太ん棒アタック。屋内や袋小路にて逃げ場のないところでの鉄板プレス攻撃などなど。やりようによっては一方的に大多数を屠れる必殺の手段になりうる。
明らかに武とは異なる種類の強さ。
そしてこれは使いようでとても恐ろしいこと。
◇
さっきまでの和気あいあいぶりもどこへやら。
静まりかえる一同。妙な緊迫感が漂う。
誰かのノドがごくりと鳴った。
と、急に「クスクス」笑い出したのは、ヘンな空気を産み出した当の芽衣である。
「まぁ、出来るのと、実行することは別だけどね。四伯おじさんはよほどのことがないとそんなマネはしないと思うから」
ふっと張り詰めた空気が霧散する。たちまちみんなの顔から緊張の色が失せた。
大なり小なり尾白四伯という人物と関わった女たち。だからこそわかる。彼がそういうことを無闇にしないということが。
なにせ誰かを傷つけるよりも自分が傷つくことを選ぶ不器用な男なのだから。
という感じに尾白談義は落ちつき、お茶会の席が和やかな雰囲気に戻った。
が、ここで出灰桔梗がなにげなく発した台詞が新たな波紋を呼ぶ。
「そうそう。尾白さんと言えば元パートナーの方のウワサを聞きましたよ。ずいぶんとご活躍のようですね」
元パートナー……。
その単語にハタと芽衣が固まる。
芽衣が淡路島から高月へとくる以前から尾白は探偵事務所をかまえていた。
だから芽衣の前任者がいてもちっともおかしくない。いや、よくよく考えてみればいるのが当たりまえ。
なのにこれまで、ただの一度として尾白がその存在について触れたことがない。
事務所には写真の一枚どころかいかなる痕跡も残っていない。のみならず花伝オーナーや安倍野京香、商会長をはじめとして周囲の誰もが話題にすらしたことがない。
だからこそ芽衣はシレっと最初からそこに居たかのように、我が物顔に振るまえていたのである。
しかしこれはとても不自然なこと。まるで全員が示し合わせたかのようにして口をつぐんでいるだなんて、ただごとじゃない。
尾白と前任者の間にいったい何があったのか?
芽衣の反応の過敏さに己の失言を悟った出灰桔梗。「しまった」とすぐに他の話題にそらそうとするも、ちょっとばかし遅かった。
「そこのところ詳しく」芽衣からズズイと詰め寄られ、「知ってることを洗いざらい白状しなさい。さもないと乳を盛大に揉みしだく」と脅された。
尾白探偵には恩義はあるものの、自身の貞操と天秤にかけるほどでもないので出灰桔梗はあっさり降参。
「とはいっても、私もそれほど詳しいわけではありませんよ」
「いいから初代について教えて、さもないと」
タヌキ娘の十指の一本一本がまるで別の生き物のように、器用にうねうね。
その気持ちの悪い動きにキツネ娘のみならず、居合わせた全員がおもわず自分の胸を守る仕草をとる。
「わかりました、わかりましたから。だからその手をワキワキするのをヤメて下さい!」と悲鳴まじりの桔梗。
◇
尾白探偵事務所、初代助手。
名を伽草奏といい、当時は女子大生のアルバイトであった。ちなみに生粋の人間である。にもかかわらず彼女は動物の化け術を許容する広い心と果敢に難事に挑む胆力の持ち主でもあった。
探偵と助手、ヒトに化けた動物とただのヒト、ふたりの関係がどこまで深いものであったのかは余人に知るよしもない。
だが少なくとも傍目にはいいコンビであったという。
その活躍もあって尾白探偵事務所は新進気鋭にもかかわらず、高月の地にておおいに名をあげることになる。
だがそのコンビは唐突に解消された。
伽草奏が探偵助手のアルバイトのみならず大学をもヤメて姿を消したからである。
詳細な経緯はわからない。だが次に彼女の名前が聞こえてきたのは桜花探偵事務所を経由して。
そのことから朧気ながら判明したのは「どうやら伽草奏はその能力を買われて引き抜かれたらしい」ということ。いわゆるヘッドハンティング。
優秀な人材がいれば好待遇にて自陣にスカウトするのは当たり前。プロ野球だって戦力補強のためにトレードとかしている。
が、世間的にはこの行為を認めている一方で忌避感が根強い。誘いに応じた者を「金に目がくらんだ」「裏切り行為」などと考える人も多いのだ。文化や風潮、社会通念は一朝一夕には変わらないし、変えられない。
「……というのが表向き知られていることです。高月中央商店街の人たちが伽草さんのことについて触れないのは、きっと尾白さんの心情をおもんばかってのことでしょう」
ここでいったん話を区切った出灰桔梗。紅茶で軽くのノドを潤おしてから話を続ける。
「ですがこれにはいろいろ裏があるようでして。ほら、千祭さんと尾白さんって仲があまりよろしくないでしょう?」
桜花探偵事務所の高月支店で支店長をしている千祭史郎と、同業者である尾白四伯。二人が犬猿の仲にて、顔を合わせればペペペとツバを飛ばして罵詈雑言の応酬。「雑種」「駄犬」と呼びあっていることは、この界隈の者ならば誰もが知るところ。
双方、大人げないのは同じ。でもどちらかといえば千祭の方が尾白を目の敵にしている印象が強い。
それもしようがないこと。
なにせ業界最大手の桜花探偵事務所が、わざわざ大坂と京都の県境にある地方都市くんだりに支店をかまえたのは、もともと尾白に任せるつもりだったから。
引き抜き工作は尾白と伽草奏のセットで進められていたのである。
が、結果は失敗。
尾白は一人残り、伽草奏は移籍し東京の本部へ、あとに残ったのは空っぽの高月支店。
そこを押しつけられる形で任されたのが千祭史郎。これをチャンスと割り切りつつも、心中は複雑なところ。
千祭にしてみれば「社長自らが欲しいと言って下さったのに、誘いを断るだなんて。いったい何様のつもりなのよ。ムカつく。キーッ!」なのである。
そして高月の地を去った伽草奏は本部にてメキメキ頭角をあらわしており、その活躍のウワサが巡りめぐって母竜胆経由にて出灰桔梗のところにまで届いている。
だがしかし……。
ちょいちょいと手招きした出灰桔梗。
ずっと黙って話に耳を傾けていた、芽衣、タイガー姉妹、白妙幸、宇陀小路瑪瑙らが額を突き合わせる格好になったところで、桔梗が声のトーンと一段落としてこしょこしょ。
「ここだけの話、じつは引き抜きの本命は尾白さんだったようなのです」
つまり初代助手は探偵を釣り上げるためのエサにすぎない。オマケのようなもの。
そのことは当人も気づいているはず。にもかかわらず素知らぬ顔をして大手事務所に一人移籍し、けっして楽じゃない立場から這い上がり、活躍することで己の存在価値を高め、周囲に認めさせているのだからたいしたもの。
伽草奏、やはり只者じゃない。
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