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180 鬼の会合
しおりを挟む古来より数多の伝承、伝奇、伝説の中に登場する鬼。
それは幻想ではなく実在する。
ただし怨霊が変じただの、地獄の獄卒だのといった類ではなくて、れっきとした生き物。
ヒトやサルが霊長類であるように、イヌが犬でありネコが猫でありトリが鳥であり獣が動物であるように、鬼は鬼という生命体でありれっきとしたひとつの種族。
特殊なあり方や生態ゆえに妖と同一視されがちだが、それともまたちがう。
どちらも人間からすれば理不尽な存在なれども、より人間や動物に近い方が鬼であり、妖怪の類は世の理から完全に外れた別物。
何やらややこしいことを並べたが、ようは「少なくとも鬼とは意思の疎通が可能であり、また共存もできる」ということ。
◇
某所にて不定期ながらも開かれている鬼族の会合がある。
白、黒、赤、青、黄、緑らの長たちが一同に会する席。
とはいっても、何か大事なことを話し合ったり、たくらんだりするわけではない。
長く続く慣習。ようは親戚の集まりみたいなもの。
現在、円卓を囲んでいるのは五名。
奥の上座を占めるのは、まるで平安絵巻から抜け出してきたような格好の少女。
髪も肌も異様に白い。目鼻立ちは整っているものの、まぶたは閉じられたまま。じっとしている姿はまるで置き物のよう。
彼女の名前は七宝院白瑠璃。
白鬼は彼女のみ。唯一無二の存在にして鬼たちの頂点。鬼の祖とも云われている人物。その基本方針は「君臨はすれども統治はせず」である。おかげで鬼たちは人間社会に混ざって、堅気の衆に迷惑をかけない範囲にて好き勝手にのびのび暮らしている。
右隣に鎮座しているのは一見するとどこにでもいそうな中堅サラリーマン風の男性。
だがその正体は黒鬼。姓を錫城といい、名はない。
黒鬼もまた白鬼同様に単一個体。役割は絶対女王の守護であり、ゆえに鬼族最強の戦士でもある。
女王の左隣りは空席。
座るべき人物がまだ到着していない。
ここを飛ばして陣取っていたのが、恰幅のいい女性。
いちばん騒がしく周囲に話しかけている彼女は青鬼の長。金融関係を手広く扱っているグループを率いる萩野露草。
名前こそは儚げであるが、中身はおそろしくタフなビジネスウーマン。そして数字重視にて笑顔で部下を切り捨てられる非情な女でもある。
萩野と向かい合うように座っていたのが、黒地に白いレースのひらひらがついたドレスを着た娘。ロリータファッションにてあどけない笑みを浮かべている黄鬼の長、猩々木花駒。
かわいいものに目がなく、こう見えてファンシーグッズやらファッション系の店やデザイン会社をいくつも手がけている。
萩野と猩々木という女傑二人に挟まれる格好にて下座にいたのが、緑鬼の副長である乾班目。
銀縁メガネが似合うクール系のイケメン。やる気ゼロなダメ上司である朱鷺草翠玉に代わって、一族を束ね朱鷺草ジュエリーを切り盛りしている有能な番頭。本日もぐうたらな主人の名代としての出席である。
ガヤガヤとりとめのない会話をしている場に、最後にあらわれたのはキャメル・ベージュ色のトレンチコートを羽織り、煙管をくわえたスーツ姿の女。
「ご無沙汰しております、御方さま」
七宝院白瑠璃に深々と頭をさげてから、空いている席に腰をおろしたのは赤鬼の長である桜花朱魅。
全国展開している探偵事務所を率い、世間の裏表から集めた情報と人脈を駆使し、政財界にも広く顔が利く影の実力者。
名に桜とあるが、どちらかといえば曼殊沙華などが似合いそうな雰囲気。どこか毒々しい華を連想させる危険な美女でもある。
かくして五名の鬼の長と一名の代理がそろう。
◇
終始和やかな空気にて、鬼の会合はほんの一時間半ほどで終了。
七宝院白瑠璃が錫城を連れて退席したのを見届けてから、各々も席を立つ。
萩野と猩々木はビジネスの話があると二人でこれから飲みに行くという。
「いっしょうにどう」と誘われたが「用事がある」と断った桜花。
桜花も退室しようとしたところで、入り口脇に立ち各長を見送っていた乾の前で足を止めた。
「やれやれ、翠玉にも困ったものだね。ダメな主人を持つと、あんたもいろいろと苦労が絶えないねえ」
声をかけられた乾は自分の主のことゆえに、なんとも答えようがなくややうつむいてだんまりを決め込む。
そんな彼の耳元に顔を近づけて、桜花がささやく。
「そういえば例の探し物とやらは見つかったのかい?」
とたんにビクリと乾の肩が震えた。
彼の反応を見て、愉快そうに目元を細める桜花が「くくく」と笑い「まぁ、いいさ。べつにあんたの邪魔をするつもりはない。もともと鬼は相互不干渉が基本だからね。せいぜいがんばりな」
言いたいだけ言うと桜花はさっさと行ってしまった。
あとに残された乾がゆっくりと顔をあげる。メガネの奥の瞳がギラり、剣呑な輝きを帯びていた。
「ふん、余裕ぶっていられるのもいまのうちだ。あのチカラを手に入れた暁には、私がきっと……」
誰に聞かせるでもなく、己が決意を口にした乾班目。
すぐさま部下に連絡を入れ、ただひと言「はじめろ」と命じた。
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