おじろよんぱく、何者?

月芝

文字の大きさ
184 / 1,029

184 集いし者たち

しおりを挟む
 
 東の空が薄っすらと白じんできた。
 夜のしじまが終わり、始発電車が動き出す頃。
 漬け込んだオリーブの実の色をしたヨレヨレのジャケットに袖を通し、おれは事務所を出た。
 エレベーターは使わず階段で降りる。
 二階まできたところで、スナック「昇天」のドアに背を預けて葉巻をふかしている花伝オーナーと鉢合わせ。

「ちょっと出てくる」と告げれば、「いってらっしゃい」の替わりにババアが粗雑に投げて寄越したのはタバコふた箱。おれが愛煙している銘柄。

 ババアは何も言わない。だが耳のはやい彼女のことだ。とっくにうちの助手が面倒ごとに巻き込まれたことや、おれが動くことも察しているのだろう。
 どうやら餞別のつもりらしい。ケチな化石タヌキにしては気前がいい。
 おれはありがたく受け取り、軽く会釈してからふたたび足を動かす。

  ◇

 外に出たとたんに湿り気がまとわりついてきた。
 夜の闇だけが持つジトっとした空気。屋内外の温度差にて鼻がムズムズ、おれはくしゃみをひとつ。明け方という時間帯ゆえにシャッター街と化している高月中央商店街に、おっさんの「へっくしょん」がやたらと響き、おれはビクリとなる。

 雑居ビルの正面に路上駐車している白のワゴン車があった。
 窓ガラスにはスモークフィルムが張られており車内の様子はわからない。
 内心で「邪魔だなぁ」と思いつつ、おれが駅方面へと歩き出した矢先のこと。
 ワゴン車のスライドドアが勢いよく開かれる。「待ちくたびれました」と姿を見せたのは出灰桔梗である。
 呉服店「阿紫屋」の箱入り娘、高月南高校きっての才媛、白薔薇の君、禍つ風……、いろんな顔を持つ彼女。

「お友だち……。いいえ、拳をぶつけ合い、魂で語り合った『親友』の苦境をみすみす見逃しては、出灰家の女がすたるというもの」

 運転席にてハンドルを握るのは鹿島家に仕えるメイドの宇陀小路瑪瑙。

「運転やサポートはおまかせください。あと紗月さまから『手ぶらで帰ったら承知しませんから』とのことづけです」

 助手席にはくわえタバコにて、カチャカチャ銃の手入れをしている安倍野京香。高月警察署きっての不良刑事。

「いい機会だからたまっていた有休を消化しようとおもってな」

 後部座席には金髪リーゼントの白妙幸に孤斗羅美の姿まである。

「やられっ放しってのはどうにも性に合わねえ」
「せっかくのケンカ祭だ。参加しない手はないさ」

 気合充分のタエちゃんと不敵な笑みをみせるトラ美。
 彼女たちはおれが動き出すのを信じて待っていたらしい。

「おれとしては頼りになる助っ人はいくらでも大歓迎だが……。その、本当にいいのか? 相手はあの鬼だぞ」

 各方面に影響力がおよぶ鬼族。
 ただのケンカですむか、はたまた戦争にまで至るのか。
 そもそも緑鬼どもの狙いが不明である以上は、事態がどう転ぶかはフタを開けてみないとわからない。
 ひょっとしたら自分のみならず周囲にも多大な迷惑がおよぶかもしれない。
 しがないおっさん探偵はべつにかまわない。いざともなれば身のふり方なんざどうとでもなる。でもいろいろと守るべきものがある立場の者はそうはいかないだろう。

 そんなおれの心配に「うちは大丈夫です。伊達に何代にも渡って商いを続けてきたわけではありませんから。それに裏千社もついておりますし」と真っ先に答えたのはキツネ娘の出灰桔梗。

 京の都は伏見稲荷に居を構える組織・裏千社。
 高位の稲荷や妖狐を上位に戴き、眷属のキツネたちを守る互助会は動物界きっての大組織。鬼どもにも引けを取らないほどのチカラを有する。いざともなったら、そこに泣きつくとのこと。

「私の方も問題ないかと。奈良の鹿島家と紗月さまがついておりますので」

 とはシカ女史の宇陀小路瑪瑙。
 奈良はシカ王国の住人たちは駆け狂いにて、年がら年中そこかしこにて駆けっこ勝負に明け暮れてはいるものの、ひとたび外敵があらわれたならばたちまち一致団結して対処する。家族を傷つけられたら一族総出でカチコミをかけるほどの苛烈さ。
 名門鹿島家の娘にして、シカ王国きっての美貌を誇る紗月がひと声かけたら、いったいどうなることやら。

「あたいもへっちゃらだね。なにせこちとらワシントン条約をはじめとするいろんな国際条約に守られているから」

 そう言って「くつくつ」笑い、広い肩をふるわしたのはトラ女の孤斗羅美。
 森林の王者である強者のトラは、反面、絶滅のおそれのある動物でもある。
 縞模様の美しい毛並みや、その雄々しさゆえに、畏怖され、ときに崇拝され、あるいは危険視されて人間たちから狩られまくった結果なのだが、当人はあっけらかんとしたもので特別待遇を臆することなく受け入れている。たとえ立場や境遇が変われども王は王なのである。
 けれどもキツネ娘、シカ女史、トラ女らとはちがって少し表情を曇らせたのが白妙幸。

「オレのところは一般家庭だし、正直不安がないといったらウソになる。でもよ、ここで我が身かわいさで縮こまって動かなかったら、きっと弟の望にあきれられちまう。姉ちゃんとしてはそれだけは絶対にイヤなんだ」

 これを聞いて「いい心がけじゃねえか」とヘビ娘を褒めたのはカラス女の安倍野京香。「まったく、うちの玉なしクソ上司どもに爪のアカを煎じて飲ませたいぐらいだ」

 あまりの言い草に女たちがどっと笑う。
 まったくもって頼もしくもおそろしい女たちが集まったものである。
 かくして心強いお供を手に入れたおれは、五人の猛女たちとドライブとしゃれこみ、和歌山は南部へと向かうことになった。


しおりを挟む
感想 610

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

古道具屋・伯天堂、千花の細腕繁盛記

月芝
キャラ文芸
明治は文明開化の頃より代を重ねている、由緒正しき古道具屋『伯天堂』 でも店を切り盛りしているのは、女子高生!? 九坂家の末っ子・千花であった。 なにせ家族がちっとも頼りにならない! 祖父、父、母、姉、兄、みんながみんな放浪癖の持ち主にて。 あっちをフラフラ、こっちをフラフラ、風の向くまま気の向くまま。 ようやく帰ってきたとおもったら、じきにまたいなくなっている。 そんな家族を見て育った千花は「こいつらダメだ。私がしっかりしなくちゃ」と 店と家を守る決意をした。 けれどもこの店が……、というか扱っている商材の中に、ときおり珍妙な品が混じっているのが困り物。 類が友を呼ぶのか、はたまた千花の運が悪いのか。 ちょいちょちトラブルに見舞われる伯天堂。 そのたびに奔走する千花だが、じつは彼女と九坂の家にも秘密があって…… 祖先の因果が子孫に祟る? あるいは天恵か? 千花の細腕繁盛記。 いらっしゃいませ、珍品奇品、逸品から掘り出し物まで選り取りみどり。 伯天堂へようこそ。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

乙女ゲームの正しい進め方

みおな
恋愛
 乙女ゲームの世界に転生しました。 目の前には、ヒロインや攻略対象たちがいます。  私はこの乙女ゲームが大好きでした。 心優しいヒロイン。そのヒロインが出会う王子様たち攻略対象。  だから、彼らが今流行りのザマァされるラノベ展開にならないように、キッチリと指導してあげるつもりです。  彼らには幸せになってもらいたいですから。

オッサン齢50過ぎにしてダンジョンデビューする【なろう100万PV、カクヨム20万PV突破】

山親爺大将
ファンタジー
剣崎鉄也、4年前にダンジョンが現れた現代日本で暮らす53歳のおっさんだ。 失われた20年世代で職を転々とし今は介護職に就いている。 そんな彼が交通事故にあった。 ファンタジーの世界ならここで転生出来るのだろうが、現実はそんなに甘く無い。 「どうしたものかな」 入院先の個室のベッドの上で、俺は途方に暮れていた。 今回の事故で腕に怪我をしてしまい、元の仕事には戻れなかった。 たまたま保険で個室代も出るというので個室にしてもらったけど、たいして蓄えもなく、退院したらすぐにでも働かないとならない。 そんな俺は交通事故で死を覚悟した時にひとつ強烈に後悔をした事があった。 『こんな事ならダンジョンに潜っておけばよかった』 である。 50過ぎのオッサンが何を言ってると思うかもしれないが、その年代はちょうど中学生くらいにファンタジーが流行り、高校生くらいにRPGやライトノベルが流行った世代である。 ファンタジー系ヲタクの先駆者のような年代だ。 俺もそちら側の人間だった。 年齢で完全に諦めていたが、今回のことで自分がどれくらい未練があったか理解した。 「冒険者、いや、探索者っていうんだっけ、やってみるか」 これは体力も衰え、知力も怪しくなってきて、ついでに運にも見放されたオッサンが無い知恵絞ってなんとか探索者としてやっていく物語である。 注意事項 50過ぎのオッサンが子供ほどに歳の離れた女の子に惚れたり、悶々としたりするシーンが出てきます。 あらかじめご了承の上読み進めてください。 注意事項2 作者はメンタル豆腐なので、耐えられないと思った感想の場合はブロック、削除等をして見ないという行動を起こします。お気を悪くする方もおるかと思います。予め謝罪しておきます。 注意事項3 お話と表紙はなんの関係もありません。

処理中です...