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230 尻切れトンボとロケットパンチ
しおりを挟むティナ嬢は生粋の人間。
宇陀小路瑪瑙はシカが化けた人間。
零号はネコ耳メイド型アニマルロボット。
幼少期より強さに恋焦がれるあまりマンガ修行をくり返し、ついには女子プロレスラーとなったティナ嬢。文字通り一発逆転を狙い場外乱闘の暴挙に打って出る。
彼女が放ったのは右のラリアット。
ずんずん突進の勢いのままに、肘の内側部分にて相手の首を刈りにいく。
狙われたのは瑪瑙。理由は一番近くにいたから。
まともに喰らったらムチ打ち必至。全治三週間はくだるまい。
ゆえにひらりとロングスカートの裾をひるがえし、瑪瑙はラリアットをかわす。
だがティナ嬢の攻撃は終わらない。ぶぅんと剛腕が駆け抜けたと思ったら、間髪入れずに二ノ太刀ならぬ、左の裏拳が飛んできた。
これをもスウェイバックにてかわす瑪瑙。日本舞踊を思わせるたおやかな動き。
けれどもまだまだティナ嬢の攻撃は止まらなかった。
自身を軸に独楽のように回る回る。それこそアイススケートの選手が行うスピンに近いほどの高速で。のびた二本の腕が暴れる。
激しい。まるで荒れ狂う竜巻だ。
にもかかわらず当のティナ嬢は目を回すこともなく平然としている。
「近所の公園にあったグローブジャングルで鍛えた三半規管は伊達じゃないんだよ!」
公園遊具のひとつ。
回転ジャングルジム、地球ぐるぐる、まわる宇宙船、ぐるぐるボールなどなど。
地域によって呼び名はいろいろあるが、正式名称をグローブジャングルという。
なんでもこの回転式の丸いジャングルジムは、日ノ本の企業が開発した世界初の公園遊具らしい。
メーカーさんも子どもたちの笑顔のためにと開発した商品が、よもやこんなモンスターを産み出すことになろうとは夢にも思わなかったことであろう。
しかもそのモンスターは数多のリングでの戦いを経験しているから、けっこう芸が細かい。
握った拳がときおりチョップになったり、平手になったり。肘を突き出しエルボーになったり、腕の曲げのばしや脇を締めたりしつつ、間合いやら回転速度に緩急をつける。
こうなると気になるのがメイド服のスカートの奥、秘密の花園の様子。だが心配ご無用。激しすぎる動きゆえに、いくら目を凝らしたとて外からでろくすっぽ見えやしない。もう何が何やら。
恐るべき攻防一体の技。
これではうかつに近寄れない。
攻めあぐねて、瑪瑙はひたすら回避に徹する。
自陣テーブルを守りながらなのでかなりの制約を受ける苦しい展開が続く。
ついにその足が一瞬止まった。
原因は三つ編みに結われてある瑪瑙の長い黒髪。
端を掴んでいたのはティナ嬢のゴツゴツした手。密かにずっと狙っていた模様。これでもうチョロチョロ逃げられない。
プロレスのリングならばここから髪を掴んで引きずり回し、舌でも出しながら犬の散歩よろしく練り歩き、せいぜい周囲のヘイトを集めて会場を盛り上げるところ。
でも相手は素人のメイドさん。
だからティナ嬢はすぐに拘束をといた。
ただし解放するかわりにローリングソバットをプレゼント。
腕ばかりの攻撃かと油断していたところに、急に飛んできたうしろ蹴り。
とっさに身をよじって左肩で受けたものの、瑪瑙の体は大きく吹き飛ばされた。
飛ばされた瑪瑙は宙返りにてくるん。
ネコのようなしなやかさにて無事に着地を決める。
自分から後方へと飛んだこともあり、見た目の派手さとは裏腹にダメージは軽微。
しかし怪盗紳士が優雅にお茶を飲むテーブルからはずいぶんと引き離されてしまった。
みすみすこの好機を見逃すティナ嬢ではない。
すぐさま怪盗紳士の方へ駆け寄ろうとする。
でもほんの数歩も進まないうちに、あわてて急停止。
ティナ嬢の行く手を遮るようにして、石畳にカカカッと突き立ったのは三本の五寸釘。
放ったのは瑪瑙。
どこから取り出したのやら握った両の拳、指と指の間から五寸釘の突端が顔を出している。ギラリと剣呑な鈍い輝き。その姿はさながらカギ爪を装備しているようではあるが、それだけじゃない。
よくよく目を凝らして見てみるとクギには細い赤糸が結ばれてある。
どうやらアレは放つだけでなく、糸を操ることで自在に動かせるっぽい。しかも石材を容易く貫くほどの殺傷力も秘めているのは、先の投擲により一目瞭然。
ここにきてついに隠していた手の内をさらした宇陀小路瑪瑙。
対するティナ嬢も即座に危険性を察知して警戒レベルを引きあげる。それでも武器に臆することはない。むしろ双眸に闘志をたぎらせる。なぜなら場外乱闘で凶器を使用するのなんて、プロレスでは日常茶飯事だからだ。
◇
瑪瑙とティナ嬢の間で高まる戦いの気運。
こうなってはもはやどちらかが倒れるまで決着はつくまい。
当人たちのみならず、固唾を飲んで戦いの行方を見守っていた観客たちもきっとそう考えていたことであろう。
けれどもこの戦い……じゃなくってメイド徒競走は、だれもが予想だにしない決着を迎える。
ガランゴロンガラガラ。
終局の鐘ならぬ鈴は何ら脈絡もなく唐突に鳴り響いた。
紐が切られて落ちた神社の鈴。地面にゴロン。
大きな鈴の表面がべっこりへこんでいるのは落ちたからではなくて、零号が放ったロケットパンチを喰らったせい。
みんなの注目が瑪瑙とティナ嬢へと集まるさなか。
鋼の拳が空を斬り裂く。鈴をぶん殴り、余波にて鈴紐がブチンと切れ、ついでに拝殿の軒先と屋根の一部をもボカンと吹き飛ばす。
ギチギチギチと軋むのは右肘からのびたワイヤー。
零号がやや身をひねって腕をクンと引く。とたんにもの凄い勢いで回収されていくワイヤー。これにともなって何処かに飛んで行っていた腕もおかえりなさい。
あまりのことに呆気にとられて、零号の腕と本体が合体するのを眺めていることしかできない演者と観客一同。
メイド徒競走はモロモロの試練をクリアして、最後に神社の鈴を鳴らしたらゴールとなる。
だから零号の行動はあながちまちがいではない。
まちがいではないのだが……。
散々にここまでバトル展開で盛り上げておいてとんだ尻切れトンボ。そんな殺生なぁ。少しは空気を読んでくれ。
というのが満場一致の感想。
そしてこのタイミングでどこぞより聞こえてきたのは、世にも悲痛なる叫び。
「ギャーッ、由緒ある拝殿がーっ!」
魂の慟哭。もしかしたら血の涙ぐらい流しているかも。
たぶん天神さんの関係者だろう。お気の毒に。
とりあえずおれはナムナムと拝んでおくことにした。
するといつのまにやら、みんなもナムナム。
「どうか罰が当たりませんように」
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