おじろよんぱく、何者?

月芝

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236 五グラムのときめき

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 乾幹夫が店長を務めるホームセンターでの特売初日。
 まだ開店前にもかかわらず、すでに入り口には人だかりが出来ている。
 その中にあの女がいた。
 周囲よりも頭二つ三つ飛び抜けている。
 細く見える。だがやせているわけじゃない。女子バレーボールの選手のような体型といえば想像しやすいか。青竹のようにしなやかで強靭。手足もすらりと長い。
 事実、彼女は青春の大半をバレーコートにて白球を追い、結婚後は地元のママさんバレーボールのチームに所属しているエースアタッカー。
 客たちが押し合いへし合いしている中にあって平然とたたずむ。不動なる鉄塔。
 体幹がよほど強いらしく微動だにせず。ぶつかった相手が逆にたたらを踏み、あとずさる。

 開店時間一分前となり姿を見せた店員。
 争奪戦を前にしてやや殺気立っている客に「おはようございます」と営業スマイルでご挨拶。
 店員がスライド式の門扉に手をかけ、いざ開門。
 堤が決壊するかのように人々が店内へ。
 我先にと駆け出す客たち。

「充分な数を用意しておりますので、あわてないでください」
「走ると危ないのでゆっくり、あーっ、そこ気をつけて! 落ちついて!」

 なんぞという店員らの注意は、目の色を変えて小走りする客たちの耳にはまるで届かない。
 かくして特売日初日名物の「朝の狂騒」が幕を開ける。
 その中を毅然と進むノッポな女性。一歩の歩幅が大きい。その姿はさながらサバンナを行くキリンのごとし。

 迷うことなく店内を進む女。
 たった二度、角を曲がっただけ。最短距離にて目当ての品がある売り場へと向かう。
 到着したのは台所洗剤売り場。
 彼女のお目当ては数滴で油汚れがバッチリ落ちるのみならず、使うほどにお肌がピチピチになる成分が含まれており、手荒れに悩んでいた主婦の救世主ともっぱら評判の商品。その分ちょっと他の品よりもお値段は高め。
 そいつが今回のセール対象となってかなーり割安感が増した。
 おかげでエンド(商品棚の端の部分)に組まれた特設売り場には黒山の人だかり。

 やや遅れてこれに加わった女。
 人波をかき分け中ほどまで進んだところで、おもむろに片腕をあげた。
 遠くの品に手をのばして取ろうとする仕草。
 しかしまだかなり距離がある。常人ではけっして届かない間合い。
 だが女の長い腕はたちまち距離を殺した。
 眼下にてウゴウゴしているライバルたち。その頭上を軽々と超えてひょいと商品を掴んでは自分の買い物カゴへポイ、ポイ、ポイ。
 次々に獲物をゲットしていく。

 一連の出来事を少し離れたところから観察していたのは、おれこと尾白四伯と助手の洲本芽衣。

「まるで大人と子ども、いいや、小人の国に侵入した巨人じゃねえか」
「頭上を完全に支配している……。あれは天空の覇者です」

 驚愕する探偵と助手。
 そんなおれたちに店長の乾幹夫がタメ息まじりに教えてくれた。

「圧倒的リーチと制空力で特売会場を支配する。ひと呼んで『ショベル中田』とは彼女のことです」

 店長の嘆きをよそに、ショベル中田は特売品の洗剤を十三本もカゴに入れて満足したのか、次の売り場へと向かう。
 そんなにいっぱい買って置き場所に困らないのだろうかと、おれはちょっと心配。

  ◇

 ごった返しているのはドラッグストアの店内の一画。
 血に飢えたゾンビのごとく、客たちが群がっているのはタマゴの特売品。
 最近のドラッグストアは生鮮食品も豊富。ぶっちゃけクスリを扱っているスーパーか、クスリを置いてないスーパーかぐらいのちがいしかないのが、いまどきの流行。
 しかし不思議だ。
 これだけ世に商品が山とあふれて、いつもどこかで必ず特売セールが行わているというのに、いまだにダントツで人気を誇る商材がタマゴ。
 こいつをチラシに載せるかどうかで、客の喰いつきがまるでちがってくる。セールの成功のカギを握っていると言っても過言ではないほど。

 タマゴが持つ圧倒的なポテンシャルが、その汎用性が、日持ちの良さが、ぼくらを魅了してやまない。
 そいつがLサイズともなれば、奥さま狂喜乱舞。
 Mサイズ六十グラム。
 Lサイズ六十五グラム。
 たったの五グラムの差だ。黄身にしたら微々たるもので、大半が加増された白身。
 五グラムではしゃげる……。そんな人生も悪くはないさ。

 タマゴを求める者らで構成された人垣。
 そこに穴を穿つ者がいた。
 小さく細い。骨と皮ばかりの前髪パッツンのオカッパ頭。
 日干しにした日本人形のような女が、手刀をくり出す。
 そのたびに目の前の人垣がボロボロと崩れてゆく。
 闇雲に放っているのではない。おしくらまんじゅうの間隙を狙い、力場を的確に見極めてもっとも脆い箇所を突く、突く、突く。
 さながら杭打ち機のごとし。
 彼女は「ピルドライバー佐藤」と呼ばれる特売ハンターの一人。

「突破力が半端ないっ!」
「状況の見極め、観察眼も相当なものですよ」

 探偵と助手は鮮やかな手並みに、ただただ舌をまく。

  ◇

 特売ハンターたち。
 その実力、実態を己の目で確かめるといい。
 ドラッグストア店長の谷倉照子にそう挑発されて応じてみたものの、どいつもこいつもすさまじい力量の持ち主であった。
 だがまだ終わりじゃない。
 四人目がこれまた激烈だった。

 表情も体格も福福しい女性。
 七福神の恵比寿さまをおもわせる容姿。雰囲気もまた穏やか。いるだけでご利益がありそうで、ついナムナム手を合わせたくなる。
 しかし何かと殺気立っているセールの中にあっては、彼女の存在はむしろ異質。

 それは動く山。

 圧倒的質量とボリューム。けれどもただの脂肪の塊じゃない。
 向かってくる者どもを「どすこい」と受け止め、まとめて「まだまだぁ」と押し返す。
 胸を借りるという表現がぴったりくる稽古風景。
 それもそのはずだ。彼女は「ロードローラー麻生」との異名持ち。
 若かりし頃、女子相撲の横綱にして、世界大会にて前人未踏の七連覇なる偉業を成し遂げた猛者。
 当時、相撲協会の理事が「つくづく惜しい。神はどうして彼女が産声をあげるときに、股間からイチモツをとりあげたのか」と嘆いたとかいないとか。

 肉と野菜の特売日には必ずあらわれるというロードローラー麻生。
 果敢に挑んでくるライバルたちを軽く薙ぎ払い、威風堂々、我が道を征く。


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