おじろよんぱく、何者?

月芝

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238 孫子まじリスペクト

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「これはヒドイ……。クルマにでも跳ねられたの? 尾白くん」
「あぁ、オバちゃんが運転するのにひき逃げされた」

 高月中央商店街の路地裏にある診療所にて。
 おれはムスっと不機嫌顔で光瀬女医の治療を受けている。
 骨こそは折れていないが、あちこち打ち身で青アザだらけ。あと転んだひょうしに手首をちょっと捻ったらしい。地味に痛い。
 芽衣も細かなすり傷だらけにて髪がボサボサ。

『特売ハンターどもをどうにかしてくれ』

 という依頼を店長三人組から受けて「まずはひと当たり」と考えたのだが、結果はこのざまである。
 ブルドーザー高野が操るショッピングカートの前に立ちふさがり「奥さん、ちょっとお話を」と名刺を差し出すおれであったが、問答無用で跳ね飛ばされた。
 宙を舞いくるくるキリモミするおっさん。
 その姿に「よくも四伯おじさんを! 仇はこのわたしがとる!」と勇んだ芽衣。正面から戦いを挑むが、巧みなカートさばきにてかわされる。ショッピングカートが瞬時にジグザク、イナヅマの軌道を描きタヌキ娘の突進を軽くあしらった。
 ブルドーザー高野はパワーだけの女じゃない!
 よもやあれほど繊細かつ大胆なカート走行ができるだなんて……。

 ショベル中田、ピルドライバー佐藤とも接触をはかるがやはり失敗。
 ロードローラー麻生にいたってはヒップアタックで盛大にノックアウトされた。
 ジョークラッシャーフランからは「セールス、ナンパ、オコトワリデース」とけんもほろろ。
 なるべく穏便に解決しようとするこちらの誠意がまるで通じない。
 もはやこれまで。言葉が通じないのならば、あとは拳で語るまでと芽衣が奮起するも、まさかの当たり負けを喫する。

「鬼をも退けたタヌキ娘の拳が通じないだと? そんなバカな!」

 店内の冷たい床に無様に転がる探偵、呆然とへたり込んでいる助手。
 そのとき、おれの耳元で誰かがささやいた。

「こちとら生活がかかってるのよ。舐めんな」

 より良い品をより安く。
 家計のため、愛する家族のため、家のためにと三百六十五日、日夜、戦い続ける者たち。
 覚悟がちがう。気概がちがう。戦いに挑む決意がちがう。
 守るべきものがあるとき、人は強くなれる。
 技やチカラではない。
 ココロで芽衣は負けたのだ。

  ◇

 無為無策のまま、特売ハンターたちの動向を探るだけの日々がしばし続く。
 敵を知ることで攻略の糸口をと考えたものの、なかなか成果は得られない。
 依頼人たちからは「はやくなんとかしてくれ」とせっつかれるし。これはいよいよ進退極まってきたか。

 そんな矢先のこと。
 おれは奇妙な法則を発見する。
 特売ハンターたちの活動範囲を丸で囲った地図を眺めていたときのこと。
 丸と丸が重なるところがハンター同士がぶつかる激戦区。
 依頼人たちの預かる店舗はそこに含まれており、ゆえにあれほどの苛烈な争奪戦がセールのたびに勃発しているのだが……。

「あれ? 重複している地域内には他にもスーパーやらドラッグストアがあるな。もしかしてこれらの店も被害を受けているのかな」

 可能性としてはおおいにありうる。
 特売ハンターには渡り鳥のような習性がある。店から店をハシゴするのがふつうだ。
 もしも実害をこうむっているのならば、「じつは現在こういう依頼を受けておりまして。つきましてはそちらさまもひと口のりませんか」と営業をかけたら、案外すんなり契約にこぎつけられるかもしれない。
 たとえ成功報酬でもご褒美が増える分にはいくら増えても困らない。
 だからおれは特売ハンターどもの動向を探るついでに、飛び込み営業をかけてみることにする。
 けれども実際に訪問してみたら意外な答えがかえってきた。

「セール荒らし? 乱闘騒ぎ? いいえ、うちでは特に何も。ご贔屓にしてくださっている皆さま方、とても品のいいお客さまばかりですよ」

 応対してくれた男前の店長が爽やかに白い歯をみせた。
 世間体をおもんばかって誤魔化しているという風ではない。
 お店の規模やら扱っている商品の価格帯はほぼいっしょ。だというのに片や毎度の乱闘騒ぎに怯え、片や平穏無事に粛々と営業している。
 高級デパートと商店街の雑貨屋ぐらいのちがいがあれば、客層も異なるのでわからなくもないけど、ぱっと見ほとんど差はなし。
 なのにいったいどうして……。

 休憩がてら公園のベンチに腰をおろし、くわえタバコ。
 煙の行方をぼんやり目で追いながら、おれは頭の中で情報を整理。
 隣に座る芽衣がスマートフォンをいじりながら「さっきのお店の店長さんって、けっこう男前でしたねえ。まぁ、わたしの好みじゃないですけど」とぼそり。
 タヌキ娘の高飛車な言葉を聞いた瞬間、おれはピコンと閃く。

「なんだ、そういうことだったのか。くっくっくっくっ、あーっはっはっはっ。くっだらねぇなぁ、おい」

 突然腹を抱えて笑いしだしたおれに、芽衣がビクリ。
 ついに打開策を見つけた。
 助手から胡乱そうな目を向けられるも、おれはかまわずケタケタ笑い続ける。
 そしてたまさか自転車で巡回中の制服警官から怪しまれて職質を受けた。
 ガッデム!

  ◇

 探偵事務所の電話が鳴った。
 おれは受話器をとる。
 相手は「特売ハンターをどうにかしてくれ」と泣きついてきた店長三人組のうちの一人。
 おれが授けた妙案によってその問題はすでに解決している。経過も良好と報告がてらお礼を言われた。
 受話器を置いたところで芽衣が「あのたくましい人たちをどうやって黙らせたんですか」と訊ねてきたので、おれはニシシと笑う。

「なぁに簡単な話だ。特売の時に見映えのする男を並べておけってアドバイスしたんだよ」

 居酒屋や場末のキャバクラで横柄に振る舞っている大トラも、高級クラブで美姫たちに囲まれたとたんに借りてきたネコになる。
 イケてる相手を前にしたら、誰だってみっともない姿はさらしたくない。ちょっとぐらいカッコウをつけたいとか考える。
 男ならばしゃんと背筋をのばし見栄のひとつも張るし、女ならば身だしなみを気にして「あら、イヤだわ」と髪を撫でつけたり襟元を直したりする。
 それは特売ハンターたちとて同じこと。
 戦わずして勝つ。兵法の基本である。孫子まじリスペクト。

「なんだかんだで世の中、結局は見た目なんですね」身もフタもない助手に「悲しいかな、そうなんだよなぁ」と探偵は遠い目をする。

 かくしておれたちはムズカシイ依頼を完遂した。
 なのにこの胸に去来する虚しさときたら……。


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