おじろよんぱく、何者?

月芝

文字の大きさ
253 / 1,029

253 アニマルキングダム

しおりを挟む
 
 乾いた土の香りと頬を撫でる冷たい風。
 ハッとしておれは目を覚ます。
 いかん、拉致されてクルマのトランクとおぼしき場所に放り込まれてすぐ、酔いと揺れでつい寝落ちしてしまった。

 すでにズタ袋ははずされており、拘束もされてない。
 おれをさらった連中の影も形もなし。
 ムクリと起き上がりおれは周囲を見渡す。
 夜だが月明かりのおかげで視界はそこそこ良好。
 枯草色をした草原、点在するモコっとしたのは緑の繁み、ポツンと生えている木はひょろ高く傘のような形をしている。
 北の方に顔を向ければ山々の陰影が夜の中に浮かんでいた。
 南を見るも人家の灯りらしきものはない。
 広い。やたらとひらけた場所だ。

「………………ひょっとして、サバンナ?」

 我知らずそんな言葉が口から零れていた。
 事実、目の前の光景はテレビの動物番組の海外ロケ映像でよくみかけるアフリカ大陸のソレにそっくり。
 もしかして寝ていたのではなくて、クスリか何かで眠らされていた? その間に外国行きのタンカーに載せられてどんぶらこどんぶらこ。
 ……なんぞという妄想をおれは即座に否定する。
 いくら恋敵憎しとはいえそんな面倒なマネはしないだろう。だったらとっととバラして大坂湾にまいて魚のエサにでもしたほうが手っ取り早い。
 よって海外に運ばれて放置されたという線は却下。

 状況確認はいったん脇へと置いておいて、おれは持ち物を確かめる。
 ジャケットのポケットを漁る。タバコにライター、サイフ類や愛用のガラケーもそのまま。ただしバッテリーだけが抜かれていた。これでは助けを呼べない。
 とはいえタバコが無事なのはよかった。
 さっそく一服。
 ふぅ。上等な豆のコーヒーや高い酒もいいが、おれはやっぱりコレが一番しっくりくる。

「しかし何がしたいのかよくわからん。拉致したものの扱いに困ってポイ捨てされたのかな」

 気分が落ちついてきたところで、拉致された時のことを思い返す。
 まず場所が良くない。店内で実行するとかバカなのかな?
 遅かれ早かれおれが消えたことは芽衣たちに気づかれる。そうすれば騒ぎになるのに決まっているだろうに。
 うーん、やっぱりバカなのかもしれない。
 バカといえばこの状況もそうだ。どこかに監禁するでなし適当に放置とか。
 ひょっとして忠告の意味でもあるのかな?
 これ以上、余計なことをしたら次は……みたいな。でもだったら多少はボコって痛めつけてからの方がより効果的だろうし。
 随所に漂う素人臭。探偵の勘が告げている。こいつはプロの仕業ではない。
 印象的には盗んだ自転車の処理に困った中学生が川に投げ捨てたっぽい。
 だとすれば姫路白峰に頼まれて犯行におよんだものの、途中で怖くなってどうしていいのかわからなくなり、「えいっ」ってな感じかな。

「まぁ、どこまでいっても憶測に過ぎん。まずはここがどこかを知らないと話にならん」

 携帯灰皿にすっかりチビたタバコをつっこみ火を消す。
 おれは北と南を見比べてから南の平原へと歩きだした。夜の山に分け入るのはちょっと怖い。
 なぁにこれだけの場所だ。そのうち動物に出会うだろう。そうしたら帰り道を尋ねるつもりである。

  ◇

 途中から雲が出てきて月明かりが途切れがちになる。
 とたんに闇が押し寄せ視界が悪くなる。足下もおぼつかない。加えて街暮らしが長いせいもあってか、でこぼこな土の地面を歩くのがけっこうたいへん。
 一度、遠くにシカっぽいシルエットを見かけて「おーい」と声をかけるも、逃げられてしまった。あっという間に消えてしまった。

 すっかり汗だくとなり、四苦八苦しながらどうにか草原を抜ける。
 その先にあったのはゴツゴツした岩場の丘。

「おっ、あの岩の上にのぼれば周辺が一望できそうだ」

 さっそく丘の上を目指して歩きだしたものの、その足はほんの数歩で止まった。
 暗闇の向こうに光る目、目、目……。
 鋭い金色の双眸がギラリ。
 ムクリと立ち上がった大きな影。
 それは牝のライオンだった。
 おれは冷や汗たらり、じりじり後ずさる。
 でも逃げられない。気づいたときには七頭もの牝ライオンたちに囲まれていた。
 すっかり袋のネズミとなった尾白四伯。
 これをジロリとにらみつつ、最後にのそりと立ち上がったのは雄々しいたてがみを持つ大きな牡のライオン。

 ライオンは一頭の牡に複数の牝で群れを構成する。
 牝にせっせと狩りをさせて、自分は喰っちゃ寝、ライオンキングはハーレムキング。
 そんなハーレムキングが大きな口を開いて「ガオー」とひと吠え。

「困りますねお客さん。危ないじゃないですか。勝手にナイトサファリの順路を離れたりしたら」

 総敷地面積二百五十万平方メートル。動物の種類百二十四。飼育総数は千頭羽以上。
 年間百万人以上もの来場者数を誇るサファリパーク・姫路アニマルキンダム。
 山あり、谷あり、川あり、湖あり、サバンナあり、森ありと、とにかく自然がいっぱい。
 ドライブサファリコースで園内を巡るもよし、ウォーキングサファリコースで冒険気分を味わうもよし、園を縦断するロープウエイに乗って空から楽しむスカイサファリコース、日頃は見られない夜の動物たちを楽しむナイトサファリコースもある。思うさまにモフモフを堪能できるふれあい広場も大好評。

 東京ドームがせいぜい四万五千平方メートルぐらい。
 比べれば姫路アニマルキングダムがいかに広大なのかは一目瞭然。
 よもや自分がそんな施設のど真ん中に放置されていただなんて思いもしなかった。
 って、アレ? だとしたらおれってばけっこう危なかったのではなかろうか。


しおりを挟む
感想 610

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

竜皇女と呼ばれた娘

Aoi
ファンタジー
この世に生を授かり間もなくして捨てられしまった赤子は洞窟を棲み処にしていた竜イグニスに拾われヴァイオレットと名づけられ育てられた ヴァイオレットはイグニスともう一頭の竜バシリッサの元でスクスクと育ち十六の歳になる その歳まで人間と交流する機会がなかったヴァイオレットは友達を作る為に学校に通うことを望んだ 国で一番のグレディス魔法学校の入学試験を受け無事入学を果たし念願の友達も作れて順風満帆な生活を送っていたが、ある日衝撃の事実を告げられ……

ゴミ鑑定だと追放された元研究者、神眼と植物知識で異世界最高の商会を立ち上げます

黒崎隼人
ファンタジー
元植物学の研究者、相川慧(あいかわ けい)が転生して得たのは【素材鑑定】スキル。――しかし、その効果は素材の名前しか分からず「ゴミ鑑定」と蔑まれる日々。所属ギルド「紅蓮の牙」では、ギルドマスターの息子・ダリオに無能と罵られ、ついには濡れ衣を着せられて追放されてしまう。 だが、それは全ての始まりだった! 誰にも理解されなかったゴミスキルは、慧の知識と経験によって【神眼鑑定】へと進化! それは、素材に隠された真の効果や、奇跡の組み合わせ(レシピ)すら見抜く超チートスキルだったのだ! 捨てられていたガラクタ素材から伝説級ポーションを錬金し、瞬く間に大金持ちに! 慕ってくれる仲間と大商会を立ち上げ、追放された男が、今、圧倒的な知識と生産力で成り上がる! 一方、慧を追い出した元ギルドは、偽物の薬草のせいで自滅の道をたどり……? 無能と蔑まれた生産職の、痛快無比なざまぁ&成り上がりファンタジー、ここに開幕!

【完結】番である私の旦那様

桜もふ
恋愛
異世界であるミーストの世界最強なのが黒竜族! 黒竜族の第一皇子、オパール・ブラック・オニキス(愛称:オール)の番をミースト神が異世界転移させた、それが『私』だ。 バールナ公爵の元へ養女として出向く事になるのだが、1人娘であった義妹が最後まで『自分』が黒竜族の番だと思い込み、魅了の力を使って男性を味方に付け、なにかと嫌味や嫌がらせをして来る。 オールは政務が忙しい身ではあるが、溺愛している私の送り迎えだけは必須事項みたい。 気が抜けるほど甘々なのに、義妹に邪魔されっぱなし。 でも神様からは特別なチートを貰い、世界最強の黒竜族の番に相応しい子になろうと頑張るのだが、なぜかディロ-ルの侯爵子息に学園主催の舞踏会で「お前との婚約を破棄する!」なんて訳の分からない事を言われるし、義妹は最後の最後まで頭お花畑状態で、オールを手に入れようと男の元を転々としながら、絡んで来ます!(鬱陶しいくらい来ます!) 大好きな乙女ゲームや異世界の漫画に出てくる「私がヒロインよ!」な頭の変な……じゃなかった、変わった義妹もいるし、何と言っても、この世界の料理はマズイ、不味すぎるのです! 神様から貰った、特別なスキルを使って異世界の皆と地球へ行き来したり、地球での家族と異世界へ行き来しながら、日本で得た知識や得意な家事(食事)などを、この世界でオールと一緒に自由にのんびりと生きて行こうと思います。 前半は転移する前の私生活から始まります。

にゃんとワンダフルDAYS

月芝
児童書・童話
仲のいい友達と遊んだ帰り道。 小学五年生の音苗和香は気になるクラスの男子と急接近したもので、ドキドキ。 頬を赤らめながら家へと向かっていたら、不意に胸が苦しくなって…… ついにはめまいがして、クラクラへたり込んでしまう。 で、気づいたときには、なぜだかネコの姿になっていた! 「にゃんにゃこれーっ!」 パニックを起こす和香、なのに母や祖母は「あらまぁ」「おやおや」 この異常事態を平然と受け入れていた。 ヒロインの身に起きた奇天烈な現象。 明かさられる一族の秘密。 御所さまなる存在。 猫になったり、動物たちと交流したり、妖しいアレに絡まれたり。 ときにはピンチにも見舞われ、あわやな場面も! でもそんな和香の前に颯爽とあらわれるヒーロー。 白いシェパード――ホワイトナイトさまも登場したりして。 ひょんなことから人とネコ、二つの世界を行ったり来たり。 和香の周囲では様々な騒動が巻き起こる。 メルヘンチックだけれども現実はそう甘くない!? 少女のちょっと不思議な冒険譚、ここに開幕です。

【完結】義姉上が悪役令嬢だと!?ふざけるな!姉を貶めたお前達を絶対に許さない!!

つくも茄子
ファンタジー
義姉は王家とこの国に殺された。 冤罪に末に毒杯だ。公爵令嬢である義姉上に対してこの仕打ち。笑顔の王太子夫妻が憎い。嘘の供述をした連中を許さない。我が子可愛さに隠蔽した国王。実の娘を信じなかった義父。 全ての復讐を終えたミゲルは義姉の墓前で報告をした直後に世界が歪む。目を覚ますとそこには亡くなった義姉の姿があった。過去に巻き戻った事を知ったミゲルは今度こそ義姉を守るために行動する。 巻き戻った世界は同じようで違う。その違いは吉とでるか凶とでるか……。

母を訪ねて十万里

サクラ近衛将監
ファンタジー
 エルフ族の母と人族の父の第二子であるハーフとして生まれたマルコは、三歳の折に誘拐され、数奇な運命を辿りつつ遠く離れた異大陸にまで流れてきたが、6歳の折に自分が転生者であることと六つもの前世を思い出し、同時にその経験・知識・技量を全て引き継ぐことになる。  この物語は、故郷を遠く離れた主人公が故郷に帰還するために辿った道のりの冒険譚です。  概ね週一(木曜日22時予定)で投稿予定です。

処理中です...