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259 キリンとトラ
しおりを挟む銀色の夜明け団のメンバーたち、ゲートの守備隊、トラ女とタヌキ娘。
五十人以上が入り乱れての大乱闘。
そんな喧騒の最中のこと。
弧斗羅美はとある守備隊の女と目が合った。
瞬間、周囲の雑音がすべて聞こえなくなる。
お互いに他の何も目に入らなくなった。
強者と強者はまるで磁石のように引き合う。
がっつりかみ合った二つの猛者の魂。
こうなったらもうどちらかが倒れるまでけっして離れることはない。
結っていた髪をほどき、首を振りながらいつものざんばら頭となったトラ美。ふぅと吐息をひとつ。
「あたいは滅爛虎慄紅武爪術、弧斗羅美」
トラ美とは逆に手首につけていた茶色のシュシュにて髪をまとめる守備隊の女。額当ても装着する。
大柄なトラ美と身長だけならばひけを取らない。しかし体型がまるでちがう。うなじがすらりとキレイ。手足はモデルのように長い。全体的に細身だがどこか刃を連想させ剣呑さがある。
「私は闇陀琉枝蛙蹴撃術、鈴木夏帆」
闇陀琉枝蛙蹴撃術。
キリンたちに伝わる固有武術にて、古今東西の武術から蹴り成分のみを抽出したような内容。それの遣い手であるということは、すなわち彼女の正体は言わずもがな。
対峙している相手がキリンだとわかり、とたんにトラ美の目元が険しいものとなった。
なぜならキリンはとても強いからだ。
草食動物の身でありながら、ときには襲いかかってくるライオンの群れを蹴散らすほどの脚力を持つ。長い首もまた強靭。これでガツンガツンと殴り合う姿は圧巻のひと言。
爛々とした金色の瞳にありありと浮かぶは野獣の性。
半身を引いた構えからいきなり「二の段、四ノ華」を発動するトラ美。
たちまち四肢がトラのそれへと変わる。
滅爛虎慄紅武爪術、その真髄はカラダの一部を獣の姿に戻すことで、人の身にありながら森林の王者のチカラを引き出すこと。
化け術をつかって人の姿に化けるを人化とするならば、弧斗羅美がやってみせたのは獣人化とも呼べるシロモノ。いわばトラと人間のハイブリッドのいいとこどり。そこから産み出される破壊力は想像を絶する。
いきなり伝家の宝刀を抜く。
それが必要な相手だとトラ美が判断したということ。
トラ美の変貌を目の当たりにしてニヤリと不敵な笑みを受かべる鈴木夏帆。
「光栄だね。だったらこっちも出し惜しみはなしだ。最初から飛ばしていくよ!」
言うなりボンっと足下が爆ぜた。
地面に深々と刻まれたのは踏み込みの足跡。
地を踏み台とし、くり出されたのは何の変哲もない前蹴り。
ただし恐ろしく速く、鋭く、正確にトラ美の顔面を捉えていた。
さながらハスラーがビリヤードのキューで球を突くかのごとく。だが突かんとしていたのは球は球でもトラの右の目玉であったが。しかもまばたきのタイミングを狙うえげつなさ。
矢どころではない。銃弾のごとき速さで迫る蹴り。
これをかわすには四肢を獣人化しているトラ美でもギリギリであった。頬をかすめて血がにじむ。
「おっかない攻撃だ。まるで女ガンマンじゃないか」
ゆっくりと立ち上がりながら手の甲で頬の血を拭うトラ美。
「おっかないのはどっちだよ。初見殺しのアレをかわすとか。ったく、どんな反射神経をしているんだよ」
対する鈴木夏帆はヒュウと愉快げに口笛ひとつ。
◇
キリン女とトラ女の戦い。
その様相はまるで速射砲台とこれを制圧しようとする兵との攻防のよう。
コンパスのように軸足を固定し、ひたすら蹴りを放ち続ける鈴木夏帆。
これをかわしながらどうにか接近しようと試みる弧斗羅美。しかし懐に入れない。闇陀琉枝蛙蹴撃術の蹴り、その出戻りが異様に速いからだ。視認して宙を駆け抜けたと思ったら、もう足元に戻っている。狙いは正確無比。そして近づくほどに威力が増し、速度も増す。加えてその蹴りの多彩さよ。
突かば槍、払えば薙刀、持たば太刀……、杖はかくにもはずれざりけり。
そう称される杖術のごときに変幻自在。
これを頼みに自身を中心にして円形に強固な防衛網を構築。
並の蹴撃であれば被弾覚悟で突っ込むことも可能だが、強靭なトラのカラダとて一発二発ならばともかく、こうも的確に急所を連続で狙われてはとても耐えられない。そして行進を停められたところで集中砲火を喰らうことになる。
ひたすら自分の間合いの維持と徹底した後の先。
苦しめられるトラ美は攻めあぐねていた。
対する鈴木夏帆の表情にも余裕は一切ない。彼女にもわかっているのだ。懐に入られたが最後、ただの一撃にて形勢がたちまちひっくり返されてしまうことを。それを可能にするだけの膂力をトラが持つことを。
いったん射程外にひいたトラ美が唐突に足を停めた。
腰を落とし、ベタ足にて正拳突きの構えとなる。そのままジリジリ近寄っていく。
だから鈴木夏帆はてっきり蹴りと正面から打ち合って、強引に守りをこじ開けるつもりなのかと思った。ならば受けて立とう。キリンの巨体を支える強靭な脚力でもってトラの拳ごと撃ち抜くのみ。
しかしそれが自分の読みちがいだと気づいたときには、戦局が大きく動いていた。
鈴木夏帆の蹴りの間合いギリギリ。
トラ美はそこにて正拳突きの構えのまま微動だにせず。それどころかいつの間にか目を閉じているではないか!
隙だらけに見える。一歩踏み込んで蹴りを放てば当たる、当てられる。
勝利の二文字が脳裏に浮かび、誘惑が鈴木夏帆を襲う。しかし彼女はこれをねじ伏せた。誘われている可能性もある。
双方動かず。油断することなく警戒したままで対峙することしばし。
何ら前触れもなく、トラ美の耳がわずかにピクリとした。
我知らずその耳の動きを目で追っていた鈴木夏帆がハッとしたときには、二人の間を転がる影ひとつ。
どこかの誰か、あるいはあちらで戦っているであろうタヌキ娘に吹き飛ばされたのか。フライトジャケットを着た若者が宙をぐるぐる。
ジャケットの背中にでかでかとデザインされてあるジャッカルのイラスト。
それを鈴木夏帆が見送った次の瞬間。
すぐ目の前にトラがいた!
あの刹那にずっと貯めていたチカラを大地に解き放ち、ひと息に間合いを詰めていたのだ。
凄まじい踏み込み。トラの拳が轟っと唸る。
キリンの膝が跳ねあがりこれを迎え撃たんとするも、少し出遅れたか。
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