おじろよんぱく、何者?

月芝

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282 イノブタの野望・飛翔

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 ようやく岩上神社が一望できるところまで駆けつけたとき。
 おれと富貴さんが目にしたのは地獄の光景だった。

  ◇

 頂上に祀られた巨岩へと通じる石段。
 埋め尽くすは、大量の毛むくじゃら。
 すべて頂上にて背水の陣をはる猟友会の迎撃によって果てたツワモノども。
 それらを踏みしめ、骨を砕き、身をひしゃげ、血まみれの挽き肉としながら、なおも先へと進もうとするイノブタたち。みな無言だった。ただ黙々と頂上を目指すばかり。
 死出の行進。
 戦場にときおり銃声が鳴り響く。
 耳をつんざく絶叫。撃たれたイノブタのうちの一頭が、すぐ横にある崖から転げ落ちていく。
 崖下にある拝殿屋根には同様に落下してきたであろうイノブタらの骸がいくつも横たわっていた。なかには落下の衝撃で屋根を突き破り穴があいている箇所も見受けられる。流れ出る血が屋根の軒先からぼたりぼたり、神前を赤く穢す。

 イノブタたちと敵対する猟友会も無事な者はほとんどいない。
 たいていが手傷を負っており、なかには太ももを角でやられた者や、頭突きでアバラを折られた者、腕をかまれて肉の一部をえぐられている者もいる。
 疲労困憊、満身創痍、五体満足な者はほんのわずか。
 銃声の間隔がしだいにひらいていた。いよいよ手持ちの弾薬が尽きようとしている。
 そうなればあとはナイフや鉈などを手にしての白兵戦となるばかり。
 大地に四肢を踏ん張り、突進力では動物界屈指のイノブタたち。これが怒涛となって襲いくればひょろっちい人間風情では、とても抗いようがない。
 なのにいまだ猟友会の心が折れていないのは、陣頭指揮を執っている女猟師の鼓舞によるところが大きい。
 しかしいかに奮戦しようとも寡兵の悲しさ。
 心身ともにそろそろ限界を迎えようとしていた。

  ◇

「なんてこと……」

 同胞たちのあまりにも無残な末路を目撃し絶句する富貴さん。

「マズイぞ。人死が出たらおしまいだ。もし一人でも犠牲が出たら、その先に待っているのは止めどもない報復だ」

 おれは山頂の神籬石付近を凝視。
 いまのところはまだ大丈夫っぽいが、それも時間の問題かと思われる。
 身近なところで人的被害がおよぶとき、人間社会は苛烈な反発を示す。
 魔女狩りならぬイノブタ狩りが、とたんに現実味を帯びてきた。いいや、きっとそれだけではすむまい。ひいては関係のないイノシシやブタたちにも累がおよびかねない。全国にて本格的な山狩りが実施されれば、その地にてひっそり平和に暮らしている他の動物たちにも多大な迷惑がかかる。
 おれたちとて無関係ではいられない。余波は確実に街で暮らす動物たちにも押し寄せるだろう。
 そこから先は憎しみの連鎖。
 人間対動物。ドロ沼の戦争へと発展しかねない。

 最悪だ。
 想像しうるかぎり最悪の未来を思い描き、おれは血の気が失せる。足下がおぼつかなくなり、くらり。
 と、そのタイミングでジャケットの内ポケットがプルプル震え、おれを思考の海から現実へと引き戻す。
 愛用のガラケーに着信アリ。
 表示されている番号は芽衣である。
 でも「もしもし」と出たら相手は葵のばあさんだった。

「あぁ、ちょうどよかったばあさん! イノブタどもが暴れて、いま岩上さんがどえらいことになってるんだよ! 猟友会も大ピンチ! っていうか、もはや風前のともしび!」

 おれはツバを飛ばしあわてて窮状をうったえる。
 だというのに電話の向こうからは「わかっている」と落ちついた声。

「梨歩さんから連絡を受けて、こっちもすぐに動いた。ちょうどいい。修行の総仕上げといこうじゃないか。これより芽衣を戦線に投入する。あんたは危ないから岩上神社に近づくんじゃないよ」
「芽衣を投入するって……。ばあさんたち、いまどこにいるんだよ?」
「あたしたちかい? あたしたちがいるのは岩上神社近くにある双子山の片われの天辺さ」

 岩上神社が祀られてある小山。
 そこから谷をひとつ挟んだところにある、ふたこぶラクダの背のような形状の山々。標高が同じで形もそっくりなことから、地元の人間からは双子山との愛称で呼ばれているが、正式名称はない。

  ◇

 尾白四伯との電話を切った葵。

「準備はいいか」

 声をかけると、屈伸運動をしていた芽衣がコクンとうなづく。
 少し離れて向かい合った祖母葵と孫娘の芽衣。
 葵へと向けて駆け出した芽衣がぴょんと跳ぶ。
 両の足裏をピタリと合わせ、まるでプロレスのドロップキックのような態勢。
 これを迎えたのは葵の拳。
 腰を深く落とし、正拳突きの構えから限界まで腰をひねり、たっぷりネジってからの。

「狸是螺舞流武闘術、突の型、釣り鐘砕き」

 踏ん張りにて地面がへこみ、四方に無数の亀裂が走る。
 葵の腰が百八十度横回転、上半身が半円を描く。
 轟っと風がうなる。周囲に激しいつむじ風が生じた。
 これらのチカラが込められた拳が打ったのは、芽衣の両足の裏。
 たちまち斜め上空へと真っ直ぐに打ちあげられる小娘の身体。

 タヌキ娘、飛翔!

 人間ロケットとなりて向かうのは谷向こうの岩上神社。
 激戦区となっている頂上は巨岩付近である。


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