286 / 1,029
286 ガー抜き
しおりを挟む「あの騒動って、やっぱり裏で聚楽第が糸を引いてたんでしょうか?」
ピクリともしない釣り竿。先端を見つめつつ芽衣が口にしたあの騒動とは、淡路島で起きたイノブタたちの一斉蜂起のことである。
姫路アニマルキングダムでの戦いに備えて、修行のために里帰りする芽衣に付き合ったところ、おれも巻き込まれるハメに。
序盤こそはけっこう大事になりそうな勢いではあったのだが、女王が倒れたことによりあっさり終息。しかしあちこちに深い爪痕としこりを残すことになった。
でもって聚楽第とは、動物至上主義を掲げる過激派集団のこと。
動物が引き起こす事件の裏に彼らあり。
と、まことしやかに囁かれている迷惑なやつら。
「さぁな。だが、だとしたら連中もご苦労なこったな。獣王武闘会にもちょっかいを出してるっぽいのに。あっちもこっちも」
おれはいったん竿を引き上げて「ちっ」と舌打ち。
エサがなくなっている。喰い逃げされた。
「でもよくよく考えてみたら勤勉な悪の組織ってのもヘンな話です」
小首をかしげるタヌキ娘。
「なんだ? 芽衣は知らなかったのか。ヤクザもマフィアも半グレ集団も闇金もオレオレ詐欺も、反社の連中は基本的にみんなすげえ働き者なんだぞ。それこそ目の色を変えて、馬車ウマとなってがんばってる。ただ、惜しむらくは目指すべき方向が致命的にまちがっているだけだ。まったく……、あの頭脳と情熱と予算とズルさを他のことに使えば大成することまちがいなしなんだがなぁ」
新たにエサをつけなおし、おれはひょいと竿をふる。
狙い通りのポイントにぽちゃん。
なかなかの竿さばきと自画自賛する。じつはおれこと尾白四伯、芽衣の実家の洲本家に居候しているときに、少々釣りをたしなんでいたもので腕前はそこそこ。
でもって現在地は高月郊外にある池。
時刻は夜半。
かつてはヘラブナ釣りで賑わっていたものだが、いまではバスフィッシングにとってかわられてひさしい場所。
そんなところで探偵と助手が仲良く釣りに興じているのは暇つぶし。
なんぞではなく、もちろん依頼を受けたからである。
◇
ことの発端は近所の小学生の目撃談。
「あそこの池ででっかい怪獣をみた!」
そんなウワサが持ちあがれば、好奇心旺盛な子どもたちが黙っているわけもなく。探検ごっこのノリにて怪獣探しに勤しむようになった。
すると「池の中を泳ぐ大きな影を見た」とか「音がして大きな波紋が浮かんだ」とか「無残に喰い千切られたブラックバスがあった」というそれっぽい話がちらほら。
やがてこの話が子どもたちから親御さん方の耳へと届くまで、さして時間はかからなかった。
「子どもたちが出入りしている池にそんな危ない生き物がいるだなんて……」
当然のごとく心配する親御さんたち。これに後押しされる形にて学校でも問題視される。
ついては「あそこには近づかないように」との通達を全校生徒にされるも、これは逆効果だった。
頭ごなしにダメと禁じられると、かえってやってみたくなる。
子どもは反骨精神の塊にして、大なり小なりみんな天邪鬼を飼っている。
そして始まる大人と子どもの不毛なイタチごっこ。
で、そのさなかにちょっとした事件が起きた。
事件といってもなんてことはない。子どもたちのうちのひとりがうっかり足を滑らせて池にどぼん。さいわい浅瀬にて泥まみれになっただけですむも、これを目撃していた者たちのうちの誰かがこう言った。
「きっと池の怪獣にひきずりこまれたんだ!」
根も葉もないデマである。
だがいったん火がついた恐怖心はもう止められない。
あっという間に子どもたちに伝播。たちまち都市伝説化に格上げ。
こうなると反応が二極化する。
怖がってめったやたらとガクブルおびえる子らと、かえって闘志を燃やす子らと。
前者はパニックとヒステリーを引き起こし、後者は規則違反を続発させる。
どちらにしても大人の手を煩わせることしきり。
親御さんたちも次第に「キーッ」となって学校に詰め寄り「なんとかして!」とせっつく。
困った学校は「どうにかして下さいよ!」と行政やら警察に泣きつく。
行政としては安全柵を設置したり、池の水を抜いて底をさらったりして対処したいところだが、いかんせん予算の都合が。
それに未確認情報に踊らされたあげくに「何も出ませんでした」では済まされない。
警察にしたって似たようなもの。ウワサや都市伝説でおいそれと動くわけにはいかないのだ。
で、あちこちたらい回しにされた案件が巡りめぐって、尾白探偵事務所に持ち込まれた。
依頼内容はこうだ。
「とりあえず本当にいるのか、あと正体も知りたい。もしも捕獲に成功したらなおけっこう」
誰がこんな話を持ち込んだのかって?
そんなの決まってるだろう。
◇
「どうだ四伯? 何か釣れたか」
背後の闇からにじみ出るようにして近づいてきたのは、全身黒づくめのスーツ姿の女。
夜でもサングラスをはずさないのは高月警察署の不良刑事、安倍野京香である。
珍しく差し入れ持参であらわれたカラス女。コンビニのビニール袋には缶コーヒーにペットボトルのジュース、アンパンやらメロンパンやらがいくつか。
おれは缶コーヒーだけをありがたく頂戴し、残りは芽衣に渡す。
さっそく芽衣がパン類にパクついているのを尻目に、おれとカラス女はタバコ片手に雑談。
「実際のところ四伯は何だと思う」
「どこぞの阿呆が捨てたペットのガーじゃねえのか」
アリゲーターガー。
ガー目ガー科、全長二メートルにもなる北アメリカ大陸最大の淡水魚。
略してガー。肉食にて何でもバクバク食べ、すくすく育つ。あまりの育ちっぷりの良さから、飼えなくなって捨てるバカが後を絶たない。
特定外来生物。喰えないことはないが身と皮の間に臭みがあるので注意すること。なお味はパサパサのささみっぽい。ぶっちゃけ味はイマイチ。ブラックバスのほうがよっぽどウマい。
「おおかたそんなオチだろう。なんにしても迷惑な話だ」
「迷惑な話といえば、前に小学校のプールでガーを泳がしていたって話もあったよな」
「あー、そんなニュースもあったな。たしか『たまには広々としたところで泳がせてやりたかった』とかのふざけた理由で」
「なんにせよ、人間ってのはどうしてこう手に負えないペットに限ってやたらと飼いたがるのかねえ」
「そうそう。かといってメダカみたいな小さいのを飼えば、今度はやたらと増やしまくって水槽をいくつも並べたがるし」
池に背を向けおれとカラス女が人間のペット狂い談義に夢中になっていたら、唐突に背後の水面にてバシャンと激しい跳ね音。
あわててふり返ったおれは驚愕の光景を目の当たりにする。
大口を開けているアリゲーターガー……。
ではなくて、アリゲーターがすぐそこにっ!
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
古道具屋・伯天堂、千花の細腕繁盛記
月芝
キャラ文芸
明治は文明開化の頃より代を重ねている、由緒正しき古道具屋『伯天堂』
でも店を切り盛りしているのは、女子高生!?
九坂家の末っ子・千花であった。
なにせ家族がちっとも頼りにならない!
祖父、父、母、姉、兄、みんながみんな放浪癖の持ち主にて。
あっちをフラフラ、こっちをフラフラ、風の向くまま気の向くまま。
ようやく帰ってきたとおもったら、じきにまたいなくなっている。
そんな家族を見て育った千花は「こいつらダメだ。私がしっかりしなくちゃ」と
店と家を守る決意をした。
けれどもこの店が……、というか扱っている商材の中に、ときおり珍妙な品が混じっているのが困り物。
類が友を呼ぶのか、はたまた千花の運が悪いのか。
ちょいちょちトラブルに見舞われる伯天堂。
そのたびに奔走する千花だが、じつは彼女と九坂の家にも秘密があって……
祖先の因果が子孫に祟る? あるいは天恵か?
千花の細腕繁盛記。
いらっしゃいませ、珍品奇品、逸品から掘り出し物まで選り取りみどり。
伯天堂へようこそ。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
乙女ゲームの正しい進め方
みおな
恋愛
乙女ゲームの世界に転生しました。
目の前には、ヒロインや攻略対象たちがいます。
私はこの乙女ゲームが大好きでした。
心優しいヒロイン。そのヒロインが出会う王子様たち攻略対象。
だから、彼らが今流行りのザマァされるラノベ展開にならないように、キッチリと指導してあげるつもりです。
彼らには幸せになってもらいたいですから。
オッサン齢50過ぎにしてダンジョンデビューする【なろう100万PV、カクヨム20万PV突破】
山親爺大将
ファンタジー
剣崎鉄也、4年前にダンジョンが現れた現代日本で暮らす53歳のおっさんだ。
失われた20年世代で職を転々とし今は介護職に就いている。
そんな彼が交通事故にあった。
ファンタジーの世界ならここで転生出来るのだろうが、現実はそんなに甘く無い。
「どうしたものかな」
入院先の個室のベッドの上で、俺は途方に暮れていた。
今回の事故で腕に怪我をしてしまい、元の仕事には戻れなかった。
たまたま保険で個室代も出るというので個室にしてもらったけど、たいして蓄えもなく、退院したらすぐにでも働かないとならない。
そんな俺は交通事故で死を覚悟した時にひとつ強烈に後悔をした事があった。
『こんな事ならダンジョンに潜っておけばよかった』
である。
50過ぎのオッサンが何を言ってると思うかもしれないが、その年代はちょうど中学生くらいにファンタジーが流行り、高校生くらいにRPGやライトノベルが流行った世代である。
ファンタジー系ヲタクの先駆者のような年代だ。
俺もそちら側の人間だった。
年齢で完全に諦めていたが、今回のことで自分がどれくらい未練があったか理解した。
「冒険者、いや、探索者っていうんだっけ、やってみるか」
これは体力も衰え、知力も怪しくなってきて、ついでに運にも見放されたオッサンが無い知恵絞ってなんとか探索者としてやっていく物語である。
注意事項
50過ぎのオッサンが子供ほどに歳の離れた女の子に惚れたり、悶々としたりするシーンが出てきます。
あらかじめご了承の上読み進めてください。
注意事項2 作者はメンタル豆腐なので、耐えられないと思った感想の場合はブロック、削除等をして見ないという行動を起こします。お気を悪くする方もおるかと思います。予め謝罪しておきます。
注意事項3 お話と表紙はなんの関係もありません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる