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350 タヌキと暗黒騎士
しおりを挟む暗黒騎士ジルド卿のひと振りにより、瞬く間に二人もの仲間がやられてしまった。
動揺を隠せないレジスタンスの突撃強襲部隊。
周囲には帝国軍の守備ダンボール戦士たちが多勢にて脱出もままならぬ。
帝国のスパイの手によりまんまと誘い出されての待ち伏せ。
冷や汗たらり、全滅の二文字が脳裏をよぎる。
重く沈みゆく空気は心の様をあらわしているかのよう。あまりの窮地に武器を持つ手が知らず知らずのうちに下がってゆく。
そんな中にあってひとり気焔を吐いたのがタヌキ娘の洲本芽衣。
おびえて縮こまり肩を寄せ合っていたレジスタンスの仲間たちからひとり抜けだし、敢然と暗黒騎士の前に立つ。
芽衣が無言のまま右の拳を突き出す。
それは「自分と一対一で戦え」との意思表示。
ダンボール戦士、鉄の七か条
掟その一、ダンボール戦士たる者、つねに誇りと品格を持つべし。
掟その四、ダンボール戦士たる者、つねに対戦相手に尊敬の念を失うべからず。
これらを逆手にとってのタヌキ娘の挑戦状。
戦とは大将首をあげた方が勝ちと相場が決まっている。現状を一発逆転するにはもうこれしかない。
敵味方が見守る中、応じないのはダンボール戦士の名折れ。
ゆえに暗黒騎士は大剣の切っ先を芽衣へと向けた。その意味は言わずもがなであろう。
とたんに周囲にいた面々が誰に指示されるでなく自発的にぞろぞろ移動を開始。
決闘する二人を丸く囲む。
即席の闘技場が出現した。
◇
軽装備にナックルダスターという拳闘士スタイルのタヌキ娘。
タタミ一畳ほどもある大剣にて全身を黒の甲冑で固めた重戦士スタイルの暗黒騎士。
一見するとタヌキ娘の方が素早く動けるように見えるが、さきのひと振りにより暗黒騎士が見かけ通りではないのはすでに判明している。
リーチに関しては圧倒的に暗黒騎士が有利。
あの暴風のごとき凶撃をいかにかいくぐって接敵するかが、勝敗のカギを握るであろう。
タヌキ娘が両の拳を握り、ファイティングポーズにて軽快なステップを踏み始める。
対する暗黒騎士は両手持ちにて、あえて己が肉体を敵前にさらしつつ、後方に大剣の切っ先を向けたままでじっとしている。上段より縦一文字に振り下ろすのか、あるいは横一文字に斬り裂くのか。単純な二択。だがクジを外すと痛い目をみることは必定。
時計の針のごとく、相手を中心に据えてするすると移動を開始するタヌキ娘。
これをじりじり追いかけ、つねに正面に捉えるように立つ暗黒騎士。
右へ、右へとまわるタヌキ娘。その位置がちょうど三時をさしたところで、急に反転し巻き戻る。
三時をさしていた時計の針を十一時のところにまで強引に動かすかのような挙動。
相手に合わせてゆっくりと三時方向を向こうとしていた暗黒騎士、虚を突かれて若干ながらも反応が遅れる。
あるいは視野の狭い甲冑の仮面の奥にあるはずの双眸には、瞬時にしてタヌキ娘の姿がかき消えたかのように映ったかもしれない。
それほどに急激な動き。
緩慢からの急制動。
からの突撃。
鋭いひと突き。矢となったタヌキ娘のカラダ。その拳が暗黒騎士の横っ面へと迫る。
だが当たるかとおもわれた直前、吹き飛ばされていたのはタヌキ娘の方であった。
大剣による横薙ぎ。
それも水平に寝かせていた刃をヒット直前にて立てることによって、面の攻撃特性を持たせた一撃。なにせ相手の得物はタタミ一畳ほどもある幅広。
タヌキ娘にとってはいきなり壁にぶつかられたようなもの。カウンター気味にてこれはかわしようがない。
とっさに左腕を上げてしっかりガードはしたものの、衝撃までは殺しきれない。
派手に飛ばされ転がされたタヌキ娘。
ごろごろごろ、からぴょんと跳ね起きるようにすぐさま立ち上がったものの、とたんに左の小手とスネ当てがばらりとはだけてしまう。暗黒騎士の剣撃と自分の動きが重なり、あまりの負荷に装備をつなぐガムテープやセロハンテープがこらえきれずにぷつり。
タヌキ娘が「ちっ」と舌打ちをし、暗黒騎士は無言のままでふたたび構えをとる。
苦境に立たされた芽衣。
見ていることしかできないおれはぐぬぬと歯ぎしり。「なんで布のガムテープにしなかったんだよ」と小声でツッコム。
すると隣にていっしょに決闘の行方を見守っていた明星が「しょうがないでしょ! 紙のやつより布の方がちょびっと割高なんだから。ダンボールはあちこちから拾ってこれるけど、ガムテープだけはそうはいかないのよ」とレジスタンスの厳しい懐事情を暴露。
いつの時代もそうだ。
若者は夢と希望と時間と元気と性欲は持て余しているものの、お金はあんまりない。だから一本のジュースを仲間内で回し飲みしたり、一冊のマンガの雑誌をダチ公らと回し読みしたりしつつ結束を固め、友情を育むのである。
なんぞとおっさんがノスタルジーに浸っている間にもタヌキ娘と暗黒騎士ジルド卿の戦いは続く。
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