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356 鏡のマリー
しおりを挟む高月中央商店街にはどうやって生計を立てているのか、いまいちよくわからないナゾのお店がちらほら存在している。
まぁ、我が尾白探偵事務所も他所さまのことをとやかく言えた義理ではないが……。
で、その筆頭なのがマリーさんのお店。
建物と建物の間の細い路地。その突き当りにポツンとある扉はカントリー風。内側にかけられたカーテンはレースのひらひら。古き良きアメリカンの草原ファミリーデイズを彷彿とさせる外観。
しかし一歩中に入ると異様な空間が待っている。
どこを向いても鏡、鏡、鏡……。
大小、いろんな形、アンティークものから最新のものまで、とにかく鏡だらけ。
鏡の専門店。
ところせましと飾られた鏡たちの総面積を足せば、きっと教室二つ分ぐらいにもなるはず。
とは商会長談である。
でもってご店主のマリーさんはすこぶる艶っぽい美魔女さんなんだとか。
やたらと伝聞情報ばかりなのは、おれが彼女と一面識もないから。
マリーさんは商店街の会合に出席したことがない。お店は開けているよりも閉まっているときの方が圧倒的に多く、目立ったお客の出入りもなければ評判もまるで聞こえてこない。店へは通いらしいのだが商店街でそれらしい女性を見かけたこともない。
ただしこれはおれだけにかぎった話ではない。
隣近所とも完全に没交渉にて、唯一面識があるのが商会長のみ。それとても必要最低限にて片手で数えるほど。
ベタベタの馴れ合い所帯である商店街では異質の存在。
よって商店街の生き字引を自称するお節介なジジババどもが、なんとかお近づきになろうとたくらむも、ことごとくスルリとかわされる。
たまさかか意図的なのかはわからない。
しかし先方が結びつきを望んでいないのだから放っておけばいい。
だというのに……。
「頼む、どうしても気になってしようがないんじゃ」
「老い先短い年寄りのささやかな願い、どうか叶えておくれ」
「冥途の土産に、ぜひ」
「こんなしようもないこと頼めるのはあんたしかおらんのじゃ」
「支払いに地域振興券は使えるの? 高齢者割引は?」
素人ながらもあの手この手でマリーさんに挑戦するも惨敗したジジババども。「素人でダメならば玄人にまかせるがよかろう」と思い立ち、尾白探偵事務所にそろって押しかける。
『マリーさんについて調べてくれ』
という依頼を引き受けるのを渋るおれにグイグイくるお年寄りたち。
なんという遠慮のない距離の近さ。
田舎暮らしの距離感もたいがいだとの話はよく耳にするが、収穫した野菜を手土産にやってくるだけあっちの方がずっとマシだ。こっちのジジババどもは手ぶらでの突然の来訪にて、平然とお茶のおかわりを要求し、お茶請けを出せとせがむ。ちょっとムカついたのでセンベエを出してやったら、入れ歯のくせしてばりぼりばりぼり。
くっ、強い……。伊達に医療費を喰い潰しているわけじゃない。ボディメンテナンスは完璧だ。そしてタフだ。若造のちゃちな嫌味なんぞは鼻で笑いやがる。
そんなジジババどもからの攻勢を退けるとはね。
マリーさん、只者じゃない。
◇
結局、ごり押しされて「同じ商店街の仲間だし、先方に失礼がない程度の調査でよければ」という条件のもと、おれは依頼を引き受ける。
で、あんまり気乗りしないままにマリーさんのお店へと足を運ぶ。
お店がやっており当人がいれば、事情を説明して当たり障りのない程度の情報をゲット。それで依頼完了となるはず。
が、残念ながら店舗扉のノブにはクローズの吊り看板。
「うーん、ダメか。ひょっとしたらここは実店舗というよりも見本の展示や倉庫代わりに使っているのかも。販売は今風にネット通販がメインとか」
入り口扉のガラスの向こう、レースのカーテンの隙間から店内をのぞき見。
店内は薄暗く、様子はよく見えない。けれどもチラリと動く影のようなものがあった。
ひょっとしたらお店は開いていないけど在宅中なのかも。
試しに扉をノックして「すみませーん」と声をかける。
しかし返事はない。
気のせいだったのかと諦めて引きあげようとしたとき。
コトリ。
軽い何かが倒れるような小さな音。
店の中から聞こえた。
おれはつい反射的にふり返ってドアノブに手をかける。するとガチャリとノブが回って、扉があっさり奥へと開く。
「カギがかかっていない……。ということはやっぱりいるのか? まさか具合が悪くなって倒れているとかじゃないだろうな」
サスペンスドラマだとこの後、お節介な主人公が殺人事件の現場に遭遇しちゃたりするものだが、高月みたいなのんびりしたところではポンポン重大事件なんぞは起こらない。
よって病気の線を真っ先に疑ったわけだが……。
万が一のことがあってはならない。もしもかんちがいならば頭を下げればすむ。
おれは声をかけながら店内へと足を踏み入れ、そしてびくり。
一斉にこちらを見つめてきたのは鏡の中にいる自分自身。
店内が鏡だらけとは聞いていたが、いざ立ち入ってみるとその異空間っぷりに首のうしろあたりがゾゾゾとしてくる。
「鏡といえばうちの事務所の上階にもナゾの鏡があったっけか。めんどうなんで、うやむやのままにうっちゃっているけど」
うちの雑居ビルは一階から四階までは埋まっているが、五階のみずっと空き室。
格安の店賃に惹かれてときおり見に来る者はいるものの、みな真っ青になって出て行きそれっきり。おかげでちっとも借り手が決まりやしない。
その五階にはがらんどうながらも壁に一枚の大鏡が張り付いている。
花伝オーナーはそんなもの設置した覚えはないと首をかしげていたが、おれはたしかに目撃した。
「マリーさんに頼んだらアレも引き取ってもらえるのかな。鏡って何げに処分に困るんだよなぁ」
ぶつくさ言いながら店内を探る。
しかし何ら異常はみられない。
失礼は重々承知の上で店内と奥の方もくまなく探索してみたが、事件現場どころかネコの子一匹いやしない。
どうやらおれの見間違い、早とちりであったらしい。
おおかたマリーさんは軽い用事で近所にでも出かけているのだろう。
さて、これからどうしたものか。
留守中に勝手にあがり込んで中で待つのはいくらなんでも無作法が過ぎる。いったん外に出て表で彼女が帰ってくるのを待ち、事情を説明し謝罪してから話を運ぶのが一番角が立たないだろう。
そう決めておれが外へと向かおうとした矢先のこと。
店内にジリリリリというけたたましいベル音。
壁掛け式の古電話が鳴いている。
続いて「ポッポー」と鳩時計も鳴いた。
合わせ鏡にて無限に続く世界の中。
たくさんのおれがまぬけ面にて立ち尽くす。
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