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373 カミナリ火事オヤジ
しおりを挟むいい歳をしたおっさんが、年端もいかぬ女子タヌキをあられもない姿にする。
「さすがにアウトでしょう。どん引きだよ」
「絵面が完全に犯罪シーンにしか見えない」
芽衣と玲花から物言いが入った。
おれも床にモロ出しでのびている栄吉を前にし、「さすがに女の子にこれはないな」とおおいに反省する。
そこで妙子の真紀のときには別教室にてみんなから隔離状態。なおかつカーテンでこしらえた即席のテント内にて直接触れずに布越し。さらに衣装についても気を配り、いざというときのために芽衣がスタンバイしての実施となる。
その結果……。
妙子はぐいぐいクラスを引っ張る委員長っぽい容姿となり、真紀は三つ編みの文学少女みたいな姿となった。
「ふ~ん、あたいが人間に化けるとこうなるのか。悪くないわね」
とは妙子。ツンとすまし顔ながら満更でもない様子。
「これがわたし……。どこもへんなところないかな?」
とは真紀。きょろきょろするたびに揺れるおさげ。やたらと背中を気にしているのは、うっかり尻尾が出ちゃっていないか心配しているっぽい。
「なんで坊主なんだよ! あとオレっちはもっとムッキムキのはずなのに」
やや不服そうなのは栄吉。想定よりもビッグじゃないあちらこちら。自分の姿にちょっとショックを受けているが、それでも人間になれた興奮がやや勝っているか。
紆余曲折あったが栄吉、妙子、真紀、それぞれが補助付きながらも人間の姿となることに成功。
鏡の前で自分たちの化けた姿に照れる彼ら。
これに俄然やる気を燃やすのが他の十六匹の子タヌキたち。
友人知人がやっていたらマネしたくなるのが子どもというもの。
いい感じで競争心があおられて、先生役のおれはしめしめとほくそ笑む。
そのときである。
コツンと鳴ったのは教室の窓ガラス。
おれは外で待たせていた特別ゲストその二の存在を思い出す。
「あー、そういやアイツらも呼んでたんだっけか。すっかり忘れてた」
雑草ボウボウのグラウンドより、こちらを見上げていたのはチーマーの集団。
地元でファイトクラブなどを運営している半グレ集団「ウインドサイズ」のメンバーたち。全員がイタチの若者。
どうしてそんな連中を呼んだのかというと、子どもたちに因縁をつけさせるためだ。
とはいっても、もちろんお芝居である。
芝居の筋としてはこうだ。
「おうおう、豆タヌキどもが集まって何をしているかとおもいきや、人化けの術の練習だあ? かぁーつ、あきれたね。化け術のひとつも使えねえなんざぁ、タヌキじゃねえ。あー、おかしいったらありゃしない」
イタチ野郎たちが一斉に「うひゃひゃひゃ」と小馬鹿にすることで、子タヌキたちに「ちくしょう、いまにみていろ。おまえたちをきっと見返してやるからな」と思わせるのが狙い。
だが子タヌキたちはすでにやる気モリモリ。
この調子ならウインドサイズの連中、いらなかったな。引きあげさせるか……。
なんぞと窓辺にて下を見ていたら、連中の背後から白い筋がゆらゆらと天へと昇っているのが目についた。
「うん? なんだあれ……って、げっ!」
白い筋がみるみる立派に育っていき、パチリパチリと根元ではぜる音がする。
よくよく見れば火がおこっていた。おそらくはタバコの火の不始末が枯草にでも引火したのであろう。
おれはすぐに窓を開けて外に向けて怒鳴る。
「おいっ、うしろ! うしろ!」
こんな僻地にまで呼び出されたというのに、ずっと待ちぼうけ。かとおもったら一転してわめき散らされキョトンとなるイタチのチーマーたち。だが、自分たちの背後にてメラメラ本格的に燃え広がり始めた火に気がついて「アーッ!」
地震カミナリ火事オヤジ。
実際にこれらと遭遇した体験がある者ならばおわかりであろうが、冷静かつ適切に対処できるのはよほど肝の座った者か、あるいはきちんと訓練を積んだ者ぐらい。
いや、よしんば訓練を積んでいたとて、本番になったら頭の中が真っ白になって満足に動けなくなることもしばしば。
ましてやおれたちは動物である。
でもって火のそばにいる元凶はイタチ野郎どもである。
期待するだけムダであろう。
「消せ、踏んで消すんだ」
言いつつ火を蹴飛ばすイタチその一。当然ながら火の粉がパッと飛び散る。
「おっ、そうだ! こんなときには」
ちゃかちゃかズボンのチャックを下ろし始めたイタチその二。お小水で消火を試みるも、肝心な時には緊張してちょろりとも出やしない。
「バカ野郎、水だ、水、あっちに水道の蛇口があっただろうが」
比較的まともだったイタチその三が校庭の隅にある水場へと駆け寄る。だがいくら蛇口をまわせども一滴も出やしない。それもそのはずだ。ここは廃校になってからかなり経っているもので、水道なんぞはとっくに止められているんだもの。
「こんな時は土だ。土をかけろ」
そう言ったのはイタチその四。着眼点は悪くない。でもグラウンドには雑草がぼうぼう。地面の下にはしつこい根がみっちみち。道具もなしにガシガシ掘り返すのは、けっこう骨が折れる状態。
ウインドサイズの連中があわてふためく様を上の教室から見ていたおれは「うーん、こりゃあまずい」といそいで外に。建物とかに類焼したらたいへん。
でもってドロンと「変化」
化けたのは大きな鉄板。
じりじり燃え広がっていた火を丸ごとボディプレス、強引に鎮火をはかる。
でもって周囲の細かい火の粉はイタチの若者たちにまかせることで、どうには本格的な火事へと進展することは回避するも、遠くから近づいてくる「ウ~ウ~」というサイレンの音。
どうやら煙を目撃した誰かが消防に通報した模様。
「うわっ、どうすんだよ、これ。廃校でボヤ騒ぎとか、絶対に消防の人に怒られる」
おれが変化を解いてふり返ったら、ウインドサイズのメンバーどもが本来のイタチの姿に戻ってすたこら逃げるところであった。
芽衣と玲花と十九匹の子タヌキたち?
言わずもがなであろう。タヌキはずんぐりした見た目に反して逃げ足は相当速いのだ。
すべてを押しつけられたおれは、ぽつんとひとり。
じきに到着した消防のオヤジどもから、どえらいカミナリをピカゴロどかん!
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