おじろよんぱく、何者?

月芝

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380 中央給水塔

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 たんぽぽ団地を構成するのは、ひと棟で六十戸が住める五階建ての棟が合計十三と、敷地中央にそびえ立つシンボル的な給水塔。

「ぶっちゃけ全戸を調べるのなんてダルいよなぁ」

 これがおれの率直な気持ち。
 エレベーターなし、襲ってくる茨の怪異ありまくり。ひょっとしたら他にも何かあるのかも。いいや、きっとあるのだろう。
 そんな場所を三人ぽっきりで、突入してはいちいち一戸ずつしらみつぶしに調べるとか、肉体もやばいがココロが先に折れる。

「っていうか、どう考えても怪しいのって中央のいんちきロケットだろうが」

 そう言ったのはカラス女こと安倍野京香。
 京都の駅前に建つアレにそっくり。オモチャの宇宙ロケットのようなデザイン。あるいは内地に運ばれた灯台もどきな給水塔。
 異彩を放つ容姿が「いかにも、ラスボスはここだぜ」と言わんばかり。

「でもホラーゲームとかだと、ちゃんと手順を踏まないと入れない仕様なんですよねえ」

 同じく給水塔を眺めながら、さらりとイヤなことを口にするのは車屋千鶴。
 そうなのだ。
 ホラーゲームとかに登場する洋館とかお城とか、内部がまるで忍者屋敷みたいにからくりだらけ。扉一枚、薄壁一枚超えるだけでもあちらこちらを行ったり来たり。襲ってくる敵に怯えながら、都合よく落ちているキーアイテムなんぞをこつこつ集めては、また戻るの繰り返し。
 もしもこれが現在のおれたちの状況にも当てはまるとしたら、七百八十戸を巡っては家探しを敢行することになる。

「よし、やっぱり火をつけよう。炎と煙で炙れば向こうから姿を見せるだろうよ」早々に匙を投げるカラス女。「そこいらを漁れば火種ぐらいは集まるはずだ」

「そうですねえ……。しかし相手は生木ですからあんまり燃えないかも。放棄されてあるクルマや重機にガソリンでも残ってないかしらん」

 車屋千鶴もちょっとその気になりかけている。
 そんな女どもに「ちょっと待て!」とおれがストップをかけた。

「忘れたのか? ここは閉じられた空間なんだぞ。ヘタに火なんぞ放ったらどうなるかわかったものじゃない」

 燃え盛る業火、地獄の窯となり、中にいるおれたちまで煙にまかれてそろってこんがりロースト。
 なんて最悪の事態も充分にありえるだろう。
 そこでおれは「とりあえず給水塔に行ってみようじゃないか」と建設的な意見を述べてみた。

  ◇

 ちっ、案の定である。
 給水塔の鉄の扉は開かない。
 ガッツリ閉じられており、ご丁寧に太い鎖で封印がされている。U字型のダイヤル式南京錠のおまけつき。
 ちくしょうめ。これだとおれの部分化けを用いた鍵開けスキルが使えない。
 どうする?
 ダイヤルは三ケタ。組み合わせは千通り程度だから、気合と根性でトライすれば開けられなくはないけど……。
 なんぞとおれがまじめに考えていたら、すぐそばで「パンパン」銃声が鳴った。
 カラス女である。
 持ち込んだトカレフの火力では太い鎖は切れそうにないので、ダイヤル式南京錠の方を狙いやがった。
 三発目にて大きくへこんで歪み、五発目にしてついに千切れて吹き飛ぶ南京錠。
 いきなり跳弾に至近距離で巻き込まれたおれは「きゃあきゃあ」逃げ惑う。

「せめてひと声かけてからにしてっ!」

 一方で車屋千鶴はちゃっかり後方に下がって退避していた。

  ◇

 扉の鍵の方はおれが指先を部分化けさせて合鍵をこしらえて対処。
 重い扉をグイグイ押して開けた奥。
 給水塔の内部は想像とまるでちがっていた。
 おもいのほかに明るい。細い光の筋が八方より差し込んでは、内部を照らしている。どうやら外からではわからないほどの小さな明かりとりが、あちこちに設けられてあるようだ。
 しっかしがらんどうである。
 見上げた先、塔の天辺までからっぽ。
 黒薔薇や茨たちどころか、給水施設すらもありゃしない。
 あるのは塔内部の壁沿いに頂上までのびている階段だけ。

「ここって本当に給水塔だったのか? いくらなんでも何もなさすぎ」
「とんだハリボテじゃねえか」
「はて? おかしいですねえ」

 元からこうなのか、あるいは怪異の影響なのか。
 どうにも判別がつかず三人は首をかしげることに。
 で、いちいち階段を上までのぼってなんていられないので、ここはカラス女に一任する。

「ちっ、またかよ。しょうがねえなぁ」

 ぶつくさ文句を言いながら黒いツバサが舞い上がる。
 ぼんやり待っているのも芸がない。
 おれと車屋千鶴は持ち込んだエリアマップを床に広げて、たんぽぽ団地の全容を把握がてら、次に調べるべき箇所の目星をつけることにする。

「一号棟はとりあえず保留して、お次は……」
「そうですねえ。いっそ逆回りというのもありかも」

 なんぞと相談していたら、上から「おーい、おーい」とカラス女の声。

「おまえたち、ちょっと来てくれ。なんだか妙なんだ」

 どうやら天辺から見える景色に異常があるらしい。
 説明するよりも自分の目で見た方が早いと言われてはしようがない。
 おれと車屋千鶴も給水塔の天辺を目指してえっちら階段をのぼることになった。


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