おじろよんぱく、何者?

月芝

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382 団地の精と四つの願い 前編

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 薄い空気の膜をぬるっと越えたとたんに出現するのは幻の十四番目の棟。
 たんぽぽ団地中央にあった給水塔はフェイク。こちらが怪異が潜む本丸。
 我らたんぽぽ団地調査隊は臆することなく踏み込む。
 で、なんやかんやオカルト冒険的アクションシーンの数々を経て、ついに最上階へと至る。
 途中、本当にたいへんだった。
 茨に襲われたり、黒薔薇の香りに惑わされたり、サボテン人間みたいのに追いかけられたり、吊り天井の罠に危うくかかりかけたり、ついにラスト一本となったタバコを巡ってカラス女と探偵が死闘を演じたり……。
 などなど、いろいろあったが詳細は割愛する。

  ◇

 最上階にておれたちを待っていたのは、黒ヤギの変態さん。
 変態度合いでいえば、首から上が黒ヤギで肉体はムキムキ。胸筋に青筋がびきばき浮いている。身に着けているのはやや黄ばんだ白いブリーフと白いルーズソックスのみ。
 数多の変態どもと対峙してきたおれこと尾白四伯。
 そんな探偵の目からしても、こいつはかなり残念な部類だ。その証拠に女性陣はドン引きである。
 なのにおかまいなしの黒ヤギの変態さん、おれたちを迎えるなり尊大にこう言った。

「我は異界より召喚されし団地の精。試練を乗り越えし勇者たち。さぁ、約束の刻は来たれり。各々願いを言え。ひとつずつ叶えてやろう」

 黒ヤギの変態さんもとい自称・団地の精。
 アラビアンナイトでお馴染みのランプの精の親戚みたいなものらしく、このたんぽぽ団地は彼を呼び出し、蓄えたチカラと引き換えに願いを叶えてもらうための大仕掛けなんだとか。
 ちなみに蓄えたチカラとは、この場所に流れ込んでいる大地のエネルギーや、この地に住まう人々の幸福エネルギー、その他に太陽光とか細々とした環境エネルギーなんだってさ。
 少しずつ抽出し、濃縮し、丹念に精製し、ようやく契約が果たせる準備が整った。
 だというのに肝心の相手がちっとも来ない。
 かとおもえばいきなり団地を解体するとか乱暴を言い出すし……。

「もしも我が邪魔をせずにあのまま解体作業を続けていたら、この願望器が爆発してどえらい被害が出ていたことであろうよ。少なく見積もっても内海が発生して本土が二つに分かれていたのにちがいあるまい。また地脈がおおいに乱れて世界各地で地震やら火山の噴火なども頻発していたはずだ」

 いま初めて知る驚愕の真実、わりとすぐそこまで迫っていた世界の危機!
 古くなった団地をとり壊すことが引き金となって、気候変動と地殻変動を誘発し世界滅亡とか、いったい誰が予想しえたであろうか?
 っていうか、どこのどいつだよ。そんな危ない装置を造ったっきりで放置していやがるのは?

「知らぬ。我は呼ばれたから来ただけのこと。それよりも我はすっかり待ちくたびれた。早く用事をすませて家に帰りたい。いい加減に戻らんとカミさんにどやされる」

 とんでもスケールのワールドクラスの話をしたとおもったら、急に所帯じみたことを言い出す団地の精。すっかり尻に敷かれているようだ。
 しかしこんなのでも結婚できるんだと知って、地味にショックを受けているおれ、カラス女、車屋千鶴ら花の独身トリオ。
 そんなこちらの気持ちなんぞはおかまいなしに、「さあさあ」と願いを催促してくる団地の精。よっぽどカミさんが怖いとみえる。
 そこでおれたちは順番に願いを口にする。

「だったら、おまえ、ちょっとタバコ買って来い」

 ニコチンが切れてご機嫌斜めなカラス女こと安倍野京香。
 パシリをしろと言われて戸惑いを隠せない団地の精。

「いや、それならば好きなだけタバコを出してやるから、欲しい銘柄を」
「あぁん、バカかおまえは? そのタバコはどこから出すんだよ。許可なく勝手に作ったら違法だ。それに他所からパクってきてもやっぱりアウトだ。仮にも警察官であるこの私がそんなことを見過ごせるはずがないだろう」

 ガサ入れのどさくさに紛れてヤクザの上前をはねたり、拳銃をくすねるような不良刑事が珍しく正論を吐いている。
 どうやら体内のニコチンが薄れて、頭の中のモヤが少し晴れているみたいだ。

「だったらおれは腰痛をどうにかしてくれ。毎朝、起きるたびに腰回りがガチガチでかなわん」

 続けておれも願い事を口にする。「大金持ちになりたい」だとか「ハーレム王にしてくれ」とか、そんなだいそれたことは望むまい。
 だってせっかく大金を得たとて、ごっそり国に税金として持っていかれるんだもの。
 すぐ隣に国税局八番課の人間である車屋千鶴がいるこの状況で、金銀財宝を願うのなんて阿呆の極みであろう。
 でもって酒池肉林とか柄じゃない。ハーレム王になったところで、痴情のもつれで刺されて終わるだけのこと。慎ましやかでもいい。愛のある穏やかな家庭をおっさんは欲する。そして健康第一。だからとて健康のためにはりきるのはちょっとちがう気がする。おっさんはがんばりたくない。

「えー、腰痛って。いや、治すことは簡単だが、あれは生活習慣病みたいなものだから、きちんと日頃からカラダのケアをせねばいずれ再発するぞ。それにいくらなんでもショボすぎるだろう。おぉ、そうだ! ならばきさまに夢中なとびきりのバインバイン美女を用意してやろうか? その女に腰を揉んでもらえばいい」

 団地の精からの魅惑的な提案。
 だがおれはきっぱり断る。

「偽りの愛で動く肉人形なんかに興味はない。おれが欲するの真実の愛だけだ」

 毅然とした態度にてキリリと拒絶。
 我ながらこれは決まったと自画自賛する。
 だというのに団地の精からは「めんどくせえ、この男、超めんどくせえ」とウザがられた。


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