おじろよんぱく、何者?

月芝

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404 嵐の夜の海

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 あいにくと続く第二射はかわされたものの、銃撃を受けた怪盗ワンヒールは態勢を大きく崩してふらふら。
 そこにパラパラパラパラ……。
 ローター音を引っ提げて登場したのは警察のヘリコプター、その数三機。
 逃げるハングライダーをライトで照らし、追跡を開始。
 翼に穴があるせいで思うように飛べない怪盗ワンヒールのハングライダーを、ヘリたちは見事な連携にて囲み、逃がさない。
 よほど腕のいいパイロット揃いらしく、右へ左へと小刻みに動いては追手をまこうとする怪盗ワンヒールをたくみに追い詰める。

 飛行船の周囲にてくり広げられる白熱の空中追跡劇。
 先に根をあげたのは怪盗ワンヒール。しかしそれもしようがない。なにせカラス女にぶち抜かれた穴が起点となって、動くほどにこいつがどんどん拡大。ビリビリに破れた翼ではままならず。
 ついにヘリコプターの一機に横から煽られる形にて、ぐらりと大きく傾いだとおもったら、ハングライダーの先端が向かったのは飛行船左舷。
 白い影が突っ込んだのはそこにある第二デッキ付近。

 まさかの出戻り?
 しかしこれに沸き立ったのは室温警部補。ツバを飛ばしながらの大音声。

「者ども続け! 敵は第二デッキにあり」
「「「「「おおーっ」」」」」

 号令を受けて、猛然と動き出した集団。
 ドタドタ慌ただしく展望ラウンジからいなくなってしまい、あとに残されたのはおれ、芽衣、ルクレツィア・ギアハートのみ。

  ◇

 周囲が静かになって余計な目が無くなったとたんに「くすくす」笑い出したのはルクレツィア・ギアハート。

「ふふふ、室温警部補ったら。まるで昔の西部劇に登場する騎兵隊の隊長さんみたいね。あー、おかしい」

 何がつぼに入ったのか知らないが、腹を抱えている美女。
 ひとしきり笑ってから彼女は目元の涙を自身の指先で拭いながら言った。

「それで、探偵さんは行かなくてもいいの? せっかく宿敵を捕まえられる絶好の機会だというのに」
「そうですよ、四伯おじさん。わたしたちも急がないと」

 ルクレツィアと芽衣の言葉におれは首を横にふる。

「行くだけムダだ」

 だって、あのハングライダー……。
 おそらくは偽物。
 その正体はきっとパーティーはじめに飛行船へと飛んできたモノだろう。室温警部補がいち早く気づいたアレ。
 以前に怪盗ワンヒールと怪人インソールらと競った変態三番勝負。その最終戦において、怪盗が使った逃走手段。
 あの時はまんまと引っかかったあげくに淀川にドボンし、梅田の方までどんぶらこさせられるという屈辱を味わう。すっかり濡れネズミにて高月へと帰還したときの惨めさといったらなかった。

「さっきそこの柵の向こうから夜空に飛び出すときにでも入れ替わったんだろう。だからあいつはまだ船内のどこかに潜伏しているはず」

 おれの説明に「ほぅ」と感心するルクレツィア。
 芽衣は「だったらすぐに捕まえましょうよ」といきり立つ。
 しかし残念ながらそれはムリである。
 この入り組んだ飛行船スカイウォーカーの中を歩き回って、変装しているアイツを見つけ出そうとおもったら、それこそ何時間かかることか。せめてシステムやアプリが正常に機能していれば可能であったかもしれないけど。

「チャンスがあるとしたら地上についてから、下船時だな。網を張ったら引っかかるかもしれん。だがそれとても確率は、せいぜい五分五分といったところだろう」

 怪盗ワンヒールが用意している逃走経路。緻密なヤツのことだから、きっとひとつやふたつではあるまい。不測の事態に備えて三つ四つどころか、こちらの考えがまるでおよばぬような奥の手も隠しているかもしれない。
 いちおうカラス女に頼んで対処してみるが、どうなることやら。

  ◇

 探偵と助手がスマートフォン越しにカラス女と今後の手配について相談していたら、いつのまにやらそばに待たせていたはずのルクレツィアがいない。
 どこにいったのかと周囲をキョロキョロしたおれは、彼女を見つけるなり心臓が止まりそうになった!

 ルクレツィア・ギアハート。
 その姿は開放されている展望ラウンジを囲っている柵の上にあった。高さは胸の下ほどしかないものの、そんな場所にて「よっ、はっ」と左右のバランスをとりながら歩く、ひとり遊びに興じている。
 子どもが道路の縁石や、ブロック塀の上を歩いたりすることはままあるが、大人の女が、ましてや空を征く飛行船の上でやることではない。
 夜風が吹くたびに、ドレスの裾が旗のようにひるがえりはためく。そのたびにぐらりと傾ぐ美姫の痩身。

「なっ、バカ、危ない。いい歳こいて何をしてやがるんだ! すぐに降りろっ」

 おれはすぐにやめさせようとするも、コバルトブルーの瞳に見つめられたとたんに、なぜだか出足が鈍った。

 彼女の瞳はその都度、微妙に印象を変える。
 颯爽とランウェイを歩いている時や周囲の声援ににこやかに応えている時には、南の海のように鮮やかな青となり、手元にて仕事などに打ち込んでいるときには蒼穹にも似た色味を帯びる。そしていまのこの瞬間、浮かんでいる色にもおれは見覚えがあった。
 あれは彼女がひとり高月の街へと忍んできた夜にみせた瞳。
 自分が聚楽第の協力者であることを告白し、ついでに破滅願望を持つ快楽主義者であると吐露したときのもの。
 落ちたが最後、二度とは浮きあがれない危ない嵐の夜の海。
 不吉な予感におれの背筋を悪寒が走る。


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