おじろよんぱく、何者?

月芝

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451 伝説との邂逅

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 うむ。単なる思いつきで行動するのはよくない。
 凧修行は散々な結果に終わった。
 というか海風のチカラを舐めていた。
 みな必死に地面にしがみついているのがやっと。かとおもえばパラシュートの紐がからまったり、互いにこんがらがったり。
 浜辺を転がりまくって、すっかり砂まみれとなった一同からジト目を向けられ、さすがに葵のバアさんも気まずくなったらしく……。

「わかったわかった。こいつは私のしくじりだ。そのお詫びと言っちゃあなんだが、あんたらの相手をしてやるよ」

 とたんにそれまでの不機嫌面もどこへやら。
 俄然色めき立つ一同。なにせ孫の芽衣以外、伝説の蒼雷とお手合わせ願える機会なんてそうそう巡ってはこないのだから。
 とはいえ洲本葵は老体の身。
 元気一杯の若い連中に付き合っていたら体力がいくらあっても足りないので、一人三分ずつとの時間制限を設けたのだが……。

  ◇

 死屍累々の中。
 浜辺に蒼光が発生し、イカズチが地を這い疾駆する。
 その正体は芽衣だ。祖母との手合わせにおいて強化合宿中はずっと使用を禁じられていた奥義が解禁となったことを受けて、いきなり全力全開モード。
「狸是螺舞流武闘術、終の型、唯我独尊」により体内のタヌキ悶々パワーを解き放つ。これにより得た爆発的なチカラ。「派生、震撃」により指向性を与え、制御下におき、集約しての一撃。
 かつて葵に伝授された頃よりもはるかに精密に技を操れるようになっている芽衣。
 すべてを拳に込めての突進。
 これまで歩んできた武の道。出会った数多の猛者たち。そこで培ったもろもろを乗せた、人生最高の一撃といっても過言ではない拳。
 だがそれでも伝説にはまだ届かない。

 顔面へと当たる寸前に、手首をむんずと掴まれて止められてしまった!

 ぎちり。
 めり込む五指。細く枯れ枝のようなのにちっともふり払えない。その強さに顔をしかめる芽衣。
 けれども対峙している祖母はうれしそうに目を細めていた。

「前よりずっとよくなっている。やはりあんたを尾白のところに預けたのは正解だったみたいだね」

 順当に……、いいや、それ以上の速度で急成長を遂げている愛弟子を見つめる師匠の瞳はどこまでもやさしい。

「少し前なら手のひらで難なく受け止められたんだけどねえ」

 それは葵のバアさん流の賛辞。
 こと武に対しては厳しく、孫を褒めることなんてついぞなかった祖母の言葉に、芽衣がはっとなった次の瞬間。
 タヌキ娘の身が大きく宙を舞って、しばらく飛んでから海へと落ちた。
 あまりにも重すぎる愛の一撃。まともにボディに喰らって芽衣が意識朦朧となっていたもので、おれはあわてて沖へと向かった。

  ◇

 いわく。
 京の都は嵐山の渡月橋にて。桜舞い散る月下にて群がるカラス天狗どもを相手に大立ち回り。桂川をむしったカラスどもの羽で黒く染めた。
 あまりの暴れっぷりにて長らく続いた獣王武闘会を中止へと追い込み、歴史にぽっかり穴を開けた。
 某有名港町にて調子に乗って猛威をふるっていた外国勢アニマルギャング団を天誅。まとめて南米行きのタンカーのコンテナに押し込んで出荷した。
 古今東西の名人達人に挑んだり挑まれたり。決闘すること優に二百を越え、そのすべてに勝利し負け知らずであった。
 動物界最強の名を欲しいままにし、その勢いにてついには最強の黒鬼をも退けた。

 冗談みたいな武勇伝を多数持つ雌タヌキ。
 蒼雷と呼ばれた伝説の武人である洲本葵との手合わせ。
 終わってみれば三分間、最後まで立っていられたものはひとりもおらず。
 一番もった佐藤晋太郎ですらもが二分弱といったところ。
 いかに伝説と呼ばれた猛者とはいえ現役を退いてひさしく、全盛期に比べたら見る影もないとは当人談だが、それでも圧倒的であった。
 なんだかんだで、いい感じに芽生えかけていた自信を根こそぎへし折られ、すっかり意気消沈となってしまう合宿参加メンバーたち。
 そんなひよっこどもに葵のバアさんがアドバイス。

「世界は広い。世の中、上には上がいる。自分は強い、そこそこやれるとか、かんちがいしてうぬ惚れたら、たちまち成長が止まっちまう。あっという間に下からきた連中に追い落とされることを忘れるな」

 凧修行とかいうとんちんかんな己の失態をチカラ技で葬った葵のバアさん。
 手も足も出ず破れた連中は神妙な面持ちであるが、はたから見ているとかなり強引。

「都合が悪くなるとすぐ拳にものを言わせるのは、血のならしめるところだな」

 葵と芽衣、祖母と孫を見比べておれがぼそっとつぶやけば、ホスト役の榎列一樹が「だな。芽衣のやつ、中学の頃に松の木の枝に引っかかったバトミントンの羽根をとるのに、木を小突いてへし折ったことがあったし」とうんうん。
 すると倭文弥生はにこにこしながら「そこが芽衣ちゃんのスゴイところなんじゃない。ふつうならチマチマよじ登ってとか考えるところを、ズドンとやっちゃうんだもの。まったく、一樹も尾白のおじさまもわかってないんだから」などと言ってはやたらと幼馴染みを褒めそやす。

 うーむ、おれはこの彼女の発言を受けて薄ぼんやりと気がついてしまった。
 どうやら弥生は芽衣に並々ならぬ憧憬というか錯覚を抱いているっぽい。
 それゆえに彼女の中では同じ大切な幼馴染みでも、芽衣がダントツ一番で、一樹はその次といったところ。一樹の告白を適当に受け流している理由もそこらへんにありそう。
 とどのつまり三角関係の矢印の向きが男から女だけでなく、女から女にも向いてしまっているのである。まぁ、弥生の場合はあくまで友情の範疇に収まっているので、時期がきたら友情よりも愛情に流れていくはず。
 とはいえカラス女にぞっこんな鹿島紗月かしまさつきの例もあるから油断ならない。

「すべてはおまえの踏ん張りにかかっている。がんばれよ、一樹」

 いきなりおっさんからポンっと肩を叩かれた島の青年はキョトン。
 やや前途多難なイガグリ頭に生温かい視線を向けつつ、強化合宿は終了。


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