おじろよんぱく、何者?

月芝

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479 偽五条大橋

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「天狗烈風拳、天狗風礫地獄っ!」
「狸是螺舞流武闘術、突の型、錠前破り!」

 阿豪が放つ礫混じりの強竜巻に対して、芽衣が選択した技は溜めれば溜めるほどに威力が増す拳打。使い方次第では蔵のカギどころか銀行の大金庫の扉をも粉砕可能。
 蒼いイカズチとなりてロープ上を駆けるタヌキ娘。拳を突き出し正面より礫地獄を粉砕しては猛進する。
 立ちふさがるものはすべて薙ぎ倒す。
 しかしその勢いがじょじょに衰えていく。ついには道半ばで足が止まりかける。
 風だ。
 風が鋭い刃となって身を斬り裂くばかりでなく、見えない手となっては向かってくるタヌキ娘のカラダにからみついては、その動きを阻害する。
 これではまるで水の中を走っているようなもの。とてもではないが思うままには駆けられぬ。
 そこで芽衣はさらに出力を一段階あげた。
 とたんに帯びている蒼光がびかりと強まり、かがやきを増す。

 止まりかけていた足がふたたび力強く動き出す。
 させじと風がよりいっそう激しく吹く。

 互いに死力を尽くすカラス天狗とタヌキ娘。
 チカラとチカラ、意地と意地とのぶつかり合い。
 これを唐突に邪魔したのは、ふたりの衝突にて発生した小爆発。
 天狗烈風拳と狸是螺舞流武闘術。
 双方の奥義ががっぷり組んでの押し合いへし合い。その拮抗により派生した緊張より生じた第三のチカラがパァアァァンと破裂!
 余波は両者におよぶ。
 阿豪、芽衣、ともに後方へと大きくはじかれることになる。
 そして影響は足場のロープにもおよんだ。

 想定荷重をはるかに越えた負荷の連続。固定器具もギチギチずっと悲鳴をあげっ放し。
 ついに耐久性の限界を迎えたロープ。
 縄体の一部に亀裂が入ったとおもったら、そこからミシミシ音を立てて、みるみる裂けていくではないか。

 ブツン。

 先ほど芽衣と阿豪が激突していたあたりで切れたロープ。
 大きくたわんで、二つに分かれる。
 不意に崩れた足場が暴れ、宙を舞う。
 とっさにのばした手。たまさか切れたロープの一方を掴んだのは阿豪。彼はこれによりからくも舞台よりの落下をまぬがれる。
 けれども不運にも芽衣は掴みそこねた。懸命に指先をのばすも、あとほんの少し届かなかったのである。

 保津峡七番勝負、落ちたら負けのルール。

 自分たちで設定しておいて今更ながら、よもやこんな不完全燃焼な形で決着がつこうとは……。
 と誰もが思ったときのこと。それはあらわれた。

 谷底へと落ちていくタヌキ娘。
 その落下を途中で受け止めたのは、突如として出現した橋である。
 ざわつく観客ら。
 ロープに掴まり崖の際にぶら下がっている阿豪がつぶやく。

「あの形状、欄干、それに高欄の十四基の擬宝珠ぎぼしは……五条大橋か? しかしどうしてこんなところに」

 五条大橋といえば鴨川に架設されてある橋。
 橋の上から東山が一望でき、なんといって義経と弁慶の逸話が有名なところ。
 怪力無双の暴れん坊武僧・弁慶が刀狩りで千本まで残すところあと一本となったとき、最後に立ちはだかったのがまだ牛若丸と名乗っていた源義経。
 橋の上で対決したふたり。
 これを機に弁慶は義経に仕えるようになったんだとか。

  ◇

 にわかに保津峡にかかった偽五条大橋。
 そこにすとんと降り立った芽衣はすぐにその正体に気がつく。

「あれ? ひょっとして四伯おじさんなの。でも、どうして……」
「どうして、じゃねえよ。これでも都中を駆け回って探したんだからな。ったく心配をかけやがって」

 各種情報をもとに、矢掛恒太郎なるウマ青年が俥夫を務める超特急人力車にてこの地へと辿り着いたおれこと尾白四伯と案内役の南禅寺八葉。
 ようやく駆けつけたときには、はや七番勝負も四番まで進行中。
 谷の周囲には興奮した大勢のカラス天狗たちが詰めかけており、とてもではないが横槍を入れられる状況ではなかった。
 そこで物陰よりじっと戦いの行方を見守っていたところで、先のロープ切断が勃発。
 おれはあわてて飛び出し「変化っ!」
 ドロンと五条大橋に化けて芽衣を助けたというわけ。

「まぁいいや、小言はあとだ。とにかくとっととケリをつけちまえ。そこのおまえさんも異存はねえよな?」

 橋に化けたおれから声をかけられ、にやりとしたのは対戦相手の阿豪。「おうともっ」と威勢のよい返事。
 ロープを手放した彼もまた偽橋の上へと降り立つ。
 そんな阿豪の右腕だが、血まみれでズタボロとなっていた。
 強力過ぎる技の反動である。
 芽衣は左腕を、阿豪は右腕がもはや使い物にならず。
 長引く戦いに双方の疲労もピークに達しようとしている。
 ゆえに次こそが正真正銘、最後の攻撃になる。

 さながら義経と弁慶の決闘のごとく、偽五条大橋の上で対峙するタヌキ娘とカラス天狗。
 盛り上がる両名と周囲の期待をよそに、足場と化しているおれは内心で「あー、とっくに終電終わってるよ。どうしたもんかねえ」と帰り道の算段をしていた。


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