おじろよんぱく、何者?

月芝

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486 悪魔のコインイーター

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 ショーンの爆弾発言に一同がたじろぐ。隣に座るおれの心臓もバクバク。
 おいおい、カミさんが子どもを連れて実家に戻っているだなんて……。のんびりゲームなんてやってる場合かよ。
 いや、でもたしかに最近、巷では離婚率がぐんぐん急上昇しているとは知っていたが、そうかぁ、ついにおまえのところまで……。
 あー、でもそれもしようがないか。
 だってショーンなんだもの。むしろいままでよくもった方だ。

 なんぞと考えつつ、おれおよびみなが憐れみを浮かべた目で女房子どもに逃げられたアナグマ男を見つめれば、「ぷっ」と吹き出した当人。

「勝手にへんなかんちがいをするなっ! カミさんの地元で友人の結婚式があるってんで、実家に滞在がてら爺婆どもに孫の顔を見せに行っているだけだ」

 とんだ早とちりであった。
 深夜にはいささか刺激が強すぎるジョークに一同苦笑い。

  ◇

 おれとショーンがちくちくゲームを進めているかたわらより聞こえてきたのは、カラス女とイケメン獣医師との会話。

「まさか先生がこんなのに参加しているとはね。っていうか、あんたもタバコを吸うんだ。ちっとも知らなかったよ」
「あぁ、外ではあまり嗜まないようにしているんだよ。職業柄まずいし、なによりうちの巳島くんがうるさいからね」
「あー、あのやたらと注射を打ちたがる大蛟か」

 二人の会話に出てきた人物。名を巳島由里みしまゆりといい真田動物病院で看護師をしている。小柄で色白にてちょっと目つきが妖しいけれども、エキゾチックな魅力を持つ女性。
 その正体はヘビなのだが、これが相当に大きいとのウワサ。嘘か誠かゴールデンレトリバーぐらいパクっと丸呑みし、寺の釣り鐘をぐるぐる巻きにしちゃうぐらいにはデカいらしい。
 そんな彼女がにらみを効かせているおかげか、真田動物病院の待合室はとっても秩序だっており、他所みたいに「わん、にゃん、キシャーッ」と動物同士が争うこともなく、ヘビににらまれたカエル状態となり、油汗たらたらでちょこんとおとなしくいい子にしている。

「うっかりタバコの匂いをつけて出勤しようものならば、たちまち怖い顔をされちゃうから。だから、たまにここで吸い溜めをして存分に日頃の憂さを晴らしているというわけさ」

 言いながら頭をかいては「ははは」と笑うシベリアオオカミ男。
 雇用主と従業員の立場が逆転し、完全に尻に敷かれている。
 しかしおれはその話でようやく得心がいった。
 どおりでおれが病院に顔を出すたびに、やたらと不機嫌な面でにらんでくるとおもったら、彼女は大のタバコ嫌いであったのか。ならばあのクソムシを見るような冷たい視線や、ぞんざいな態度も納得である。

  ◇

 深夜三時過ぎという時間帯、遅々として進まぬ攻略、溜まる疲労、押し寄せる眠気、一向に見えない光明……。

 二人での協力プレイであれば負担が半分になって、レベル乱高下の呪縛から解放されるかもという憶測はものの見事に外れた。
 というか、その程度のことでクリアできるのであれば、このフォースエレメント・ファンタジア・紅の伝説が、伝説のクソゲーの冠を欲しいままにしているわけがない。
 プレイキャラが増えた分だけ敵も増量特盛。しかも得られる経験値がきちんと分配されるという妙な義理堅さを発揮する。
 結果、レベル五十MAXへの到達が早まっただけであり、最終面の難易度が跳ね上がっただけであった。

「さすがは海の向こうで『悪魔のコインイーター』と呼ばれただけのことはあるわね。資本主義の圧倒的マネーパワーをも退けるだなんて」

 千祭史郎がレバーを離し、悔しげにつぶやく。
 あえて一人プレイにこだわり、ムキムキ戦士に貢ぐかのごとく、コイン連投によるごり押しでどうにかしようとしたドーベルマンカマであったが、ついに手持ちの十円玉が尽きてしまい、両替のために席を立つ。

 あぁ、今夜の催し。参加者たちはちゃんと料金を払ってゲームに勤しんでいる。
 これは難攻不落の伝説のクソゲー制覇を目指すのと同時に、このおれたちの隠れ家風の寂れたゲームセンター「デジボーグ」を保護援助するためのカンパイベントでもあるのだ。
 ちなみにワンプレイ三十円の特別おっさん価格だから、百回遊んでも三千円ぽっきりだけどね。

 店内自販機の前で缶コーヒーを飲んでいたおれは、いっしょになって眠気覚ましの炭酸飲料をちびちびやっているショーンに問う。

「なぁ、定番の裏技とかなんちゃら無敵コマンドとかないのか?」

 すると情報屋のアナグマは首を横にふる。

「ねえよ。っていうか、このゲーム、プログラムの改造すらも受け付けないらしい」

 特定のレバー操作とボタン押しの組み合わせで、残機が増えたり、キャラがむちゃくちゃ強くなったり、無敵になって突き進めたりする秘密のコマンド。
 昔のゲームにはわりとよくあった隠し技。
 一説ではデバック作業のとき用にと開発陣が仕込んでいたというが、真偽のほどは定かではない。そのわりに情報が流出しているけど。
 でもって問題の本作品なのだが「どうやってもクリアできないのであれば、いっそのことプログラムコードそのものを書きかえちまえ」と考える荒っぽい輩も当然ながらあらわれた。
 だが、その道のプロたちがこぞって挑戦するも、ことごとく返り討ちにされてしまったらしい。

「某国で会社にあるスーパーコンピューターで解析を試みたバカもいたらしいけど、それでもダメだったって話だ。一見シンプルなのに恐ろしく高度なプログラムが組まれており、あまりの独自性ゆえにチンプンカンプンなんだと」
「はぁ? マジかよ!」
「ちなみにそのバカは勝手に私用で会社のコンピューターを使ったことがバレて、業務上横領とかで逮捕されたって話だ」
「……」

 コンピューターもスーパーなシロモノになると、ちょいと動かすだけでも莫大な運用費がかかる。気軽にじゃんじゃん使えるようなものではないのだ。ゆえに横領罪も適用されてしまうのである。

「ったく、どこの天才さまだよ。そんなもん作ったのは」

 あきれるおれにショーンが告げたのは「えーと、正体はいまもってナゾのままだが、基盤の隅っこにたしか『OA』の二文字が刻まれてあったとか」という情報。

 それが何かの略なのか、はたまたプログラマーのイニシャルなのかはわからない。
 けれどもその単語を耳にした瞬間、おれの脳裏に浮かんだのはとある迷惑な技術者集団の名前。

「OA、おーえー、おういぇい、大江……。はははは、いや、まさか、ね」


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