おじろよんぱく、何者?

月芝

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488 十円の重み

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 ほんのひと昔前までは、どこの小学校の学区内にも駄菓子屋が必ず一軒はあったものである。
 大人たちの社交場が居酒屋やバーなのだとすれば、駄菓子屋は子どもたちの社交場。
 なけなしのお小遣い、硬貨を握りしめては魅惑的な商品とにらめっこ。
 どれを選ぶか、どれがお得か。
 限られた予算にていかに賢く買い物するかで、うんうん知恵を絞る。
 それこそ学校の授業でも見せたことがない真剣な表情にて。
 かつての子どもたちは、人生に必要なことの大半を公園と駄菓子屋で学んでいた。そう言ってもけっして過言ではあるまい。
 けれども栄枯盛衰は世のならい。
 資本主義経済の成長、徐々に姿を変えてゆく街の景色、コンビニエンスストアの台頭により、駄菓子屋は次々と姿を消してゆく。

 急激に数を減らしていき、このまま消滅するかとおもわれた駄菓子屋。
 ところがどっこい、これがしぶとかったりもする。
 絶滅危惧種とはなっているものの、細々とながらもまだわずかに生き残っている。
 そんな生き残りが高月の地にもいた。
 店の名を「足柄商店」という。
 店主はちっちゃい老婆。客の子どもたちからは「駄菓子屋のばあちゃん」と呼ばれ慕われている。

 亭主に早くに死なれて、残ったのはボロい木造建屋の商店と乳飲み子。「強く生きねば」と一念発起して始めたのが駄菓子屋だった。
 以来、この道一筋うん十年、女手一つで子どもを育てあげ、それもいまでは立派な大人となり独立、所帯も持って孫も出来た。
 一方で駄菓子屋業界を取り巻く状況は先に述べた通り。店にくる子どもの姿もめっきり減った。かつて足の踏み場もないぐらいに狭い店内でおしくらまんじゅうをしていた日々が懐かしい。
 いまではそんな光景は皆無、すっかり斜陽となっており、ほとんど趣味で続けているようなもの。
 息子から「もういいんじゃないのかな。母さんをひとりで置いておくのは不安なんだよ。だからいっしょに住もうよ」と再三、再四、誘われている。息子の嫁もよく出来た人物にてちょくちょく様子見に訪れては「ぜひに孝行をさせてください」なんぞとうれしいことを言ってくれる。
 加えて長年の無理が祟ってか、膝の具合がよろしくなく、杖が手放せなくなってしまった。

 老骨にムチを打ってがんばってはきたものの、気力体力ともにそろそろ限界なのは火を見るよりも明らか。

「アンタ……、あたし、うんとがんばったんだよ。だからそろそろゆっくりしてもいいんかねえ」

 仏壇に手を合わせながら、亡き夫に向けてそんなことをつぶやくことが日課になりつつある今日この頃。
 だが、いざ、その気になったところで胸の奥に去来するのは、とある出来事にまつわる後悔。

  ◇

 あれは数年前の冬の夕暮れ時のこと。
 その頃には陽が暮れるのがずいぶんと早まっていた。
 寒風が吹くこともあって、子どもたちは暗くなる前に急いで家路につく。
 だから子ども相手の商売である駄菓子屋も冬の間は早じまい。
 店主がせっせと閉店の準備をしていると、ひょっこり顔を出した女の子がいた。

「たい焼きください」

 当時、店では既製品の駄菓子だけでなく、自前でたい焼きやたこ焼きを作っては販売もしていた
 とはいえ子ども相手ゆえに、通常のものよりも大きさはひと回り小さかったり、数が少なかったり。その分、値段も百円とかで買えるように押さえてあったが。

 女の子がたい焼きの代金として五十円玉をカウンターに置く。
 しかし店主の老婆は眉間にシワを寄せての困り顔。なぜなら、つい数日前に材料費の高騰によって、たい焼きは値上げしており、一個六十円になってしまっていたからである。
 おそらくこの子はそれを知らなかったのだろう。
 この寒空の下、息せき切って駆けてきた女の子。もう店を締めることだし、たかが十円ぐらいオマケしてやってもよかろう。
 店主がそんな考えを起こしたところで、なんら不思議ではない状況。
 でも、ここは駄菓子屋なのだ。それゆえに店主は躊躇してしまう。
 たった十円、されど十円。その使い道にみな真剣に悩み、ときに我慢することを学ぶ場。
 なのにいっときの感情でこの子だけを特別扱いするのは、この店を愛し、足繁く通ってくれる他の子どもたちに失礼なのではないのか、と。

 薄利多売のこの商売。十円の重みはつねのものとはちがう。
 それを小馬鹿にし、否定することは、しいては駄菓子屋として生きてきた己をも否定する行為。
 ゆえに葛藤の末に、店主の老婆は正直に値上げしたことを女の子に告げた。
 女の子ががっかりしたのは言うまでもあるまい。

 トボトボとした足どりで夕闇の彼方に消えた女の子。
 それを見送った店主は「しかたがなかった。ああするしかなかった」と自分に言い聞かせつつシャッターを降ろす。
 そして売上の清算をしようとしたところで、カウンターの上に置き去りにされてある五十円玉を見つけた。
 女の子のもの。あわてて店主の老婆は表に戻るも、すでに彼女の姿はどこにもなかった。
 このとき店主は「また来た時に返せばいいか」ぐらいに考えていたのだが、以降、あの女の子がこの駄菓子屋を訪れることは二度となかった。

  ◇

 いざ、駄菓子屋を閉店すると決めたとき、やたらと鮮明に思い出されるのはあの女の子のこと。
 それが重しとなって、どうしても新たな一歩を踏み出せないでいる店主の老婆。
 知人に「自分は意固地が過ぎたのだろうか、杓子定規にて情けが足りなかったのだろうか」と愚痴る。
 するとこの話を聞いた古くからの友人が「わかったわかった。だったらあんたのその未練、どうにかやっつけようじゃないか。それを餞別代りにくれてやるよ」と言った。


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